第一話


 とある日、部活が終わった後。


「なあなあ、影山よ」


 空腹が限界に達していた影山は、急いで部室から出て行こうとした所を日向に呼び止められ、睨むように振り返った。


「んだよ、やんのか?!」

「やんねえよ!!用があんなら早くしろ!」


 構えられた拳を払い落として用件を促す。そうこうしている間も腹の虫はぐるぐる音を立てていて、聞き付けた東峰が「元気だな」と視界の端で笑っていた。

 日向は払った手を摩りながら八つ当たりかよ等と文句を言っていたが、ふと、にたりと意地の悪い笑みを浮かべる。そして、おもむろに切り出してきた。


「……おれ、見たんだからな」

「あ?何を」

「お前が女子と二人で居るとこ!」


 ――真先に反応したのは、西谷と田中だった。それはもう凄い形相で日向との間に割り込んでくる。「女子だと?」「先輩を差し置いてどういう事だコラ!」。唾が掛かった。


「今日の昼休みに、影山が保健室に入ってくところを見たんです。何かあったのかと思って覗いてみたら、女子と2人で弁当食べてました!」


 さも楽しそうな日向の話に、月島までもニヤついているのが見えた。山口は、口こそ開かないがこちらをじっと伺っている。

 前に日向、左に西谷、右に田中。出入り口までを塞がれて、後ろからお前等ほどほどにしろよーと菅原が言ってくれてはいるが、効果は有りそうもなかった。


「彼女か?彼女なのか?」

「…………そんなんじゃねーよ」


 からかいたくて堪らないといった表情の日向に、素っ気なく答える。これで諦めてくれたらよかったのだが、むしろ火が点いた。


「照れんなよ、正直に言えって!」


 そっぽを向いた先まで、追い掛けてこられる。


「日向、どんな子だった!?」

「カワイイ子でした!」

「もっと詳しく!」

「えと、ほわっとしてました!」

「ほわほわ系女子!?」

「どこで見付けたんだよ、影山ぁ!!」

「……やめてください」


 だがこちらの声は聞こえていないようで、三人は盛り上がっていく。今度は縁下が「お前等」と声を掛けてくれたが、やっぱり効果はなさそうだった。


「何クラスの子?」

「……」

「なんて名前の子?」

「……」

「なーなーなー!」

「……」

「彼女だろ!もう分かってんだからな!」

「……違うっつってんだろ」

「だったら、あの子とはどんな関係なんだよ?」


 その一言が耳に届いた次の瞬間。ぶわあっと体中の血液が逆流して、カッと、頭の中が燃えるように熱くなる。


「お前に関係あんのか!!?」


 気付いたら、鞄に入らなくて手に持っていたペットボトルを、力一杯床に叩き付けていた。水を打ったように静まり返る空間に、カラカラと乾いた音が響く。

 日向は目を見張り、西谷と田中は清水に悶えている時のように、変なポーズで固まっていた。あとの人の表情は、ここからでは見えないが、大体の予想はつく。


「どんな関係だって、お前に何か関係あんのか?ああ!?」


 やってしまったとは思う。だが、謝るつもりはなかった。誰も何も答えず、自分の荒い息遣いだけが目立つこの空間にだんだん嫌気が差して、盛大に舌打ちを鳴らした。


「…………帰る」


 軽く押しただけで動いた日向の横を通って、足早に部室を出て行く。その間、誰も口を開かなかったが、離れた所まで来ると「お前等!」という澤村の怒鳴り声が聞こえた。


「……っ」


 ――嫌、だった。嫌で嫌で仕方がなかった。"彼女"に関する問の一つ一つが胸を締め付けるみたいに、息苦しかった。どんな関係だと改めて聞かれた事がとてつもなく、腹立たしかった。

 自分と彼女以外が持っているはずがない答えを、わざわざ聞かれたのが、むかついた。

 校門を出て下り坂を前に、一旦立ち止まる。


「ちくしょう、があ……!!」


 誰の合図でもなく、自分の合図で勢いよく走り出した。生暖かい風が吹き抜け、頬を撫でていく。

 あれだけ鳴っていた腹の虫はいつの間にか収まっていて、そのまま家路を走り抜いた。


2015.11.21

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