もはや日課となりつつある理一からの電話があったのはそのすぐ後のことだった。
 柏餅先輩、という画面表示に、今日もまた理一から無事に電話が来たことにちょっとだけほっとする。通話ボタンを押し携帯を耳に押し当てれば「もしもし?」と聴きなれた低音で応答があった。

「おう、理一。生徒会の仕事終わったのか?」
『ああ……いや、仕事自体は結構前に終わっていたんだがな』
「ふぅん?」

 なら、どうしてこんな、もう日付も変わろうかという時間になったのだろう。いつもなら仕事が終わって寮に戻ったらすぐくらいにかけてくるのに。
 首を傾げつつも、まあそんな日もあるだろうと一人納得して話を続ける。

「ま、なにはともあれお疲れ」
『おう』
「なんか変わったこととかなかったか?」
『特にねぇな。強いて言うなら、書類の内容をデータ入力しようとパソコン立ち上げたら、俺がエクセルのアイコンクリックした瞬間に画面が真っ暗になったことくらいだな』
「ちょ、それ特になくないから! 十分変わったことじゃん!!!」

 ってか、アイコンクリックしただけて画面落ちたとかどういうことなんだ。理一の機械音痴は「単に使えないだけ」タイプだと思ってたけど、もしかして「電気機器を触るとクラッシュさせてしまう」タイプでもあったのか。
 恐ろしすぎる。もし理一が触っただけで俺のパソコンのデータが飛んでしまったら、なんて起こるはずもない「もしも」に一人震えていると、「それより!」とちょっと拗ねた様な声がスピーカーから飛んできた。

『そっちはどうなんだよ』
「どうって」
『なんか変わったこととか、無かったのか』

 変わったこと、変わったこと……ねぇ。
 無くはないけれど、一体どう話したものか。そもそも理一は俺の誕生日知ってたっけ、なんて思った時。

――ピンポーン、とインターホンの音が鳴り響いた。

「あ、やべ……」

 スーザン、まだ風呂から出てきてないんだった。慌ててパソコン前のデスクチェアから起き上がる。

「悪ィ理一、誰か来たわ。ちょっと待っててくんね」
『ああ、気にするな』

 回線の向こうから了承の声が返ってきたのを確認してから、携帯片手に部屋を出る。玄関までそう距離は無い。けれど、焦りのせいか今だけはそのちょっとの距離がもどかしかった。
 こんな時間に、誰だろう。思う暇もなく鍵を開けて、俺はガチャリとドアを開けた。

「はい――」

 徐々に広がる隙間から、ドアの向こうに立つ人物が徐々に露わになる。まず目に入ったのは、片手で抱えるように持たれた白い菊の花束。続いて視界に映ったのは――

「誕生日おめでとう、ハル」

――不敵に笑う、理一の姿だった。
 もう片手には携帯を握って、耳に宛がったままの姿で理一はそこに立っている。真正面から発せられたはずの声は、俺の手元の携帯からと正面からと、僅かなタイムラグを伴って二重に俺の鼓膜を震わす。

「……まじかよ」

 たった今まで電話していたのに、どうして理一がここに? 混乱しながらもそうとだけ零せば、理一は「計画通りだな」と口元の笑みを深めて通話を切り、携帯を仕舞った。それに倣って俺も携帯を折りたたむ。

「本当は一番初めに祝いたかったんだが……昨日は忙しかったからな」

 だったら、と理一は続ける。

「一番最後に祝うのもアリかと思って」
「え……あっ、それで!」

 だから、早くに仕事が終わったのにこの時間に電話してきたのか。その意図に気付いた途端、なんだかたまらなく恥ずかしくなってくる。

「おま……そのためにわざわざ狙ってきたのかよ」
「まあな。ああ、ホラ」

 ちょうど日付が変わる。理一の視線の先を辿って花束を抱えるその手首を見遣れば、まさしく、秒針が十二を通り過ぎるところだった。
 始まりは忍と、終わりは理一と。なんだか不思議なもんだなあとしみじみしていると、そっと菊の花束を差し出された。菊というとどうにもお葬式のイメージがついてまわってしまうけれど、この花は洋種らしく、むしろエレガントさすら感じられる。
 花に詳しくない俺が菊だと解ったのだって、特徴ある葉っぱの形を見てのことだったし。

「――理一お前、イケメンすぎなんだけど」

 誕生日に花とか、誕生日の終わりを狙うとか。なんだか色々ハイレベルすぎてついていけない。どうしようもない羞恥心に花束へ顔を埋めれば、仄かに良い香りが鼻先を掠めた。

「その、白い菊な」
「うん?」
「9月9日の誕生花なんだと」
「ああ、それでか」

 理一だったらもっと違った花を選びそうなものなのにと思ったら、そういうことか。理一の言葉に納得する。なるほど、菊の節句と言われるだけあって誕生花も菊だったのか。知らなかった。
 ふんふんと一人感心する俺がおかしかったのか、理一はクスリと小さな笑みを零すと「それでな」と更に言葉を続ける。

「花言葉、あるだろう」
「あるな」
「菊の花言葉がなんだか知ってるか」
「いや……知らないけど」

 さすがにそこまでは詳しくないと素直に首を横に振れば、諸説あるけどなと前置いて理一は話した。

「誠実、それから真実、なんだと」
「……」
「お前にぴったりだなと思って、な」

 そっと目を細めて俺の花束を見つめる理一の表情は、その言葉がうわべだけのものなんかじゃないことを物語っていて、俺は。

「――やめろ」
「あ?」
「これ以上。イケメンレベルをあげるのはやめろっ!!!!!」

 こんな良い男に花束を貰ってしまうのが自分なんかで良いのか。そんな謎の疑問を花束と共に両腕に抱きながら、冗談のように声を荒げることで、胸の奥からとめどなく湧き出てくる言い様の無い喜びを、ひっそりと誤魔化したのだった。





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