こんなはずじゃ、1


 土方は珍しく柄物の着流しを着ていた。
 本来の好みではない。だが、仕方なかったのだ。
 潜入調査の得意な部下が、風邪をこじらせた。咳が止まらないのでは潜入の意味がない。だったら他の監察に、と見回したが誰も彼も何かしら案件を抱えていた。
 土方しか、いなかったのだ。
 潜入に向かないのは重々承知している。顔は売れすぎている。山崎が盛大にむせながらエクステを付けた。これで武州時代のように高い位置で結えば、少しは見た目も変わるだろう。
 しかし山崎は咳き込みながら、努めて事務的に言った。

「大刀は持てませんよ」
「なんでだ」
「明らかにおかしいですからね。攘夷浪士には見えませんし」
「……」
「あと、睨むのも止めてください。犯罪者じゃなくてもヒビります。目立ちますから」
「……」

 山崎は当然の注意をしたに過ぎない。
 けれども上司は無言で彼を睨みつけ、チッと舌打ちして席を立った。山崎の熱が上がったのはその直後であることを土方は知らない。
 腹は立つもののもっともな指摘ではある。土方は仕方なく大刀を外し、懐に小刀を忍ばせた。そして、目的地であるかぶき町へと向かったのだ。



 相方を沖田にしたことを、またもや土方は後悔していた。
 追跡と潜入が目的の今回。地味な部下なら器用にひとりでこなすのだろうが、土方にはかなり不利だ。そこでもう一人助っ人を頼んで二人一組で追跡しようとしたのだが、いきなり頓挫した。
 目的の男を見つけたのはいいが、沖田と連絡が取れない。

「総悟、」

 無線に呼びかけること何度目だか忘れたが、沖田は無線なんかほっぽり出して屋台のラーメン屋にでも行ったのだろう。
 二度とあいつなんぞ信用するか。
 苦い思いでそう誓うのが何度目なのか、土方はすっかり忘れていた。禁煙の回数を忘れるようなものである。
 仕方がない。一人でつけてやろう、と足を急がせる。沖田を呼び出しているうちにかなり離されてしまった。走ったりすれば目立つかもしれないが、少し急ぐくらいなら大丈夫だろう。

 この辺で、と思って足を緩めた途端、酔っ払いがぶつかってきた。むっと酒の匂いが立ち込める。
 ああ、酔ってるから距離感が掴めなかったんだな、と穏便に済ましてやろうと思った、のに。

「バッカ、どこ見てんだ」
「ああ? それァ俺に言ってんのか」

 つい、言い返してしまった。
 ハッ、とするまでもなく、周りは皆、土方と酔っ払いに注目していた。
 そして、あの男も。
 顔を見られたらさすがにバレるだろう、どうしよう。

 突然、後ろ頭が大きなものに掴まれ、続いて何か暖かい物に顔をぎゅうぎゅう押し付けられた。
 反射的に離れようとするのに、頭を押さえるものが物凄い馬鹿力で、動けない。

「あらら、ごめんねぇ。そっち、怪我はなかった?」

 間延びした声に聞き覚えがあった。文句を言ってやろうとするが、息も上手くできないほどしっかり押さえつけられている。
 なんてヤツだ。腹立たしい。
 さらに酔っ払いが、おう気を付けろよべらぼーめ、と悪態を衝いて去っていく気配がした。俺は悪くない。何も悪くない。
 もがいていると、そのままの態勢で引きずられていくのがわかった。視界を塞がれているので移動には弱い。土方にとっては屈辱以外の何物でもない。

「……っ、ぷっはーー!! てんめーなにしてくれてんだ!」

 解放されると同時に土方は叫んだ。思った通り相手……坂田銀時は、明らかに笑いを堪えて土方を上から下まで何度も見た。

「ブッフーー!! ブハハハハ! テメーこそなにやってんの? 変装? 変装のつもりなのマジで? バカなのお宅?」
「うっせー黙れェェェ!! テメーのせいで犯人見失っただろーが!?」
「ああ、追跡調査がしたかったと。だからそんな、仮装大会みたいな……ブッハッハッハ悪ィ悪ィ我慢できねーよコレ!」
「笑い死ね」

 腹立たしいがあの男をもう一度追わなければ、と土方は思い直した。このバカには後日思い知らせてやればいい。
 ところが、表通りに出ようとした土方の長いつけ毛を、坂田が引くのだ。

「ちょ、やめっ、コレ付けるの大変だったんだぞ馬鹿!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。せっかく親切に手ェ貸してやろうと思ったのに」
「はぁ?」
「あんときテメーの正面にいた兄ちゃんだろ。探すの手伝ってやるよ」

 坂田はニンマリ笑って、手のひらを差し出した。

「なんだコレは」
「前金一万な。あとは一時間ごとに一万。経費は別途で」
「はァァ!?」
「嫌ならいいけど。かぶき町っつっても広いからなぁ」
「……」
「一人で見つかるといいねー」
「……クソッ!」

 札を叩き付けると、坂田は土方の予想に反して丁寧に(もっとガサツな男だと土方は勝手に思っていた)財布にしまった。その指先が自分と違って節くれだっている。
 行くぞ、という素振りで土方を振り返るのがまた悔しい。上から見られているような気がするからであって不安だからではない。
 自分で手掛かりを探すには少し時間が経ち過ぎたとは思う。
 案外すんなりと道を辿り、順調に目的を果たしつつあるのが、悔しいが頼もしい。万事屋という胡散臭い仕事を生業とするこの馬鹿にも、特技がある……待てよ?

「オイ万事屋、なんでテメーがアイツの行き先を知ってる」

 この野郎攘夷浪士は廃業したとか言ってたが嘘だったか、と土方は警戒した。だとしたら自分は罠に掛かりに行くようなものだ。

「なぁんにも知らねーんだなオメーは」

 前を行く銀髪は、心底呆れたようにため息をついた。

「最近羽振りいいのよ、あいつ。見ねえ顔だし、キャバクラ通いがハンパねえし、目立つんだよ」
「……」
「こっちゃァ綺麗なネェチャンに酌でも尺でもいいんだけどよ、してほしいってのになにアレ。不公平だろ」
「……」
「さっさと片付けろよあんなん。てーわけで働け、公僕」

 けっ、と土方は内心唾を吐いた。
 自分がキャバに行きたいだけか。下品な単語を恥ずかし気もなく口にする気が知れない。土方は坂田の個人的な恨みのために来たのではない。それなのに、働けだの、片付けろだの。

「テメーに指図される謂われはねえ!」
「あっ、バカ黙れ」
「馬鹿はテメー……」

 またもや土方の視界は塞がれた。
 今度ははっきりわかる、何をされているのか。
 坂田の肩に土方の顔が押し付けられている。しかも、今度は腰に手まで回っている。
 背筋がゾクゾクした。
 何しやがる、と怒鳴ろうとしたのに喉が貼りついて声が出ない。

「アホか。何回おんなじことやらされんの俺。また顔見られんだろーが学習しろや」
「……」
「あー……、気色悪ィのはお互い様だろーが。我慢しろよ少しは」
「……」
「けど、だいたいわかった。あのヤローの行き先」

 ぽい、と突き放され、たたらを踏んだ自分が情けない。
 坂田は、ついてこない後ろの気配に眉を顰めた。そして天敵である男の、半泣きの顔を見つけて仰天した。

「え、ちょっ……俺のせい? 俺のせいなのかコノヤロー!?」
「何がだ!?」
「いや、何がって……落ち着け、デケェ声出すんじゃねえ! もうアノ手は効かねえぞ!」
「どの手だこのクソ天パ!?」
「あーー! ちょ、こっち」

 坂田は慌てた。自分の庭だと思っていたかぶき町で、隠れ場所を真剣に探すくらいに。
 きょろきょろ辺りを見回し、ヤケクソで土方を別の路地に押し込んだ。

「あのな! オメーは変装してるつもりかもしんねーが、んなの誰が見たってまるわかりだっての!」
「……」
「そこへ大声出してみなさいよ、誰だってわかっちゃうよ! 真選組の土方くんだって!」
「……」
「俺だって一応仕事もらってんだから気ィ遣ってんの! それをテメーが片っ端からぶっ壊してんの! わかる!?」
「……もういい、」

 土方は完全に不貞腐れている。
 坂田は腹立たしくなった。
 なんだって俺はこんなに一生懸命コイツの機嫌を取らにゃならねーんだ。勝手にすれば?
 案の定、土方は『行き先を教えろ』と言った。面倒くさくなった坂田はさっさとキャバクラの場所と名前を教え、その場から立ち去った。


 つもりだった。


(あいつ、アレで潜入とかできる気でいんのかよ……)
 坂田は泣きたくなった。
 なんだって最初に助けてやったりしたのか。
 あいつがつけていた若い男が、最近現れて派手に遊んでいるというのは本当だった。
 お妙がこっそり零してきたのだ。

『外でこそ偉そうにしてるけど……お店の中じゃいじめられてるのよ。上の人なのかしら』
『はァ? ま、よくあるこった。ほっとけよ』
『そう思ったんだけど。何とか党の名前がどうとかって』
『……ほっとけ。別の意味で』

 またヤンチャな後輩が悪さしてるのかと思ったが、お妙たちにすぐさま害が及ぶとは考えにくかった。
 すまいるには近藤が通い詰めている。すぐに解決するだろうと読んだのだ。だが敵は甘くなかった。転々と場所を変え、同じ店にはしばらく来ない。
 真選組にタレ込もうかと考え始めたとき、なんだか妙なヤツに出くわした。

 一見女に見えないではないけれど、目付きの剣呑さと口の悪さ、そして脊椎反射のように喧嘩を買う気性。
 ああ、そんなもの剥き出しでこの町に来たら、すぐにバレてしまうのに。
 咄嗟にその男……真選組副長、土方十四郎の顔を隠すべく、自分の胸に頭を押しつけていた。
 もう少し要領のいい男だと思っていたのに、と坂田は泣きたくなる。
 行く先々で喧嘩は買う、罵る、暴れる。目立つなというほうが無理ではないか。
 その上、いかに目立ってはいけないかを諭した途端、急に黙り込んで不貞腐れて。
 誰だよあんな我儘に育てた奴。
 絶対に潜入なんて無理だ。今ごろなんかしら騒ぎが起きてる。絶対に。
 そうしたら、あの若い男が逃げ延びて何とか党とかいう奴らを取り押さえられなくなってしまう。
 それは、困る。たぶん。
 坂田はため息を深くついて、土方が向かったほうに走り出した。




 意地を張らずに坂田を連れてくればよかった、と土方は肩を落とした。
 迷ったのだ。真選組副長ともあろう自分が。
 坂田のほうが数段地理に明るかったに違いない。坂田と分かれたのがどこだったのか、実は把握していなかったことに気づいたのが、ついさっきだった。
 今日は無線に頼っていたから、携帯で検索もできない。人に道を聞くのは……なんだか憚られた。
 行き先が行き先だというのもある。だが、それより坂田の指摘が堪えていた。

『誰だってわかっちゃうよ! 真選組の土方くんだって!』
『俺だって一応仕事もらってんだから気ィ遣ってんの! 』

 そんなに自分はわかりやすいだろうか。
 だったらこの姿で声を出したら、すぐにわかってしまうのだろうか。
 そうやって肩を落として歩くこと自体、日頃の土方を知る者から見れば土方に見えないのだが、本人には生憎わからない。
 夜の町をとぼとぼ歩いていると、またもや突然、今度は肩を叩かれた。

「探したぜ! 何やってんのこんなとこで!?」

 銀色のふわふわした髪が、心なしかいつも以上にあっちこっちに跳ね散らかって、息を弾ませていた。
 教えたのと全然違うだろ、と詰られ、こっちだ、と手を引かれた。つくづく自分が情けないと思った。でも、この男の協力がなければ任務の遂行すら怪しくなってきた。黙って任せるしかない。そんな自分がまた情けない。

「あのさぁ、泣きてえのは俺だっつの」

 銀髪は土方の手を無闇に引きながら低く呻いた。

「泣いてねえ」
「あっそう。じゃそんでいいよもう。俺は泣きてえの」
「……」
「そんなんじゃ店入ったってろくに捜査みたいのもできねーだろ。つき合ってやっからギャラ上げろよな」
「……」
「つうか、扱いづらくてしょうがねえわ。多串くんでいい?」
「……ッ、」
「いや、またテメーがデケェ声で怒鳴ると困るからよ。本名連呼するわけにゃいかねえだろ?」
「あ、」
「俺のことは、あんま万事屋って言わないで。お妙とか新八とか神楽とか、巻き込むとアレだから」
「……悪ィ」
「はぁ……やっと会話成立したぜ、ったく」

 坂田の肩の力が抜けたのが、握られた手を通して伝わってくる。ホッとしたのか、手のひらの温度まで上がったような気がする。
 なんだ、コイツ緊張してたのか。
 さっきまで坂田の言葉に囚われていた自分が、少し滑稽に思えた。そして土方はひっそりと笑った。

(なに笑ってんだよ)
 気づかない振りをしてやった。してやったんだと坂田は自分に言い聞かせる。決して後ろが振り向けなかったとか、笑顔を確認できなかったとかではない、たぶん。
 接点を再び繋げるための、円滑な方法が思いつかずに無理矢理手を掴んで引っ張った。
 まさか真選組の副長がこんなに方向音痴だったとは知らなかった。そのことにも驚愕したが、さっきまであれほど主張していた鬼の副長の気配が、すっかりなくなっていて坂田はいよいよ慌てた。
(なんかされたのか……!?)
 斬り合った様子はないし、傷を負ったようにも見えない。なのに、さっきまでの威勢がない。
 どれに驚いていいのかわからないくらい驚くことが多過ぎて、男の手を引くことくらいなんでもなかった。
 心配的中だ、と坂田は思う。
 ひとりで潜入なんて、させられるか。
 坂田は土方の豹変ぶりに慄き、後ろを見ずにただ黙々と足を運んだ。



 ついて来たらなんてことはなかった。分かれた瞬間から間違っていたのだ。
 土方は自分を恥じた。
 よりによってこの男の前で、今日は何度醜態を晒しているのだろう。
 何をしても、今日は勝てる気がしない。
 坂田は入店の時も、手を離そうとしなかった。いや、離すのを忘れていたらしい。キャバ嬢に笑われて、慌てて振り払っていたから。
 くれぐれもこの男の本名を呼ばないで欲しい。
 坂田はくどくどと念を押した。というかそれは俺の仕事だろ、と土方は他人事のように考えた。
 坂田はそんな土方を盗み見て、お前の仕事じゃないのか、そんなんで大丈夫か、と焦りを募らせる。

「いいけど、銀ちゃんはなんて呼ぶの?」
「え? ああ、俺はいつも通りでいーの」
「わかったわ。そちらのかた、なんてお呼びすればいいのかしら」
「「多串」くん」

 気まずくて互いに顔が見られない。
 土方は顔も上げられず、目的の男を探すこともできない。

「おい行くぞ……っておま、どうしたの!?」

 またもやついてくる気配がないことを不審に思い、坂田は振り返ってみて驚愕した。
 目を伏せて唇を結んで俯いている。
 イヤなにこれ。
 こういう店、来たことないとかか。いやまさか。軽くあしらってんの、見たことあるぞ。だってすまいるに近藤回収に行くのがコイツって、ある意味サービスなんだろ?お妙ですらそう言ってたぞ。
 イヤイヤイヤ。こんな小さくなるって。ナイナイナイ。
 つか、ダメだろこれ。

「ちょ、おねーさァァァん!」

 坂田もまた、いっぱいいっぱいだった。
 なんでこんなしゅん、てしてんの。ダメだ。テンション上げてくれないと自分が困る。
 今日は髪が長いせいか、中性的に見える。少し怒らせるくらいがやっぱりちょうどよかったんだ。怒るな、怒鳴るななんて言ったばっかりに小さくなったに違いない。きっとそうだ、うん。

「帯貸して。女物の」
「え、ちょっ、なに……!?」

 土方はまた泣きたくなった。
 鬼の副長と呼ばれる自分が、片腕で引きずられていく。もう何したって敵わない。
 わかったから、見せつけないでほしい。
 悔しくて、情けなくて、坂田の顔なぞ見られなかった。
 だから、反応が遅れた。

「うわ! ちょ、なにす……」
「しー、お静かに願いますよー。安心しろ脱がしゃしねえから」
「ちょ、アホかァァァ!?」
「ちょっとお端折りが不自然かなぁ。動きにくいけど我慢しろよ? ここに突っ込んで、っと」
「なななな、なにやってんだァァァ!?」
「お、似合う似合う。脛毛はキツいけど生足もねえな。ニーハイでいいわ」
「はァァァァ!? ちょ、オイィィィ!?」
「ブハハハハ、おめー似合うよマジで。かまっ娘倶楽部紹介してやろうか」
「テメェェェ表ン出ろォォォ!!」
「うん。それでこそ多串くん」

 坂田は笑ったが、今度は揶揄いや嘲りの笑いではなかった。
 少なくとも土方が見たのは、穏やかに、嬉しそうに微笑む坂田だった。
(調子狂うんだよ)
 土方は眉を顰める。さっきまでの情けなさや悔しさが吹っ飛んでいることにも気づかない。腹立たしいことこの上ない。
 ハッ、と我に返った。

「オイ、俺ァ仕事に来てんだ! 帯返せ!」
「おいおい人聞きの悪いこと言うな、ちゃんと締めてやってんだろ」
「締めてねえ! 返せ!」
「いいんじゃね? そのまんまで」
「いいわけねえだろ!」

 ニヤニヤして何か言い返そうとした坂田の顔が驚愕から焦りに変わったことに、土方は気づかなかった。
 今日何度目かの『急に』。またもや引き寄せられ、坂田の肩に顔を埋められる……と土方は衝撃に備えて目を固く閉じた。

 のが、いけなかったのかもしれない。

「持ち帰りゃいいだろ」

 と頭の後ろで男の声がして、呆れたようなため息と一緒に去って行った。
 土方は動けない。
 唇に柔らかい感触がする。
 腰と背中に回る手は、今日何度も味わった暖かさだ。
 下唇に柔らかい物が吸いつき、ちゅっと可愛らしい音を立てて離れていった。

「イヤ悪いね……もう、モロ顔見られる角度だったから」

 坂田の頭はもう限界を超えていた。
 いったい何をした、俺。
 確かに男が入ってきた時、土方は元気よく暴れ出していて、姿を隠さないといけないことなんてすっかり忘れているようだった。
 絶対に正面しか見せてはいけない。後ろはもちろん、少しでも横を向いたら、バレてしまう。
 それに、この怒声。誰だってこれを聞けば、真選組の副長だとわかってしまう。
 一度に全部を解決する方法は、もう坂田には一つしか思いつかなかった……




 キスされた。
 男に。
 しかも、坂田に。
 女みたいなカッコさせられて、揶揄われて、たぶん、労られて。
 情けなさ過ぎる。
 そう言えば今日は最初からそうだった。

 山崎には潜入要員としての至らなさを指摘された。
 沖田には放り出された。
 そして酔っ払いなんぞの売り言葉をまんまと買って、任務に失敗しかかった。
 そこで坂田に助けられた。
 咄嗟に顔を隠し、声も上げられないほど押さえつけたのは、坂田の機転だったと今ならわかる。
 その後も、突っ掛かって怒鳴り散らしていたのは自分だった。坂田に叱られ、不貞腐れて坂田の手を離し、迷ったのも自分。見つけられて、手を引かれてここにたどり着いた。
 任務の段取りまでさせて、機嫌までとってもらって。

 情けなさ過ぎる。

 そう思ったら今日の疲れが一気に襲ってきて、

「ちょ、多串くんんん!?」




 泣かしてしまった。とうとう涙を零してしまった。
 まさかと思っていたが、今日一日を振り返ると、坂田の記憶にいくつも心当たりがあるのだ。
 路地に引き込んで法外なギャランティを吹っ掛け、大きな顔で恩を売りつけた、最初の一歩。
 土方は不安そうに、自分の背中を見ていたではないか。
 それからまた路地に引っ張り込んで、愚痴とも抗議ともつかないあれこれをぶつけたとき。
 途中から固まって何も言わなくなって、それから少ししたら、もう一人で行くからいい、と呟いた。
 追いかけてみたら別人のように俯いて、いつも颯爽と運ぶ足が可哀想なほど萎れていて、
 手を引いたらぎゅっと身体が縮こまって、

 そしてキスしたらとうとう泣いてしまった。
(女の子泣かしたより性質悪ィな)
 坂田は天パを掻き回した。

「あの、ホントごめんな? 泣き止んでくれると……嬉しいんだけど」

 土方はますます泣くばかり。

「あの、さ……悪かったよ、その、咄嗟に思いつかなくって」
「?」
「イヤお前そこは気づけよ……後ろ通ったんだって! あいつが!」
「!」
「せっかくおめーが元気になったからさ……アレだ、ちょっと悪ふざけが過ぎたよ、マジで」
「……」
「言い訳するけど! 顔隠さないといけないと思って! キスしてるヤツらの顔なんて普通視線逸らすだろ! だから、咄嗟に、その、」

『咄嗟に土方コノヤローにちゅうしたってわけですか、よーくわかりやした』

「……え?」





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