次の日(土曜日)。オレがあとに寝たにも関わらず、日和はまだ起きてきていなかった。只今の時刻、午前9時10分。部活は午後からだが、それまでには話しておくべき事がいろいろある。自然とあふれる欠伸を零しながら、朝食のトーストとベーコンエッグを2人分用意して、横並びにテーブルに置いた。どうしてこういう置き方をしたかと言う理由は…まあいくつか有るものの、1番は"安心できる"と思ったからだ。

 日和が寝ている部屋の、少し開いたままの襖から「日和、ごはん。そろそろ起きて」と声をかけてみるが、少し経っても返事は無い。魔法の疲れがまだ残っているのだとしたら心配で、入るっスよと一言断ってから襖を開けた。


「……」


 昨夜は仰向けに寝かせたが、今は横向きになって寝ている。タオルケットは横にして、お腹を中心に掛けた筈だが、今では縦になって足だけがはみ出していた。

 そして。もぞっと肩の部分がうごいた瞬間を、オレは見逃さなかった。


「早く起きないと、日和の分も食べちゃうっスよ?お腹、空いてるんでしょ」

「……」ぐー(腹の音)

「…素直で宜しい。ほら、おいで」


 そりゃそうだ、昨日から何も食べてないんだから。テレビも付けていないから、離れていてもよく聞こえた音にククッと笑い、布団の横に立って右手を差し出す。ムリに急かすつもりは無い。反応があるまでじっと待っていると、掛け布団が少しだけ捲れて、其所からおそるおそると手が伸びてきた。

 オレの手より、一回りも小さな手。その指先がちょこんと手のひらに触れてくると、ぎゅッとやさしく握りかえしてやってから、少々強引に引き起こした。


「おはよう、日和」


 おどろいて真ん丸とした目が、オレを見つめる。ニッと悪戯っぽく笑いながら言えば、ちょっとだけ迷ったあと、日和も「…おはようございます」と笑ってくれた。





 RPGの世界の人物の食と、この世界の食にどう違いが有るのか無いのか(原案者ながら)分からないから。これなら平気だろうと差し出したトーストとベーコンエッグを、日和は躊躇するようすも無く手にとった。

 もぐもぐと大人しく口をうごかす姿に安堵しながら、今後の事について話を切り出す。


「日和」

「?」

「…オレ、午後はどうしても出掛けたい用が有るんスわ。留守番頼める?」

「え……」

「あ、家の中のものの使い方はそれまでに教えるし!ひま潰しもあるから、心配しないで」


 留守番(=1人)との言葉を聞いて、日和は見るからに表情を沈めた。あわててとり繕っても浮かべられた不安の色はとれず、トーストの耳の屑が皿に落ちる。


「…あー…ご免。でも、おわったら真直ぐに帰ってくるし、明日は何も無いから。今日だけはガマンしてくれないっスか?」


 この世界に来たばかりの女の子を、1人きりにするのは申しわけないけど。部活をサボる事だけは出来ない。壁掛け時計を示しながら、夕飯時の6時までには帰るようにするからと付け加えれば、日和は少しでも安心してくれたようだった。

 トーストの上に乗せたベーコンエッグが落ちそうだったから「ほら」と教えてやると、あわててまた食い付く。オレも、半分までトーストを食べ進めた。


「…家の説明は、これ食べおわってからするとして。今は日和の事、いろいろ聞いてもいい?ああ勿論、セクハラ的な質問はしない…ってうわ!?オレが零した!!」

「……。…っはい」


 家を出る時間までまだまだ有るし、多少遅れたとしても、事情を知っている赤司なら許してくれるだろう。笑いをとろうとして付け足したセクハラの言葉をまるで叱るように、ベタッと墜落した黄身に悲痛に叫ぶと、日和はぷっと吹き出して笑っていた。

 おはようの時よりも自然な笑顔で、また1歩前進できた気がした。


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