細かい事はその時々でまた判明するとして。日和の話を聞く限り、やはりオレ達が作り出した世界そのものだった。手が及んでいない人口や街並みなどに関しては、そりゃあ自然と生み出されている項目は有るものの。答えを持って「〜はどんな感じ?」と聞くと、答え通りの答えが返ってくる。ああやっぱり、この子はオレ達の考えた"魔法使い"なんスね。
この話はまた夜にしようとある程度で区切りを付けて、皿をシンクに浸ける。「こうすればお湯、こうすれば水が出るから」と説明すると、「私はいつも焚いていました」と自由にお湯が出せる事に感心していた。ここで感心するなら、ここから教える事は全てビックリするんじゃなかろうか。
「!?ここ、壊れました…!!」
「っあはははは!あはっ、おっかし…!」
――案の定、だった。
ガスコンロ、炊飯器、風呂場、テレビ等々。毎回丁寧に反応してくれるものだから少し楽しくなって、掃除機の『強』ボタンを押させるとこの通りである。お腹を抱えて笑ってから、わざと床にゴミを散らして吸わせてみると、おおと子供のように目を輝かせるからまた笑う。凶器かと思ったと言う日和には、この家の中すら未知の世界だった。
ピンポーン
そして、あと数十分で家を出なければいけないというころ。
「やっほー!」
「よう」
「…青峰っち、桃っち!どうしたんスか?」
ふと鳴り響いたチャイムにドアを開ければ、よく見知った2人組が立っていた。
「えへへー、ようすを見に来たの。あと、服を届けに!昨日から私のジャージのままなんでしょ?可哀想だもん、女の子だし」
「つかオレも来る必要あ……お、よう。元気か?」
「……」
「…青峰っち、完全に警戒されてるっスよ」
桃井の両手に持たれている袋には、たしかに色とりどりの洋服が詰めこまれている。やっべモデルなのに全く気にしてなかった、つか気付かなかった!と有り難く思っていると、至ってふつうに挨拶をした青峰の視界から、オレの背中に隠れる事で消える日和。まだ警戒されていると聞いて「何だよ」と不満そうにした青峰だが、寧ろそれを面白がって追い打ちを掛けようとしたので、あわてて中に入ってと促した。
「私のお古なんだけど、サイズ的には問題無いと思うから。ええと…」
「…あの。有り難うございました、服。せんたくきの使い方は覚えたので、キレイにしてかえします」
「っうん、有り難う!もう覚えたんだ、凄いね!」
床に数着の服を広げて、日和のコーディネートを始める桃井はとても楽しそうである。ソファに座ってそれを眺めながら、青峰とともに「妹が出来たみたいで嬉しいのかも」と話していたが。ポツリと聞こえた「何処となくテツ君に似てるなあ」との呟きを聞き逃さなかった。しかし似ているのは言葉使いくらいで、大人しい所は、多分まだ緊張しているからだと思う。でも、テツ馬鹿…と呆れる青峰を今ばかりは否定出来なかった。
「…桃っちー。そろそろ出ないと、部活に遅れるっスよ」
「あと少し、あと少しだから!」
これから毎日着回していくのだし、決めたいなら着る順番を決めればいいのに。という呟きは胸に仕舞って、自室から雑誌や漫画、小説を適当にチョイスして運び出した。それをテーブルに置いて、じっと終わりを待っている日和を桃井のうしろから覗きこむ。
「そこに、ひま潰しになるもの出しといたから。喉が渇いたら、冷蔵庫に入ってる麦茶飲んで。あああと、かごのお菓子も好きに食べていいっスよ」
「……黄瀬ぇ。お前、保護者かよ」
「保護者っスもん」
これでも、見落としている事がまだ有りそうでならないけど。そわそわと家の中を見回しているうちに桃井もキリを付けて、一足先に玄関で待っている青峰のあとを追う。オレも準備していたエナメルを肩にかけて、途中まで付いて来た日和を振り返り、ポンポンとその頭をやさしく叩いた。
「ピンポーンって聞こえても、出ちゃだめっスよ?」
「分かりました」
「じゃ、いってきます」
「……いって、らっしゃい」
とまどいつつも、いってらっしゃいと返してくれた事に嬉しくなる。昨日はこれからの生活に不安ばかりだったけど、案外簡単な事なのかもしれない。最後に桃井と手を振って、ドアを完全に閉めて、鍵もかけた。