馴れ初め。
その日は仕事で、夜中に家を出なければ行けなかった。
職場からそう遠くは無いところに住んでいるが、余裕を持って少し早めに出ようと玄関に向かい靴の踵を整える。と、その時不意に裾を引かれた。
誰が掴んだのかなんて振り向かなくても分かるが、ちらりと後ろを見やるとそこにはふわふわの髪。
大きすぎて袖の余る紫と黒で成された横縞のパーカーが、俯きがちに俺のシャツを掴んでいた。

「すぎる先生」
「んあ、なんや、蘭たん」
「もう行くん」
「行きたくないんやけどな」
「じゃあもうちょっと居たら」
「うーんでもな、そうは行かへんから」
「なんで」
「だって時間やもん」
「まだまだじゃん、早いって」
「いやほら、何が起こるか分からへんやんか。余裕もって出ないとさ、万が一遅れたら俺職場で怒られてしまうやん」
「万が一じゃん、そんな万が一がしょっちゅう起こってたら世の中上手く廻んないでしょ」
「そうなんやけどさ…今日の蘭たん変やで?どうしたん、熱でもあるんか?」

そう言って蘭たんの額に自分の額をぶつけてみれば、蘭たんの顔はみるみる赤くなったが、体温はいつもと変わらず。

「気分でも悪い?」
「そんなんじゃないし、」

照れ隠しか顔を逸らした蘭たんは、「もういい馬鹿」なんて居間に戻ろうと後ろを向いた。
怒らせたか、声を掛ける。

「蘭た、」
「今日は早く帰ってきてね」
「んー…?おん、分かった」

遮られた。
不機嫌そうな声色だ。
いつもと様子の違う彼が少し心配ではあるが、そろそろ本当に出ないと危ない時間になったので、いってきまーすと返事の返ってこない部屋に向かって1人呟いた。


_____#



「はぁっ、は、」

最悪だ、大雨に降られた。
仕事をサッと切り上げ家に帰ろうと職場を出ると、運がいいのか悪いのか…いや、悪いに違いないが、出た瞬間に降り出した大雨。
嘘やろお天気お姉さん、今日は1日中晴れやって言うてたやん!!
生憎天気予報は鵜呑みするタイプだ、傘なんて持ち合わせておらず、走るしかなかった。
途中でコンビニに寄るのもアリか、なんて考えたりもしたがコンビニは自宅とは別方向にある。
遠いわけではないが夜中の言葉を思い出すとどうも行く気になれない。

「早く帰ってきてね」

もしかしてこの雨は蘭たんの仕業……なんてロマンチックなことも考えてみるが冷たさにやられ思考が鈍る。
寒い、早く帰りたい。
蘭たんはお釈迦さまをも味方につけてるんじゃないかなんて本気で考え出すレベルにまで頭が回らなくなってきた時、ようやく自宅のドア前に辿り着いた。
随分長いこと走っていた気がする。

「っ、はぁ、ただいま」
「………すぎるおそ、」

い。そう言い終わる前に俺を見た蘭たんは、急いで脱衣場へ向かいバスタオルを持ってきた。

「びしょ濡れじゃん!!傘は、」
「んなの持ってるか、お姉さんが晴れ言うとったから信じたんやけど」
「折りたたみくらい常備しとけよ…」
「はいはい、ごめんな」

ブツブツ文句を言いながらも体を拭いてくれる蘭たんは優しいと思う。
なんだかんだ言って俺に甘いやんな、蘭たん。

「はあ…もういいよ、お風呂入って」
「んええ、折角体拭いてくれたのに意味無いやん!」
「そんなこと言ったって、風邪引いたら俺が困るじゃん」
「そうやけど…ってか、夜中のあれ、なんやったん」

ふと思い出し話すと、蘭たんは驚いた顔をして、直ぐに顔を赤くした。
コロコロ変わる表情に、なんや忙しいななんてツッコミを入れつつも蘭たんを見ていると、蘭たんは俺の胸に頭を押し付けてきた。

「…蘭たんなんで照れてんの」
「うるっさい」
「はぁ?」
「………すぎるが、」
「ん、」
「すぎる先生が居なくなるのが、寂しかった」
「…………え?」
「はぁぁあ」
「えっ、えっ、」

衝撃、というか驚きというか。
打撃を受けた、吃驚。
てかなんでこんなに素直なん、答えてくれないと思ってたのに予想以上に正直だ蘭たんに戸惑う。
こんなん初めてやない?
どこか、紐が緩んだように、弾けたように次々と言葉が溢れ出た。
もうどうにでもなれとでも言うかのように吹っ切れた顔で、蘭たんは続ける。

「すぎると一緒に住んで暫く経つけど、俺限界なんだって。すぎるは俺のこと子供としか思ってないやん。そういうの、もう嫌なんだって。実況撮りやすいからとかそんな理由で同棲してるから何にも言えないし、なんていうか、俺、そんなんじゃなくて、」

上ずった声で、いっぱいいっぱいになりながらも続ける彼の言葉を黙って待った。

「すぎる先生が、っ、だいすきだから、だから俺、」
「蘭」

悪いと思った。俺も好きなのに蘭たんにだけこんな辛い思いさせるのは、ダメだと思った。だから遮って、愛おしい彼の名前を呼んだ。
どうしようもなく好きってこういうことや、って今なら説明できるくらい蘭たんが愛しくて大切で。

「蘭たん、俺も蘭たんのこと好きやで」
「う、そつき、っ、」
「泣かんといてやぁ、泣き顔には弱いねん」

ポロポロと涙を零しながらぽつりぽつりと話す蘭たんが、ふいに顔を上げた。
好機と捉えてもええよな。

「んっ、」
「っ、?!は、んぅ、っふ」

悪気はない。したいからした。
本能で動いて何が悪いんや、男やし。俺を見上げた蘭たんに___上目遣いが可愛すぎたのも悪いんや___すかさずキスをした。もう耐えられへんって、こんなん。
部屋に上がり、蘭たんをリビングのソファに座らせる。
右肩に顎を乗せると、首元に舌を這わせた。

「ひぁっ、?!す、ぎる、」
「俺も蘭が好きでずっと堪えてたんやけど」
「はぁ、っ、嘘だろっ、!!」
「ほんまほんま。蘭たん、会社行く前、抱きついて、来るやん?もう、蘭たんから、離れたくないわぁーって、いっつも、思うもん」

そういうと、パーカーの中に手を滑らせ、脇から腹部にかけてゆっくりなぞる。

「っぁ、ひ、ゃあ、すぎるせんせえ、」
「蘭たんに手出したいって思っててんで、いっつも……」

ふと、意識が遠のきそうになる。心做しか体が熱い。雨のなか走りゃまあ、熱くらい出るよな……なんて冷静に考えているが、身体は限界だと、脳に告げていた。なんで俺はいっつもこうなんや、今一番大事なとこやろ、しっかりしぃや…あ、むり、ねむい。

「ごめ、蘭、おれねむ…」
「え、あ、すぎるあっつ!!」
「はぁっ、は、ごめんな、蘭、でも明日俺、休みやから…」

だからまた明日。そう言い終わる前に意識が離れた。熱でしんどい身体にも関わらず、俺は笑顔やったと思う。2年前の話。





__________




「俺すぎるほんとにありえないと思う」
「しゃあないやん、熱出たんやから」
「ムードぶち壊し」
「にしてもあの頃の蘭たんは初々しくてもっと可愛かったで」
「うるさい、今の方が可愛いやん」
「自分で言うなやw」
「すぎるは昔の方が若かった」
「当たり前やろ昔なんやから」
「これさ、俺がもし女の子だったらすぎる犯罪者だから」
「何言うとん、ほぼ同い年なんやから全く犯罪も何もあらへんやろ」
「まだその設定守ってんの?」
「は?設定?なんやそれふざけてんの?」
「もう若くないんだから」
「もし俺が若くないとしても最初に好きって言うたんは蘭たんやから責任問題やで」
「…うるさい」


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