月の明かりが夜の街を照らす。

 今夜も土方の背に、人の気配がする。
 微かな気配でしかない。尾けられている当の土方ですら、忘れていることのほうが多いくらいだ。
 それでも時折り、ふと土方の神経に触れるものがある。瞬きほどの一瞬、緊張が走る。
 たった今も。
 街灯のほとんどない道を、猫がのんびりと通り過ぎて行くのが月明かりにかろうじて見えた。



「首謀者が供述を始めた」

 昼ごろ近藤に呼ばれた。朝方屯所に戻った土方は、午前中の尋問には関わっていない。

「売り主は幕閣で一橋派の一人。買い主は春雨。幕府に納入予定の武器を横流しする計画だった」

 内部の共犯者が納品リストに細工して納品数を少なく報告。浮いた数を横流ししたことになる。首謀者の偽身分証を作ったのもこの男だ。

「だが春雨が土壇場になって買い取らないと言い出した。ここまではとっつぁん情報通りだ。威力が期待値じゃないってのが理由だ。まあ、当たり前だな」
「宇宙海賊に狙撃銃なんざ必要ねえだろうな。そんなこともわかってねえ奴が横流しの担当だったのか」
「とっつぁんも言ってた通り、武器は自分で使ったことねえような坊っちゃんらしいぜ。わかんねえんだろ」

 春雨との取引が不調に終わったので、商品である武器一式を次の取引先が見つかるまで保管する必要が生じる。その一時保管場所として屋敷に目を付け、首謀者を送り込んだという。

「あそこの大名サンは三番目の候補だった。第一候補は武家屋敷、第二候補は商家の蔵だった」
「商家?」
「後で話すが、商人の被害者がいただろう。あそこだ」
「……武家屋敷はどうなった」
「主を引き込む必要はない。蔵さえ開けばいいんだからな」

 主どころか蔵の鍵さえ奪えればいい。合鍵を作る間、内密に拝借できればそれで事は足りる。
 そこで初めは浪人を屋敷に潜り込ませた。鍵を奪うためである。
 だが、彼らは悉く生還しなかった。

「それが、初期の辻斬り被害者だ」

 鍵を奪って鍵師に渡し、内密に戻す役割を担ったはずの浪人はすべて、鍵師と落ち合う前に斬られて死んだ。

「鍵は無事なのか」
「被害予定の屋敷に問い合わせた。紛失したことはないそうだ」
「パクる前に殺られたってことか」
「少なくとも連中はそう考えた。しかも複数回だ」

 敵対勢力の妨害工作と彼らは考えた。そこで、次は主ごと抱き込んだ上で蔵を利用する計画に変更した。

「それがあの商人だ。前の計画が何者かに妨害されたんで用心した。商人と個人が取引するんじゃなくて、大名家の家老として取引することで、自分の正体をカムフラージュすることにした」

 折よく家老に欠員が出て代理の紹介依頼が来ている屋敷があった。

「半年も前から計画してたのか? これを?」
「あの奥方サン、俺たちとは時間の流れが違えんだ。前任の家老が退職したのは半年前、後任が入ってきたのは三ヶ月前だった。なかなか後任が決まらなくて、その間は怪我した家老が息子を派遣して凌いでたらしい」
「そういうのは言ってくれよバアさん……」
「俺の聞き方が悪かったよ。まあそういうことだ。とにかく三ヶ月前、つまり辻斬りが始まった時期に、奴は屋敷に入り込んだ」

 家老代理として商家と連絡を取りつつ、密輸品の移動と管理を進めていたのだが、

「辻斬り犯と密輸組織が別々だってことを、商人は知っちまった。辻斬り怖さに協力してたようなもんだ。手を引くと言い出した」

 手を引かれれば次は密告だ。
 商人を、辻斬りに見せかけて消すことにした。

「後は、商家にあったブツを買い取る体で大名の屋敷に運び込む。そらご当主サンの預かり知らんブツが大量に入ってくる訳だ」

 大名家へ密輸品を運び込むことに成功した一味は、今度こそ次の取引相手が決まるのを待った。
 しかし異変に気付いた屋敷の主は、何とか真選組へ密告しようとした。それが妨害されたのはすでに明らかになった通りである。

「それで、さも一連の辻斬り事件が自分たちの仕業みてえに匂わせて、主を脅した」
「そりゃ配属替えも願い出るわけだ」

 江戸に屋敷があるからこそ、密輸団に利用される。この件から身を引くには、配置替えによって江戸を出る必要があった。

「とっつぁんはまだ何も言ってこねえが、この流れでまず間違いねえだろう」

 と近藤が言う通り、おそらく数日のうちに警察庁から回答がきて、供述は確定するだろう。

「それと、新しい買い主は一橋派の武家だった」

 こちらが問題で、警察庁は今この対応に追われているから、近藤の照会への回答は後回しになっている。

「首謀者は警察庁に引き渡す。密輸の件は、ウチでは春雨相手の事件を未然に防いだってとこまでは発表可、あとは黙っとけってよ」

 武家に幕府転覆を図る者がいて、しかも一橋家絡みであったことを、マスコミに嗅ぎ付けられる訳にはいかない。おそらくすべてを闇に葬るつもりだ。この件については、真選組にできることはもうない。

「そういう訳だから、首謀者の尋問は今日明日には終わらせる」
 
 商人を殺した犯人は、今回捕縛された者の中にはいないというのが首謀者の供述で、

「それが正しいとしたら、辻斬りは一人も捕まってねえってことじゃねえか」
「そうだ。だからおめーを起こしたんだよ」

 近藤が案じるのはその点である。

「トシが今追ってる奴らの中にいるのは商人殺しだけだ。それ以外は正体すら不明だ」
「……そうか」
「一人で廻る必要があるのか」
「ああ。辻斬りはともかく、狙撃犯の狙いは俺だからな」


 考えていたのは、坂田の無実。
 また遠くなった。けれども。

 自分でも驚くほど動揺はなかった。
 坂田ではない。その考えに揺るぎはない。
 浪人を排除するためだけに息の根を止める男ではない。坂田ならむしろ生かして証言させるだろう。そうしなければ坂田に不利になる。現に坂田の無実を証言する者がおらず、坂田に疑いがかかりかねない事態に陥っている。

「銀時は容疑から外すぞ」

 近藤は少し笑って土方の肩を叩いた。

「俺は警察庁行ってくるよ。顔は見られねえように気をつけるから」

 護衛に沖田をつけようと言うと断られた。

「総悟はいつでも動けるように屯所に居させる」

 と近藤は念を押した。

「俺のほうは警察庁から人を呼ぶ。それよりお前だ、トシ」

 辻斬りの真相は、未だ闇の中だ。

「もう一度言う。一人で片付けるんじゃねえぞ。必ず連絡しろ。そのための総悟だ」

 今夜も一人で見廻りに出るつもりの土方を、親友兼上司のこの男は案じてくれている。
 同じルート、同じ時間帯。
 土方を標的としているのであれば、そろそろ仕掛けてきてもおかしくない。

 決着をつけなければならない。
 仮眠を取ろうと目を閉じる。意識が途切れる直前、銀の髪が瞼を過ったような気がした。




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