一年後 チャイナと賭けをしていた。チャイナはあの二人がじきに別れるほうに賭け、俺は別れないほうに賭けた。何度か二人と会ったし様子も見たが、当分安泰だろうと思っていたからだ。 ところが当のチャイナから、相当慌てて電話がきた。慌てすぎて何を言ってるのかよくわかんねえのでイラッとして、高校に行ってみた。案の定メガネとセットで出てきやがってますますイラッとした。テメーはお守りなしで話もできねえのか。 『銀ちゃんが大変ネ』 とチャイナは繰り返した。何がどう大変なのか聞き出すには、やっぱりメガネの解説が必要でほんと腹立った。お前日本語ペラペラだろ、知ってるぞ。 チャイナは賭けの勝敗を投げ捨て、旦那と土方コノヤローの間を取り持とうとしていた。旦那の様子はチャイナから逐一聞けたが、土方の情報が一切入ってこない。折良く山崎が土方にバイトに誘われたので、何食わぬ顔で様子を聞くことにした。そして土方が別れるつもりでいることだけはわかった。 賭けに負けると食欲魔人のしょうもない晩飯を奢らされる。かなり懐に痛い。というわけで、渋々土方の家に突撃して引っ張り出し、無理やり旦那と対面させた。あとは二人でどうにかすればいい。別れるなら別れればいいし、土方コノヤローの頑固さを考えるとありゃもうダメかもしれないと思ったが、とりあえずその日はドローってことでチャイナが食らいまくったピラフ代は旦那のツケにしといた。これくらいの嫌がらせは可愛いモンだろィ。 その後は知ったこっちゃねえんで放っといたんだがチャイナのアホがしばらくして『仲直りしたネ』とひと言留守電に入れやがった。ホラ見ろ別れなかったじゃねえかィ、ほっといたら別れてたネ、とかなり揉めたが俺たちの賭けはドローとなり、割り勘で飯を食うことにした。メガネはついてこなかった。 バカップルの脳みそに花が咲くイベントが続く季節でもあった。天国から地獄に叩き落されるには好都合な時期でもある。せっかくドローになったものをまた蒸し返して財布に大ダメージを受けたくなかったので、そのままバカ二人は放置することにした。 近藤さんは地獄に落とされては蘇るのを繰り返すのに忙しかったし、旦那の嫉妬があんまり酷いんで土方コノヤローを誘わなくなっていた。高杉に聞いてみたが、キャラに似合わずメリクリ&あけおめを誰かとやるらしく、旦那のことなんざ眼中になかった。ライブがどうのって言ってたっけ。あいつバンドなんぞやってたか。 坂本と陸奥コンビは地元に帰っていて、まるで役に立たなかった。ただ陸奥が『ケンカしゆうなら続くじゃろ、賭けはおんしの勝ちじゃき』ってLINEしてきたのには笑った。あの女、大して見てねえようにみえてしっかり見てやがった。 バカップルがどうにもぎこちなかったのは、主に旦那が土方さんをベタベタに甘やかしてたのと、土方バカヤローが旦那に夢見過ぎてキモかったのが原因だと俺も思ってた。だがあの日土方はボロカスな旦那見ても引かなかったらしい。実際酷かった。眠れてねえし風呂入んねえし飯食わねえし、バイトだってカラダ運んできただけでほとんど仕事になってなかったんじゃねえかな。知らねーけど。 チャイナは高校を卒業して帰国した。だがチャイナの兄貴がまたこっちに来ることになり、一緒に来るとか来ねえとか、ハゲの親父と揉めてるらしい。こっちに来たら今度こそぐうの音も出ねえほど叩き潰してやる予定なので、俺も腕を磨くのに忙しくなった。バカップルの行く末なんぞどうなっても知らね。 恒例の合宿を、今年はご自宅でなさるかもしれないと先生から伺った。参加人数にもよるのは当然だが、銀時は了承したのかとお伺いしたら『銀時はとっくに出て行きましたよ』とおっしゃった。何。なぜ俺にひと言もない。段ボール用意してスタンバってたのに。 聞けば銀時はあのひっ土方と同じ部屋に住んでいるという。なんということだ。それでは毎日あんなことやそんなことをしたい放題ではないか。土方は無事なのか。いや既に時遅く、銀時の手であんな格好やそんな格好を強いられてあんなことやこんなことをされているに違いない(決)。銀時め、俺より早く人妻を手に入れるとは許しがたい。俺とて幾松どのにアップローゥチをして今やアルバイトとなりその右腕としての役割を担っている。が、個人的な接触(懇)は未だ遠い。 だというのに土方は銀時に毎日あれやこれやと致されて淫らな関係にその身を堕としているとは羨ま、違った俺も混ぜ、違う違うアレだ、アレ。その辺ふわっとしとこう。 いいこと考えた。銀時は今頃あちらこちらに目移りしているかもしれない運転。高校の時の異性交遊は酷いものであった。そうしたら土方に捨てられるかもしれない。長く続くだろうなどという油断は事故のもとだ。よし、今からスタンバっとこう。土方ゲットだぜ。 あれ、事故起きたら土方なんて全然人妻じゃないしただの目つき悪いチンピラじゃね。ダメじゃね。 「なぜだァァア! なぜ俺だけェェェガフッ」 「小太郎うるさい。もう予告とかめんどくさいので省略します。それと人の不幸をスタンバってるとは許しがたいのでもう一回ブチます」 「うがあああああ!」 「これは土方くんの分、ハイ」 「あがああああ!? 土方の分とは一体!?」 「もう我慢するのはやめたみたいですからね、殴られますよきっと。うふふ」 僕たちの下の学年は今ひとつパッとしないまま大会を終えてしまったらしい。 でもその下の下の学年が、惨敗ぶりにいきなり奮起した。僕のところに連絡があって、もう一度『あの三人』を練習に連れてきてもらえないかと頼まれた。僕はどっちでもいいってどういうこと。腹立つけどしょうがないかもしれない。 『それと、あの試合した人も是非』 『試合した人? みんなしたよね』 『いえ、あの土方先輩を負かしたあの人を! みんなあの人とやりたがってて、でも名前わかんなくて』 『ああ……銀さん』 確かに凄かったもんね。あの土方さんが手も足も出なかったとこは初めて見た。ほんとに綺麗な一本で、銀さんてやるときはやる人なんだってびっくりした。近藤さんや沖田さんからも常々聞いてはいたけれど、普段のやる気ない銀さんからは全然想像できなかった。土方さんとつき合ってるんだって聞いたばっかりで、何言ってんだこの人おかしくなったんじゃないの、なんて思ってたんだけど、あの一本見てこりゃ土方さんも惚れるわって納得した。 それはそれとして、仕方ないから近藤さんに連絡取るとまた姉上にドヤされるんで先に土方さんに聞いてみることにした。メールしたら割とすぐ電話をくれて、ちょっと緊張した。僕にとっては未だに凄い先輩だから仕方ない。 『少し時間が開くが年末のほうが空けやすい。都合はどうだ』 『練習日は変わりありませんけど、別の日が良ければ調整するそうです』 『わかった。近藤さんと総悟には俺から聞いとく。お前の予定を俺にメールしとけ』 『僕はオマケみたいですけどね、ははは』 『お前が行かねえと顔つなぎもできねえだろう。お前の予定優先だから』 『あ、それと、その……銀さんは、どうですか』 この質問がいちばん緊張した。一時この二人もうダメかもしれないってなったときがあって、仲直りしたとは聞いたけどその後どうなったのかよく知らなかったからだ。 でも土方さんはあっさりしたもんだった。 『行かねえだろ。一応聞くけど』 『なんか銀さんと試合したいって子が多いらしいんですけど』 『勝てっこねえし、半端なヤツがやっても自信なくすだけだ。やめとけ』 『まあ、そうですけど……』 『アイツは手本とか人に教えるとか、そういうのまるでダメだから。俺は勧めねえけど、どうしてもってんなら聞くだけ聞いといてやる。期待すんなよ』 続いてるんだな、とホッとした。土方さんが頼めば銀さんもホイホイ来そうな気もするし、お任せしとこう。 試合には負けても、やっぱり土方さんは銀さんにも鬼らしい。そっちにもなんだか安心した。 銀時から一年振りにメールが来た。 『生春巻きだけど。ウチ来んなら食わしてやる』 何言ってんだこいつ、とメール消そうとして思い出した。作れと言ったことがあった。あったが、 『チャラにしてやらァ。嘘だったしな阿保』 『十四郎が作ってやれっつってんだよ、有り難く食えバカ』 『そういや俺とテメェは連絡取っていいのか天パ』 『いいからやってんだろ隣にいるわチビ』 『テメェが来い白髪モジャ』 『何様だ厨二病』 万斉が横で俺のケータイを覗き込んでは嫌な顔をしている。しまいにはふいと横を向いてしまって面倒くさいことこの上ない。少し考えて銀時に最後の返信をした。 『こっちにも専属料理人がいるから』 ケータイはその後も鳴り続けたが無視した。落ち着いたなら用はない。壊し甲斐もなくなったし、用済みだ。 「専属料理人て誰だよ! スッキリしねえだろバカ杉!」 留守電に文句言ったけどチビはもう返してこなかった。どうせヘッドホン兄ちゃんだろ。わかってるけど確かめたいんだってば。やっぱりヤってんだろアイツら。電話に出ろ。 「よそはよそだろ」 十四郎は呆れ顔であんまり取り合ってくれない。メールするのに忙しいらしい。なんか新八からまた頼まれて、高校で練習見てやるんだと。 「一応頼まれたから聞くけど、お前行かねえよな」 「え? 行ってもいいけど」 「ちゃんと初めからメニューやるか」 「ええー。試合だけじゃダメ?」 「話にならねえな」 そんなことだろうと思った、と十四郎は笑った。 「後の部活で活かせなきゃ意味がねえだろう。お前に叩きのめされただけじゃ、やられ損だ」 「そんな軟弱なヤツぁ何やったってモノになんねえよ」 「みんながみんなテメーみてえな天才じゃねえんだよ」 やっぱりお前は連れて行かないときっぱり宣言されてしまって、ちょっと面白くない。 「ゴリラも来んの」 「当然だ。それに近藤さんはゴリラじゃない」 「ふーん」 「今度は山崎も来るらしい」 「へーえ」 「その日は遅くなるから、先寝てていいぞ」 「迎え行く」 「イヤたぶん近藤さんたちと飯食ってくるから」 「俺も行く!」 「いらねえ」 ちっとも取り合ってくれない十四郎はそのままキッチンに消えた。明日のメシ当番は十四郎だから、今から下ごしらえするんだろう。そんなの適当でいいと思うんだけど、レシピに『できれば前日に冷蔵庫へ』なんて書いてあろうモンなら絶対前日に冷蔵庫に入れちゃうんだ。できれば、って書いてあんのに。まあそのほうが美味いけど。 俺たちの今の関係はつき合い始める前に少し似ていると思う。 十四郎は俺を突き放すようになった。俺が誰としゃべってようがメシ食ってようが、いちいち心配しなくなった。つき合う前は口を出されたこともなかったし、なんなら興味もなさそうな顔をしていた。今となってはそれが自分の心を守るために『興味がない』と自分に思い込ませていたんだとわかっている。嫉妬なんて自分がするはずがないっていう暗示みたいな。または、嫉妬する自分なんか認めないっていう意地みたいな。 今は本当に妬いたりしないらしい。たまに妬くこともあるから油断はできないんだけど、基本的に俺は信頼されているようだ。好きにしろ、と。どこで何をしていても俺は十四郎が好きで、そこは揺るがないことをやっと理解してもらえたようで嬉しい。 でもその反面、扱いがなんかぞんざいになった気はするんだよね。 「おい醤油切れてんぞ。使い切ったら買い足せって言っただろう」 「最後に使ったのおめーだろ」 「……」 「それに明日ローストビーフって言ってなかった? 醤油いらなくね?」 「そっ、ソースに使う!」 「マヨラーなのに? それにあのソース茶色いけど醤油味じゃないからね。赤ワインと肉汁煮詰めるんだからね」 「ッせーな! 使うったら使うんだよ俺が使いてえんだ!」 「ハイハイ。何に使うんだか……もっかいレシピ見ろよ」 と言いながら俺は上着を手に取る。いいから買ってこいって怒鳴られるのはわかってる。 案の定怒り気味の顔でこっちの部屋に出てきた十四郎は、俺の外出支度を見て押し黙った。 「醤油だけでいいの? 飲みモンとか、なんか買う?」 「……」 「ハイハイ、マヨな。有り余ってると思うけどね俺は」 「……」 「ん?」 十四郎は黙ってエプロンを外す。そして辺りに目を彷徨わせ、俺の上着に行き着く。 「それ、俺ンだろうが」 「あ? ちょっと貸せよサイズ同じなんだから」 「じゃあテメェの貸せ。俺の着るモンがねえ」 「え、」 「俺も行くっつってんだよ」 「……」 「なんだ。行っちゃマズイ理由でも、」 「ない。ないから行こう」 それから俺の上着を二人で大騒ぎしながら探し、脱いだら定位置に掛けろと説教されつつベッドの下で発見し、なんでこんなとこに脱ぎ捨てるハメになったかを思い出させてあげようとしてぶん殴られ、ギャアギャア騒ぎながら表に出た。空を見上げると満天の星空だった。 去年の今頃、初めて大喧嘩した。別れさえ覚悟した。この人の気持ちが俺に向かなくなったとしても、俺はこいつが好きなままで、想いが消えないどころかますます愛しくなる。わかっていたことだったけれど、その人を失いつつあった時間でそのことを思うと飯も喉を通らず、眠れば夢に見そうで眠ることもできなくなった。バイトに穴を開けちゃいけないと松陽に尻を叩かれてやっと出かけては帰るだけの生活を送った。身体中が、内も外も、痛くてたまらなかった。 この人が去ろうとした理由は沖田くんから聞いた。というより土方十四郎という人を、俺はまだ知らなかったのだと思い知った。 『野郎はプライドの塊じゃありやせんか』 沖田は目を丸くして言ったのだった。横で神楽もぽかんと口を開けていた。 『え……割と自信なさそうだし、俺またなんか地雷踏んだんだと思』 『だから言ったネ。銀ちゃんがマヨラーのこと好きなはずないって』 『……なんでそうなるよ』 『悪ィが俺も同感でさ』 『なん、』 『好きなはずァねえとまでは言いやせんが、旦那が思ってるアノヤローはずいぶんと可愛らしい、素直で一途なヤローじゃねえですか』 『……』 『ありゃそんなタマじゃありやせんぜ。今も言った通りいっちょまえに妬くくせに、それがカッコ悪ィモンだから取り繕おうとして肝心の大好きな旦那と別れようって言い出すアホでさァ』 『……』 『テメーのプライドのためなら惚れた男も捨てようってんです。可愛くもねえし素直さなんざカケラもねえ、一途に見せかけて自分可愛さに尻尾巻いて逃げ出すようなヘタレですが、アンタ見えてなかったようで』 『そんなの私たちとっくに知ってるヨ。知らないの銀ちゃんだけネ』 あれヨ、恋愛フルタイム、と神楽は言った。フィルターな。 それから十四郎の部屋に行くまでに考え抜いた。確かに俺は十四郎を知らなすぎた。高校生だった頃の、いわば憧れに似た気持ちは、所詮土方を遠目に見た俺が作り上げたイメージでしかなかった。 だが、だからなんだ。 それでも溢れ出る『会いたい』『触れたい』という気持ちは、増えることはあっても消えることはない。 そのことを確認して、俺はあの日十四郎の部屋に向かった。そして、どんな十四郎でも好きなんだと、その気持ちだけは変わらないのだと、上手くは言えなかったけれど伝えようとした。 伝わったのかどうか、本当のところは今もわからない。 「なんだ。寒いのか」 十四郎が俺の顔を覗き込む。大丈夫だよ、なんで、と聞くと、黙り込んでるから、と不満そうな、不安そうな顔で答えた。 「十四郎のこと考えてた――いや、俺のこと、かな」 「なんだそれ」 「好きだなって。そんでとうしろくんはちゃんとわかってんのかなって」 「アホ」 十四郎は口を尖らせた。 「好きでもねえヤツと、こんな寒空に一緒に出かけてえなんて思うわけねえだろ」 「それはおめーが俺のこと大好きってことだろ」 「……」 「そうじゃなくて、俺が好きなこと。わかってる?」 「だから」 きゅっと眉が寄る。不機嫌そうだ。 「好かれてねえヤツに、いくら好きだからってわざわざ寒い中付き合って出かけるほど心広くねえっつってんだろ」 ああ、そうだった。 笑いそうになって、今笑ったらまた一発ぶん殴られるだろうと察して俺は急いで十四郎と手を繋ぐ。純粋に手を繋ぎたいのも当然だが、十四郎の拳骨は割と本気で痛い。 「そうだね。とうしろクンはカッコ悪いの嫌いだもんね」 すかさず握った手ごと俺の頭に攻撃が入った。それを躱しながら、寒さ以外の理由で紅く染まった恋人の頬を見てついに我慢できず笑ってしまった。 あの日以前の俺は、十四郎にとっては『他人』だった。だから少しでも自分を良く見せようと努力もしたし、取り繕おうともした。 あの日からほんの少しずつこの人は俺を『身内』と見るようになった。そしてボロも出すようになり、俺に遠慮もしなくなった。自分の想いの重さに恥じ入ることもなくなり、俺の想いと比較することもなくなった。 「でもたまには好きって言ってほしいなぁ」 と言ったら、十四郎は足を止めた。 「なに、どした」 「……」 「わかってるわかってる。言わなくてもとうしろクンは銀さんのこと大好きだもんねー」 「……」 「?」 辺りをキョロキョロ見回して、急に俺に近寄ったと思ったら、頬に柔らかなものがそっと触れた。 隣を見直すと、真っ赤な顔が離れて行くところだった。 本当に俺の恋人は可愛くて、俺はこんなにも人を好きになれるのかと驚かされてばかりだ。 「十四郎」 「……ッ」 「醤油、いらなくね」 「……」 「帰ろ。帰ってさ、ちゃんとあっつーいキスして」 「しないッ」 グイグイと手を引っ張って十四郎は進む。耳まで真っ赤な愛しい人を揶揄いながら、俺は今日も幸せを噛みしめるのだった。 前へ/ 目次TOPへ |