偽りを描く2


「いやいやいや、あんなに上手く行くとは思わなかった! ほんとありがとう」

 帰りの新幹線の中で、俺はビール、土方くんは缶コーヒーを飲んでいる。

「お役に立てて良かった」

 土方くんは綺麗な睫毛を伏せて、小さく頭を下げた。

 カーチャンは激怒して、俺たちを家から追い出した。もう帰ってくんなって言われた。玄関出たら隣のオバちゃんがものっそわざとらしく道路の掃除なんかしてたから、十四郎の手を恋人繋ぎにして握って、目を見て微笑み合うところを見せつけてやった。場合によっちゃキスしてもいいって言われてたからするならこの場面だったけど、それは十四郎に悪いような気がしてやめといた。オバちゃん充分驚いてたし。

「坂田さんの口も上手いから。だから上手くいったんだ」
「……」

 気が抜けたのか、『坂田さん』に戻っている。なんだかつまらない。本当は乾杯くらい付き合って欲しかったけど、土方くんは俺が缶ビール二本買うのを見てたくせに自分で缶コーヒーを買った。飲めないって言ってたっけ。

「駅に着くまで彼氏やってくれるんだよね」
「いいけど……ごめん、俺」

 土方くんは目を擦って、ぱちぱちと瞬きをした。最初の企業戦士な土方くんと比べると、格段に幼く見える。

「眠くなっちゃった」

 そうだ。夜に弱くてホストできなくなった子だ。現在時刻午後十時四十六分。え、まだ宵の口だと思うけど。でも土方くんは欠伸を噛み殺してる。俺に悪いと思うから、一生懸命起きてるんだろう。それじゃ可哀想だ。

「寝なよ。着いたら起こすから」
「……あの、」
「?」
「おれ、まっすぐねられないんだ。肩とか、あたま……じゃまだったら、どけて」

 そう言いながら、すぐにすぅすぅと寝息を立てる土方くん。最後の言葉は一体なんだったんだろうと思いながらビールを飲んでいたら、俺の肩に柔らかい感触が当たった。土方くんが頭を凭せ掛けているのだ。

 疲れたのかな。平気そうな顔してたけど、その実神経使うんじゃないのかな。彼氏のフリをする。その時間は彼女を目いっぱい楽しませて、夢を見せてあげなきゃいけない。消えてなくなる時間だからこそ、記憶に残る時間を作ってあげなければ、仮にも彼氏である意味がない。
 土方くんと一緒に暮らす生活が、あのとき確かに俺の目の前にイメージできた。土方くんは夜になるとこうして眠っちゃうから、俺とはなかなか会えない。でも、そうなったら朝食は必ず一緒にとろう。土方くんはブラックコーヒー派みたいだけど俺は牛乳たっぷり砂糖たっぷりのカフェオレ派だから、ケンカになるかもしれない。ドリップマシン買ったらいいかな。それで、お互いに好きなように淹れるといい。
 休みの日は二人でどこか行くより、家でまったりしたい。普段の日は時間的にすれ違いが多いだろうから、休みの日くらいここぞとばかりに土方くんを抱きしめて過ごすんだ。土方くんは鬱陶しがりながら、ちょっと甘えて寄りかかってくれたりして。

「んぅ……」

 実際の土方くんが、俺の肩の上でポジションを変えた。頭を乗せていただけだったのに、本格的にくっつこうとして座席の仕切りに邪魔され、ウンウン言ってる。肘掛けを両方跳ね上げてあげたら、擦り寄ってきてガッツリ俺の首に髪を擦り付けるように凭れてくる。
 なるほど。これが癖だからそうなったら止めてくれ、と言いたかったわけだ。
 手を繋ぐのはアリでも、肩を抱くのはどうなのかな。腕を組むのと肩を抱くのと、どっちが罪重いかな。
 そっと土方くんの肩に腕を回したら、土方くんは顔を擦り付けてきた。これじゃ夜の電車なんて危なくて一人で乗せられねえよ。
 もし俺が彼氏ならな。

 目的の駅に近づくのが惜しい。親の手前言ってもらった嘘が、確たる説得力を持ってリアルに浮かび上がる。土方くんの仕事は完璧だった。こうして無防備な姿を見せるのも含めて完璧だった。恋人を持った気分なら、充分味わった。同性の恋人なんかドン引きだって、この俺が思ったからこそ土方くんを指名したのに。そんな俺でさえ、土方くんを彼氏にして幸せだった。
 車内アナウンスが流れる。もう起こさないといけないだろう。土方くんが頭を乗せている肩をそっと動かす。なかなか起きないから、肩を抱いた手に力を込めて、優しく揺する。うーん、と言いながら土方くんは目を開けた。

「起きた? もうすぐ着くよ」

 土方くんは自分の状況にしばらく気づかなくて、ぼんやり窓の外を眺めていた。が、急に目が覚めたらしく、ぴょこん、と起き上がった――起き上がろうとした。俺が離さなかったから、起き上がれなかった。

「ちょっ……すいませんでした、離して」
「あと五分くらいだからいいだろ。もう三十分もこのカッコだぜ」
「! だから退けてくれって、言ったのに……」
「彼氏が居眠りしてたら護ってあげなきゃ」

 そう言ったら土方くんは大人しくなった。
 坂田さんはさ、すぐ彼女できるよ。
 ポツリ、とそう言ったのを、よく覚えている。
 駅に着いて、最初に会ったところで俺たちは別れた。契約は完了したから、さっきまで俺の肩の上で無防備に眠っていた土方くんは赤の他人だ。俺の腕に残る土方くんの温もりもすぐに消えて、思い出せなくなった。



 一か月も経った頃、俺はまたちょっとしたデザイン賞を獲った。高杉がまた俺のデスクにタブレット投げつけようとしたのをみんなで止め、賞金を受け取って一足先に帰った。吉原出版の月詠と猿飛にはこの件では世話になったし、飲みに誘ったけど二人ともお盆進行のシワ寄せで酷い目に遭ってて到底飲んでる場合じゃなかった。おめでとう、付き合えなくてごめんね、と猿飛に言われ、俺も礼を言って電話を切った。
 俺の事務所の連中は高杉ほどじゃないけど呼び出すのは微妙だし、どうしたもんか。
 それで、俺は土方くんを思い出した。
 人気の彼氏だから、今日予約して今日は無理だろう。でも、近々どうかな。
 レンタル彼氏事務所のサイトを見たら、

「……いない」

 思わず口に出していた。土方十四郎くんがいない。俺が予約したときは、リストにいて、イケメンな写真もバッチリ載ってたのに。
 電話予約は受け付けていないのかもしれないけれど、諦められなくて電話をしてみた。

「あの、先月土方十四郎さんをレンタルした者なんですが、土方さんは予約できませんか」
『申し訳ありません。土方十四郎は先月で予約を打ち切りました。退職予定です』

 オペレーターは機械的に決まった言葉を俺に寄越す。
 軽く、目眩がした。
 友達になったわけでもない。あの日あの時間を過ごし、報酬を払って、縁は切れたんだ。それでいいはずなのに。

「リピートは、できないんですか」
『予約は一切お断りしておりま……あっ、もしかして、坂田銀時様ですか?』

 機械が急に壊れた。なんだなんだ。どうした。

『先月土方十四郎をご利用くださった男性のお客様は坂田様だけなんです。ご予約承ります』
「えっ」
『坂田様にはアフターケアが必要かもしれないからご予約承るようにって、本人に言われてて』
「!」

 オペレーターのヤマザキくんはイレギュラーに弱いようだ。ちょっとアタフタしたけど無事予約が取れた。先月会う前は一か月待ちだった土方くんは、今から行けるということだった。嬉しいけれど、これで最後なんだなと思うとどうにも寂しい。

 土方くんが俺のことを気にしてくれていたのは嬉しかった。確かにあのシチュエーションだったら、もう一回連れてこいってなってもおかしくない訳だし、土方くんは仕事に厳しそうだったから、そこも考慮してくれたんだろう。
 つけ込むようで悪いけど、俺はもう一度土方くんに会いたいんだ。俺の実家絡みじゃないと知ったら、帰ってしまうかもしれないけど、できれば会って話がしたい。あのとき行きの電車でしたみたいな、他愛のない話にケラケラ笑うところがみたい。
 不安八割、期待二割。駅前のコーヒーショップで待っていたら、土方くんは来た。走ってきたみたいだ。

「そんなに急がなくていいのに」
「いえ、お待たせするなんて。すいません」

 土方くんはすっかり元のよそよそしい口調に戻っていた。

「アフターサービスまで心配してくれてたんだ。ありがと」
「……その後、どうですか」
「快適。一切干渉なくなった」

 親父はカーチャンの横暴を目の当たりにして、これはマズイと思い知ったらしい。すぐに後継者として熟練の社員さんを内外に発表したそうだ。カーチャンの野望は潰え、俺は半勘当状態で、トーチャンがこっそり連絡してきたところによると『ほとぼりが冷めるまで触るな』ということなんで有難く音信不通にさせてもらってる。トーチャンは恋人について何か聞きたそうだったけど、特に俺は説明はせず、あの日のまま俺の恋人はイケメンな男ってことになってる。

「だから、メンテナンスいらなくなっちゃった。ごめんね」

 騙して連れ出したんだから、ここで土方くんが怒って帰ると言っても文句は言えない。
 でも、土方くんは静かに笑った。


「それより。受賞おめでとうございます、坂田先生」


 俺は間抜けな顔をしていただろう。
 業界でもマイナーな賞なのに、なんで。
 土方くんはまたクスッと笑った。そして小首を傾げて俺を覗き込んだ。

「変に思われないか、ドキドキしてたけど。だってネットの予約表にちょこっと書き込んだだけで、状況把握され過ぎてるって思いませんでしたか」
「えっ」
「前からファンだったんです。ホストにしろレンタル彼氏にしろ、話合わせないといけないからいろんな本読むんですけど……坂田先生の装丁が好きで。本屋でいいなって思う本があると、大抵坂田先生の装丁で」

 それは相当マニアックなファンだと思う。
 本を内容じゃなくて装丁で買う人って滅多にいないだろ。しかもネット主流のこのご時世、本を大事にしてくれる人は珍しい。俺でさえ、レンタル彼氏についてクチコミとネット検索で済ませたのに。

「それに、前にちょっとだけテレビ出たでしょう。たまたま見てて、こんな人がこんなところで綺麗な本を生み出すんだなって、それからファンになっちゃったんです」
「……」
「だから指名してくれたのが坂田銀時さんで、自由業って書いてあったから。当日まで半信半疑だったんですけど、テレビで見たよりカッコイイ人で、俺、緊張しちゃって」

 あの企業戦士のプレゼンみたいな仕切り方は、緊張の賜物だったのか。そういえば、名前を呼んでって頼んだら口籠ったっけ。

「なんで、辞めちゃうの」
「なんていうか。もう、他の人の彼氏役は、できなくなっちゃって」

 土方くんは恥ずかしそうに俯いた。

「今までは切り替えられたんです。でも、坂田先生の彼氏役やれたんだから、もう思い残すことはないっていうか」
「これからどうするの」
「決めてません。とりあえずフリーターかな。普通の仕事したことないし。何が向いてるかわかんないけど、いろいろやってみようかな、って」

 土方くんの笑顔が綺麗で、でもなんだか儚くて、俺はまるで嬉しくない。

「今日は? 俺の彼氏役、やってくれるの」
「いいんですか。やらせてもらって」
「そのつもりで呼んだんだけど。だからさ、坂田先生なんて、やめろよ」

 あの時みたいに、銀時って言って。

「せめて……坂田さん、じゃダメですか」
「ダメ。敬語もやめて」
「そんな、」
「で、最初からやり直し。お待たせしてすいませんなんて、俺言われたくない」
「……おれ、ファンって言ったけど」

 土方くん、いや、十四郎は不自然に笑顔を貼り付けたまま何度か瞬きをした。

「好きに……なっちゃっ、」

 ぽろ、とその眼から透明にキラキラ輝く雫がこぼれ落ちる。なんて綺麗な光景だろう、と思った。このまま誌面に焼き付けて、永久保存したい。

「恋人のフリなんて、何十人もしてきたのに、おれっ……あなただけは、仕事、おわっても……わりきれ、なかっ」
「それで辞めるの。レンタル彼氏」
「だって! 親にドン引きさせるために、わざわざレンタル彼女じゃなくて男選んだんでしょう、それなのにおれっ、きもちわるい、でしょ」

 一気に言い切って、また下を向く。途端にキラキラと雫が散った。
 拭ってあげたいけど、この場面はあまりに美しすぎる。もう少し、俺の脳裏に焼き付けよう。ほろほろと涙を流してうつむく十四郎の愛らしいこと。イケメンでカッコイイのに、可愛く見えるって俺もどうかしてる。

「約束したもんな。あのとき」

 手を握るのはアリ。
 だからテーブルの上で硬く握り締められている拳を、手のひらで包み込む。


「一緒に暮らそう。幸せにする。十四郎」


 今日はキスは許されていないけど、レンタルじゃなくなったら、直接交渉するから。まずはレンタル契約を解除だ。十四郎の顔を注意深く見る。驚きと、次に喜びが広がる。大丈夫みたいだ。

 契約解除、無事成功。坂田先生おめでとうございます。



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この後アシスタントという名の嫁入り。

あきママ様リクエスト
「パラレルで
跡継ぎ銀さん×レンタル彼氏土方さん。
郷里に戻って跡を継げと言われるのが嫌で
男でも連れて帰れば
ドン引いてくれるだろうと、
レンタル彼氏なるものを頼んだけれども…」

リクエストありがとうございました!
やり直し請求承りますm(_ _)m




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