近藤にこちらの報告をした。

「どうやって入れ替わったんだろう」
「それより俺は、なんで背格好まで似せといて歳だけ似せなかったのか、そっちのが気になる」

 土方の疑問はこれだった。

「俺たちを完全に撒くつもりなら、歳まで似せるはずだ」
「そうだな」
「そんな手抜きをするから途中で俺たちにバレてる。それに手の込んだ仕掛けした割に、事件は起きなかった。囮ですらねえ」
「それは、一部とはいえウチが動いたからじゃねーか」
「一部だとなぜ向こうにわかる。たとえ一部だと知られたとしても、こっちに気を取られてる間に別のところで事を起こすのがテロリストなら常識だろう。この犯人だって、手間暇掛けてこっちの警戒を少なくとも手薄にはしたんだ。どっかで本命の事件を起こさねえのはおかしい」
「警戒が厳しくなるもんなぁ」
「その通りだ」

 土方の携帯が鳴る。山崎だ。

『旦那に撒かれました』
「いつ」
『たった今です。さっき飲み屋出たとこで坊主に賽銭くれてやってたんですが、その途端物凄い形相で駆け出して』
「どっちに向かった」
『それが……あっという間で』
「坊主の顔は見たか」
『坊主のほうを今尾けてますが、どうしましょう』
「そのまま続けろ」

 桂だろうと土方は見当を付けた。早晩逃げられるだろうが、何もしないよりましだ。

「今日のことには、万事屋は関係ないわけだな」

 近藤は土方と山崎のやり取りを聞いて、ホッとしたように笑った。

「今日は、な」

 山崎の尾行に気付いたのではなさそうだ。桂と何かを話したに違いない。山崎は桂と認識していないが、

「万事屋は桂と接触したに違いねえ」
「生臭坊主が桂ってことか」
「山崎がそのうち連絡入れてくるだろうよ」

 そちらは山崎待ちでいいだろう、と土方は近藤に言った。
 胸が煩く鳴っている。
 坂田は無実だ。少なくとも今回は。
 だが桂と頻繁に接触するのは何故だ。今日の騒ぎがあった時刻の坂田は、確実に山崎が押さえている。なぜ今頃になって急ぐのだろう。

「総悟」

 携帯に呼びかける。

『なんです。俺ァ今日はずい分働いたんで、休ませてもらいやすぜ』
「もうひと仕事しろ、っつーかお前まだ見廻り時間だろ」

 沖田には今日の騒動の元になった道場付近をそれとなく見廻るよう命じた。いくらサボり癖があるといっても今日くらい働くだろう。多分。

「大名サンのほうは、はっきり言って無駄足だった」

 と、今度は近藤のほうからの報告。

「行ってみたら『知らない顔ぶれが目立つのは困る』ってんで、じゃあ急遽外を固めるようにしましょうかっつったんだがそれもダメでな」
「じゃあどうしたんだ」
「空き部屋に分かれて物陰から首実験がせいぜいだよ」
「……」

 唖然とする他ない。土方は綿密な警備計画書を事前に提出して、松平の許可は得たはずなのに。

「言ってみりゃ自意識過剰っつーか、予告があったわけでもねえし今まではどっちかっつーと身分的には大名なんぞ範疇外な訳だし、まあ、万が一のためにってかんじだな」
「……ッ」

 そんな理由で真選組戦力を割かれては困るのだ。
 不満を口に出しそうになって、ぐっと堪えた。そして、不思議に思う。

「万が一? いくらなんでも突飛過ぎねえか。ビビるにも程があるだろ」
「そりゃ怖えだろうよ、エライ人は刀なんて振ったこともねえもん」
「それにしたっていつも屋敷に閉じこもってる訳でもあるまいし。テメェの兵隊はどうしたってんだ」
「祝賀会だから外から人が入ってくるからってことだろう」
「無闇に誰も彼も呼んだわけじゃねえ、招待客の身元くれえ知れてんだろ」
「うん、まあ……」


「俺たちは実のところ、なんの警護に当たらされたんだ」


 実際、招待客の面通しは大名家の手の者がした。真選組が出張っていることを客たちに知らせたくないという希望があったのと、そもそも真選組も客の顔を全部知っている訳ではないので、当家で確認したほうが確かだったからだ。
 それでも心配だというのなら、

「招待客を疑ってたってことになるぜ」
「紛れ込む可能性があるからとかじゃなく?」
「それはひとりひとりチェックしたんだろう。問題ないはずだ」
「物理的に外から忍び込むのを防ぐためじゃねえの。普段より賑わってるわけだし、外敵の侵入に気づきにくいとか」
「そんなら私服の隊士なんか送り込まねえよ。あんたの提案通り堂々と隊服着て外固めりゃ済む話だ」

 当初土方が立てた計画では、私服の隊士を招待客に紛れ込ませて内部を見張らせる予定だった。立ち居振る舞いで大名家の使用人に相応しくないと露見してもいい。見張っているぞと圧力を掛けつつ、隊士たちには可笑しな行動をする人物はいないかチェックさせるつもりだったのだが、それは当日になって急遽拒否された。だからと言って外周の警備に徹することも許されず、真選組は幾つかの別室に分けられ、そこから内密に招待客を監視することになった。

「どっちなんだ。中の客を張りてえのか外からの侵入者を防ぎてえのか。俺はてっきり中だと思ってたんだがな」
「どっちかって言えば客の監視だろうな。でも、どっちも心配なんだよ。外から入られるのも」

 人のいい近藤はそれで納得しているが、土方は腑に落ちない。その程度の規模の会なら種類を問わず、開き慣れているはずだ。なぜ今日に――すでに日付は昨日に変わっているが、昨日に限って真選組を動員したのか。市中の人斬り対策というのは口実で、目的は他にある。そう考えるのが自然だと、土方には思えるのだ。
 たとえば、戦力の分散とか。市中見廻りが手薄になったとは言わないが、隊士の負担が格段に増したのは否めない。西の道場から出てきた人物を取り逃がしたのは人員不足のせいではないが、仮に通常の配備だったら、

(俺が見廻りに出てた。それは、間違いない)

 山崎から続報が入った。やはり坊主にも撒かれたそうだ。顔も見られなかったと言う山崎を、取り敢えず屯所に返すことにした。

 納得がいかない。何か見落としている。

(坂田絡みだからか)

 私情は切り捨てたはずだ。坂田を過剰に疑ってもみた。
 どうしても切り離せないのは、

(俺の弱さだ)

 自分は弱い。
 土方は、暗澹たる思いでそれを認めないわけにはいかなかった。






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