偽りを描く1


 先輩、といっても年齢にして四つ上の坂本辰馬が立ち上げたデザイン事務所に、俺は大学を出ると同時に就職した。もうすでに陸奥とか高杉とか桂とか、専門学校出身の連中は先に就職して仕事を始めていた。
 俺は書籍の装丁を主にやっている。大学生の間にここでバイトがてら仕事させてもらってはいたから、ゼロからのスタートではない。とはいえやっぱりプロとして働き始めるのに、二年の差は大きくて、俺は必死で仕事をした。
 その甲斐あってか数年もすると固定客がついた。辰馬の紹介で幾つかの出版社と仕事をして、そのうち何人かの編集者に気に入られ、よく使ってもらえるようになった。それでも若手だからって無茶も押し付けられる。
 こないだなんか、締切がいくつも重なって死にかけてるときに吉原出版の月詠っていう編集者が『テレビ局が入ることになった。お前のとこにも取材が行くから、仕事してるところ撮らせろ』って無茶苦茶なことを一方的に宣言された。辰馬の顔見たら、すでに了解済みだった。泣く泣く受けた。せっかくテレビ出るなら徹夜明けの顔なんか晒したくなかったのに。でも、有望な若手デザイナーって紹介されたからいい気になった。同僚の高杉はキレて、俺のPC目掛けてマウス投げつけてきた。破壊王高杉、危ねえ。
 デザイン賞なんかも取れるようになり、仕事は順調だ。締切に追われてキツイこともあるけど、好きな仕事だからそれほど苦にはならない。何よりこの業界、朝が遅いのが気に入ってる。



 というようなことを、郷里の母は一切理解しない。

「銀時はお父さんの店を継ぐの」

 それが、高校の頃からのカーチャンの口癖だった。
 親父は地元では大きめな飲食店をやっている。俺が高校に入った頃は軌道に乗りまくっていて、二号店まで出した。カーチャンの中では三号店は俺が切り盛りすることになってた。そして親父が引退した後は、俺が会社を継ぐと信じて疑わない。
 デザイン科に進学することになったとき、母は合格証をもらってもまだ反対していた。本当は専門学校に行きたかったのにどうしても大卒資格を取れって言ったのもカーチャンだ。折衷案で大学のデザイン科にしたのに、カーチャンはもちろん気に入らなかった。父は俺と母が怒鳴り合う横で、淡々と入学用の書類に記入し、押捺して俺に渡してくれた。俺は親父に最敬礼し、田舎を離れて都会で一人暮らしを始めた。そしてそのまま地元には帰らず、辰馬のところに転がり込んだわけだ。

 トーチャンによるとカーチャンもだいぶ軟化したそうなので、一度帰省してみたことがある。トーチャンは一体何を見て軟化と言ったのか。俺にはさっぱりわからないが、カーチャンは見合いの話を山ほど用意して待ち構えていた。

「こっちの子と結婚すれば帰って来やすいでしょ。早く結婚しなさい。そんでお父さんの店を」
「ヤダ」

 俺には俺の仕事がある。生き方がある。カーチャンに限らず、地元基準だと俺はすでに結婚して子供がいてもおかしくない年齢なんだそうだ。むしろ結婚しないのは、何か障りがあるんじゃないかと勘繰られるくらいの勢いだ。確かに隣んちのオバちゃんは、俺が実家の車庫に車入れたら当然俺の次に嫁が出てくるもんだと思ってたらしく、一人だって言ったらびっくりしてた。
 それからは酷い。
 カーチャンはいつの間にか俺のケータイ番号を盗み見たらしく、ガンガン電話掛けてくる。これ仕事にも使ってるからマジ迷惑だ。クライアントとの打ち合わせ中だろうが、ラフに煮詰まりながらも集中してようがお構いなし。

『来週の日曜にお見合い入れたから』

 しかも決定事項。俺の都合まるで無視。

『会社勤めなんだから土日は休みでしょ』

 違います。土日も祝日も関係なく仕事するときはあるってことが、カーチャンには理解できないしする気もない。そんな会社あり得ない、そうカーチャンが思ったらそれがカーチャンにとっての常識だ。ちなみに仲人は例の隣のオバちゃんなので、泣きつくこともできない。
 その日も朝からブーブーブーブーと俺のケータイは鳴り続けた。高杉の眉間あたりがピクピク痙攣してる。ヤバイ。

「まず、着拒しろ。さもないとテメェの決定稿真っさらの真っ白にする」
「やめて。着拒したら会社に掛かってくるからダメ」
「なら適当な女連れてカーチャンに見せろ。そいつと結婚するって言え」
「無理。カーチャンその子と婚姻届出すの見届けるもん」
「出せばいいだろうが。そんでこっちで離婚しろ」
「なに言ってんだ! 結婚したら田舎に監禁されるわ!」
「母ちゃんの一人くらい説得できねえで社会人勤まると思うなよ。テメェのせいで俺の仕事が進まねえ。もうすべてをぶっ壊すわ俺の気が済むまで」
「みんなぁあ高杉止めろぉぉ! 俺の頭狙ってノーパソ投げるぅぅう!」
「ノーパソはいかん。金時の頭はどうでもいいがノーパソはいかん」

 辰馬とヅラがノーパソを取り上げて、高杉はめっちゃ荒れて俺の決定稿に落書きして休憩に入りやがった。Control Zで泣く泣く消してたら、陸奥がこっそり教えてくれた。

「ワシはレンタル彼氏ば利用した。それで親を説得したき」
「レンタル彼氏?」
「ワシもおんしと似たような目に遭うてな。だが知り合いに交際相手のフリをさせるのは、後々面倒の元じゃ。まるきり赤の他人に頼む。金で雇う彼氏じゃき、そん男にも二度と会わんで済む」
「レンタル彼氏……って、どうやって借りんの」
「おんしの場合はレンタル彼女ではなかか? まあ、ネットで検索でもしてみるといいき」


 陸奥は本当にいいコトを教えてくれたものだ。
 彼女を連れてったらカーチャンは結婚まで見届けるだろう。だが彼氏なら。ドン引き間違いない。凝り固まった結婚観持ったカーチャンや近所のオバちゃんがたなら、ゲイって選択肢は全くない。せいぜいドン引きするがいいわ。俺がドン引くくらいだから、卒倒くらいしてくんないかな。
 レンタル彼氏。デリヘルの男版みたいなもんかと思ってたらそうでもない。ちゃんと事務所があって、セックス厳禁、スキンシップには細かい規定がある。本来女が利用するものだが、男が利用しちゃいけないって決まりもないらしい。少なくとも俺がネットで当たった中でいちばんちゃんとしてそうな事務所はそうだった。その中で歳の近そうなイケメンを選ぶ。予約する。
 シチュエーションの希望ってとこがあったから、ザッと事情は書いておいた。こちらはゲイではないこと、ないけれどゲイのふりをしたいので恋人っぽく振舞って郷里の家族を呆れ果てさせたいこと、など。
 結構なお値段だけど、実家まで連れてって帰ってこなくちゃいけない。『彼氏』を二十四時間拘束することになる。その辺は金さえ払えばいいみたい。俺のこの先一生の安泰を得られることを思えば、出費が安くないことも問題ない。


 そんなこんなで実家に帰ると宣言し、仕事も『彼氏』の予約に合わせて段取りをして、迎えた当日。
 時間がもったいないから駅のホームで待ち合わせる。

「坂田銀時さんですか」

 スーツ姿が恐ろしく決まったイケメンが、俺の顔を遠慮がちに覗き込んだ。

「初めまして。土方十四郎です」

 ネットで顔だけは見たけど、実物はもっといい男だった。実家に着くまでに概要は話す、という約束でここに来てもらってる。早速新幹線に乗り込んで概要を話そうとすると、土方くんはすでにあらかた飲み込んでいてくれた。

「お見合いと、ご実家の家業を継ぐことを断りたい、と。そのために同性の恋人のフリをすればよろしいですね」
「その通り。すごいね」
「坂田さんの要望欄を読んだだけです。それに当たって、少しご提案がありますが」
「どうぞ」

 企業戦士かお前は。プレゼンかよ、と突っ込みたくなるほどの冷静さ。男の恋人役やれなんて言われたら、俺だったらこんなに冷静じゃいられない。プロって凄い。

「言葉遣いはどうしますか。このままで?」
「あ、タメ語でいいよ。そんな歳変わんないだろ」
「僕のほうが三つ下です。では失礼ながらタメ語にしますが、現場でボロを出さないように今から切り替えても?」
「もちろん。解散するまで俺のカレシなんだし」
「ありがとう。それからその『彼氏』だが、どっちが女役にする。それか、受身を交代するタイプのゲイか」
「え? なに、どゆこと」
「セッ……あー、ナニのときに上か下か、交互にするかってことだ」

 この子真顔でセックスって言おうとしたよ。車内なの思い出して言葉濁したけど。

「キミだって女役は嫌だろ? その辺は曖昧にしといても」
「俺は見合いぶち壊しに行ったことが今まで三回あるが、細かく設定しておいたほうがいい。辻褄が合わなくなって慌てちゃあ、嘘がバレる」
「あ、そうなの」
「それと、仕事だから。女役は嫌とかない。でもウチのシステムは、あー……アレはナシだからな。坂田さんはゲイじゃないって聞いてるけど、一応」
「そりゃしねえよ。大丈夫」
「手をつなぐとか腕を組む程度はアリだ。今回はキスくらいはする必要があるかもしれないけど、その時は構わずしていいから。事務所には内緒で」
「えっ」
「いや、してくれって話じゃなくて。必要ならしてもいいってことだ。お母さんビックリさせるのが目的だろ。百聞は一見に如かずってヤツだ」
「……気持ち悪くないの」
「別に。仕事だし」

 すげえプロ意識だよ。
 それで土方くんの言葉どおり細部まで決めることにした。俺はゲイカップルの男役。女役のほうがカーチャンにはインパクトあるんだろうけど、そこまで開き直れなかった。土方くんは少し笑った。

「俺は男の人に利用してもらったことが何回かあるけど、どういう訳かみんな女役頼んできた」
「えっ……嫌なら代わるけど」
「平気。仕事だから」

 そして職業決め。土方くんは安定職かつ退職しにくい仕事として、国家公務員を推してきた。俺はそういうお堅い職業がよくわからないので難色を示したが、『坂田さんには詳しく教えてないってことにしよう。話が食い違うと嘘っぽくなるし』というひと言で、土方くんにお任せとなった。心配だから少しは聞いてみたけど、なりきるために相当勉強してるようで俺なんか太刀打ちできなかった。大丈夫みたいだ。

「他になんか要望あるか」

 土方くんは小首を傾げて俺の顔を覗き込んだ。なんだかドキッとした。男だし、カッコいい人なのに、意外っていうか。

「えーっと、土方くん、って呼んだほうがいいの?」
「?」
「その、下の名前、とか。ダメならいいよ」
「……」

 土方くんはポッと頬を赤らめた。なんだ。可愛らしいとこもあるんだな。プレゼンばりにキッチリ設定詰めてきたから、そういうドライな人なのかと思ったけど。

「どうぞ……でも、呼ぶならそれで統一、して」
「うん。あと俺も坂田さんじゃないほうがいいな」
「……なんて呼ぶ?」
「十四郎って呼ぶんだから銀時って言ってよ」

 わかった、と土方くんは小さく頷いた。あれ、毎日いろんな子の彼氏やってるんだから名前呼びくらい当たり前じゃないの。あんまり呼ばせないのかな。

「それからさ」
「! なんだ」
「笑って」

 イケメンすぎるんだよ。真顔でいられるとなんか、人間といる気がしない。落ち着かない。
 たちまち土方くんはにっこり笑ってくれた。職務に忠実だ。

「良かった。見合いぶち壊しに行くっつーから固いほうがいいのかと思って、ちょっと気合い入れすぎた」

 それから土方くんとは目的地に着くまでいろんな話をした。土方くんはこの仕事の前はホストだったそうだ。

「でも俺、夜が苦手なんだ。すぐ眠くなっちゃって」
「じゃあダメじゃん」
「うん。酒も強くないし、身体キツくて」

 昼間にできる仕事に移ろうとしてたら、ホストクラブのオーナーがやってる別会社の、レンタルホスト事務所を紹介されて移籍したらしい。たまにホストクラブも手伝うんだって。結構稼いでるみたい。
 俺の仕事も一応聞きたがってくれた。大して面白いモンじゃないと思うけど、破壊王高杉が仕事に行き詰るとデスクにある物投げ始める話をしたら、腹抱えてケラケラ笑ってくれた。

 家に着いてからの土方くんの仕事ぶりは圧巻だった。

「銀時さんとおつき合いさせていただいています。土方十四郎と申します」

 鬼神も裸足で逃げ出しそうな勢いで激怒してるカーチャンの前に正座して、土方くんはきちんと手をついてしおらしく頭を下げた。
 さすがのカーチャンもイケメンが涙を堪えて礼儀正しく頭を下げるのを見て、一瞬黙った。その隙を見逃さず、土方くんは訥々と、『銀時さん』を愛していることについて三十分くらい語った。ときに頬を染めて、ときにはにかんだ笑顔なんか浮かべて、いかに俺を愛してて、俺のいない生活なんてどれくらい考えられないかを、あのカーチャンに口を挟ませずに語り切った。土方くんによると俺は、当の俺がびっくりするくらい愛されていた。

「男が男に恋をするなんて、受け入れてもらえるとは思っていませんでした。でも、銀時さんは気持ち悪がらずに話を聞いてくださって」

 土方くん、いや俺の恋人の十四郎は恥ずかしそうに下を向いて、そっと微笑んだ。

「交際してくれて……今に至ります」

 マジか。俺すげえな、神だわ。
 カーチャンが正気に返る前に、俺は十四郎の手を握った。

「そういうわけだから。結婚は、諦めてくれ」
「……お父さんの店は。どうなるの」
「親父、ほんとに俺に継がせる気あんの」

 この親父、カーチャンにやり込められてるだけだと俺は踏んでいたがその通りだった。巻き込まれて慌てたトーチャンが白状したところによると、後継者はもう決めていて、それは今まで一緒に仕事をしてきた人なんだそうだ。カーチャンは事務方をたまに手伝う程度だから知らなかっただけで、現場では既にその人が後継者ってことで受け入れられてるんだって。そんなこったろうと思ったよ。

「じゃあいいよね。十四郎が店手伝わなくても」
「そういうわけにいかないでしょ! お嫁さんは坂田家の嫁として家業を手伝うって決まってるのよ。それにお嫁さんは女の子! 土方さん、あなただっていつかお嫁さんもらうでしょう」
「いいえ。僕は銀時さんと添い遂げます。銀時、いいよな?」
「当たり前だろ、十四郎。一緒に暮らそう」
「嬉しい……俺も官舎出るよ。銀時と一緒に住みたい。ずっと一緒だ」

 十四郎は両手で俺の手を握ってくれた。俺も感極まった。なんだかよくわかんないけど十四郎が愛おしくてしょうがなくなった。


「幸せにする。十四郎」



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→収まらないので続く




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