07*R18




 ふたりは、どたばたとなだれ込むようにして加賀の家に駆け込んだ。篤志にとっては三度目となる加賀家だが、やはり家の中には誰もいないようである。これはいよいよ、加賀の両親共働き説が有力になってきたかもしれない。

 脱いだ靴を揃えながら、すう、と篤志は大きく息を吸い込む。加賀のにおいが胸いっぱいに広がった。清涼感と甘さとをあわせもった、加賀独特のかおり。すきだなと、篤志は無意識に表情を緩めた。
 加賀のにおいで満たされたこの広い家のなかに、加賀とふたりきり。今だけは、以前まで感じていたような緊張よりも興奮の方が勝っていた。

「今井、二階」

 いつもよりもいくらか早口で、かつ言葉少なな加賀に急かされる。早く早くと加賀の全身から滲みでている妙な焦りと期待とが、さらに篤志の体温をあげた。
 加賀に手を引かれるようなかたちで、やや足を縺れさせながら階段をかけあがり加賀の部屋へと一目散に向かう。部屋へ入ってドアを閉め、加賀ががちゃりと部屋の鍵をかける。それを合図に、二人はほとんどぶつかるような勢いでキスをした。

 どん、と篤志の背が閉めたばかりのドアにぶつかる。ドアががたがたと音を立てるのもいとわず、加賀の手が篤志の体をまさぐっていった。性急な手つきで篤志のシャツのボタンがひとつひとつ外されていく。露わになった篤志の腹に、胸元に、加賀の手のひらが直に触れていった。
 壊れ物でも扱うかのようなおびえを滲ませたその指先は、ひどく熱い。篤志は、初めて手をつないだときに加賀の手が汗ばんでいたことを思い出した。それから、初めて頬にキスされたあの放課後に、加賀の手がいつもよりも熱を持っていたことも。

(……なんだ。こいつ、案外わかりやすいんじゃん)

 篤志が「うそつき」という色眼鏡で見ていたせいで気づけなかっただけで、加賀の「ほんとう」に繋がるヒントはそこかしこにあったらしい。加賀が本当に自分を好きだという実感が、いまさらのようにじわじわとわいてくる――と、

「なに考えてんの、今井。いま他のこと考えてたデショ」

 もっと集中してよ、と篤志の顎を掴んで、加賀がジト目になる。拗ねたようにちゅっちゅと子供のようなキスをいくつも降らせては篤志の気を惹こうとする加賀に、お前のことを考えていたのだと言ったらどんな顔をするだろうか、と。篤志はそんなことを考えた。



「うっ、く……っひ、あ、あぁっ……!」

 加賀のにおいで満たされた部屋に、性のにおいが色濃く充満し始める。耳馴染みのない、艶の混じった甘ったるい声は篤志のものだった。鼻にかかった媚びるような声が、半開きのまま閉じることのできない自分の唇から発せられるたび、篤志は羞恥から耳を覆いたくなる。
 だが今の篤志にはそんな気力すらなかった。否、全身を強すぎる快感に支配されているせいで、指先一つすら思うように動かせないのである。

 ぐちゅり、ぐちゅ、ずちゅ。きれいに整理整頓されたこの部屋に不釣り合いな粘ついた水音は、ほぼ全裸の状態でベッドに背を預けた篤志の、大きく開かれた足の間からしていた。そこには加賀が跪き、開脚した足が閉じないようにと篤志の太ももを押さえつけている。そうして加賀は篤志の硬くなったものをぱくりとくわえ、赤く色づいた唇で、舌で、喉で、ただひたすらに愛撫していた。

 ぐちゅぐちゅと音を立てながら顔を動かすたびに、加賀の髪がはらはらと乱れていく。視界をさえぎるそれが鬱陶しかったのだろうか。白い指先がさらりと前髪を掻き上げ後ろに流した。その一連の動作の流れのなかで、ふと加賀の目が篤志を捉える。角度の関係からか、ちょうど見上げるようなかたちになった。
 加賀の涼やかな目元がほのかに赤らみ、劣情をたたえて上目遣い気味に篤志を窺う。前髪のカーテンが取り払われた事により露わになった目元の泣きぼくろも相まって、その破壊力は抜群だ。存外自分は思っていた以上に加賀の顔が好きだったのかもしれないなと、篤志が自己認識を改めるのもつかの間。ぞわりとしたものが篤志の背筋を駆け上り、こらえる暇もなく、どくりと加賀の口内に熱を放った。

 突然のことに、加賀は口元を抑えて盛大にむせる。さあっと篤志の顔から血の気が引いた。

「げほっ! っ、はあ、ごほっ」
「わっ、悪い! 大丈夫か、加賀」
「や、まあ大丈夫だケド……」

 中途半端に切られた言葉に意味深な視線。加賀は白濁で濡れた唇をぐいと親指で拭うと、口元をにんまりと歪めた。

「今井、思ってたより早かったなって。案外、こういうの慣れてなかったりするわけ?」
「なっ……!」

 青くなったばかりの顔が、今度はかあっと真っ赤になる。篤志の表情筋は大忙しだ。

「あれ、もしかして図星?」
「図星って、なにがだよっ」
「今井、もしかしてこういう経験なかったの? って」

 暗に童貞なのかと問うてくる加賀に、篤志はぱくぱくと口を開閉させる。どうにかごまかしたいところだったがうまい言葉が浮かんでこない。篤志がああでもないこうでもないと言葉を探しているあいだじゅう、加賀はずっとにまにまと笑い続けていた。そのうち、篤志はようやく悟る。学年トップの頭脳を持つ加賀相手に、それも、元「学校一のうそつき男」相手に嘘をつこうだなんてはなから無理なのだと。
 諦めのため息とともに、篤志はばつが悪そうに視線をそらす。

「だったらなんか悪ィのかよ……」
「まさか」

 悪くないよと、加賀はあっさりと否定する。

「むしろおれは嬉しいケドね。今井のハジメテがおれで」

 にっこり。花のような笑みを咲かせると、加賀はちゅっと篤志の唇をついばんだ。ハジメテがどうのこうのと言われるのは複雑だし、いやだ。いやだけれど、加賀がこうも喜んでしまっていたら、篤志はもうなにも言えなくなってしまう。

(加賀が嬉しいなら、まあいいか)

 柄にもなく、篤志はそんなことを考えた。
 と同時に妙な既視感を抱く。なんだか以前にも、加賀と同じようなやり取りをしたような気がしたのだ。はて、一体いつのことだろう。記憶を遡ろうにも、熱に浮かされたこの状態で脳がまともに働くはずもない。まあいいかと早々に諦めると、篤志は思考を手放したのだった。

――それからはもう、されるがままだ。急に従順に身を任せてきた篤志に、加賀はさらに上機嫌になった。腹、胸、首筋と篤志の体にいくつもキスを落としていく。時折ふと思い出したようにぢゅっと強く吸い付いては赤い痕を残していった。
 キスマークというものは、人によってはつけられたらいやなものなのかもしれない。はずかしいとか、人に見られたら困るとか。けれど篤志にとっては、加賀の所有物になったかのような錯覚を得られるそれは喜ばしいものだった。

 以前、加賀と付き合っているのは自分だと堂々と言えなかったことを思い出す。それから考えると、篤志にとってキスマークをつけられることは、逆に、自分も加賀を束縛して「自分のもの」としていいのだという許しを受けているようにさえ思えたのである。
 幸い加賀は制服で隠せない部分にはキスマークをつけようとしなかったため、人に見られる可能性については危惧しなくてもよかったから、というのもある。

「っ、ひッ……!」

 れろり。首筋を舐め上げられて、篤志は引きつった声を出した。

「ちょ、加賀っ!」

 制止の声も聞かず、加賀はれろれろと舌を動かす。そればかりか、あろうことか篤志の筋張った首筋に歯をぐっと押し付け、がぶりと噛みつきさえした。

「いっ、てえ!」

 今まで経験したことのない痛みに、篤志の体がびくりと跳ねる。加賀は篤志のその反応すら楽しんでいるかのようだった。がり、がり、がりりと強弱をつけて何度も甘噛みが繰り返される。
 加賀に首筋を噛まれ続けているうち、篤志は、自分のなかで変化が起きているのを感じた。最初はただ痛いだけだった加賀の犬歯の感触が、徐々に痛痒いような感覚に変わり、そのうち甘い痺れとなって篤志の全身を支配し始めたのである。

 気がつけば篤志は、加賀の口内で果てさせたばかりのものを再び硬くしていた。加賀もそのことにはとっくに気付いているだろうに、素知らぬ顔でがじがじと篤志の首筋を噛み続けている。涼しい顔をしておいて、内心では篤志の痴態をせせら笑っているのだろうか。だとしたら相当悪質だ。

「か、加賀ぁ……」

 もう、我慢の限界だ。篤志は、快感に支配され重力の前に負けてしまいそうな腕をなんとかして持ち上げ、加賀の下腹部へと伸ばした。
 かろうじて足首にボクサーパンツが引っかかっているだけの篤志と違って、加賀は未だにきっちりと制服を着込んでいる。そんなところにも加賀の余裕が見え隠れするようで苛立たしい。篤志は乱暴な手つきでベルトを外し、スラックスの前をぐいと広げた。露わになった加賀の下着は、すっかり勃ち上がったものによって窮屈そうに押し上げられている。薄いグレーの下着はしっとりと濡れて、そこだけ濃く変色していた。

(んだよ……加賀もとっくに勃ってたんじゃねぇか)

 これだけバキバキに硬くさせているくせに、悟らせまいと必死で涼しげな顔を取り繕っていたのかと思うと、途端に愉快になってくる。篤志は、愛でるようにして下着ごしに加賀のものをすりすりと撫でた。びくり、と露骨に加賀の体が反応する。

「なあ、加賀、はやく……」

 すりすりと加賀のものを愛撫しながら、篤志はねだるように加賀に顔を近づけた。少しでも動けばキスできそうな距離で、はあっと熱っぽい息を吐いてみせる。

「もう俺、我慢できねぇよ……だから、加賀、はやく」

 はやく、お前のものをくれ。
 とろけた目で、つやつやと濡れた半開きの唇で、熱い指先の動きで。全身で誘う篤志に、加賀はいともたやすく陥落した。



(もしかして俺たち、このベッドに相当ひでぇことしてんじゃねえの?)

 本来はひとり用のベッドが、男ふたりぶんの体重を受けてギシギシと悲鳴をあげる。苦しそうなその声を聞きながら、篤志はぼんやりとそんなことを考えた。この大事な場面で余計なことを考えているのは一種の現実逃避である。篤志と加賀はいま、すっかり生まれたままの姿となってベッドの上で向かい合わせに横になっていた。
 加賀のベッドはシングルベッドだ、そこまで広くはない。ふたりは落ちないようにとぎゅっと体を密着させ抱き合っていた。篤志の腕は加賀の背中に、加賀の腕は篤志の腰にと回されている。

 とはいえ、ただ腕を回されているだけではない。加賀の手は、伸ばされたその先で篤志の尻を鷲掴みにして揉んでいた。なんの面白みも柔らかさもない、ただ固いだけの男の尻だ。だというのに加賀は至極愉快そうに、腕の動かしづらさにもめげずに篤志の尻を揉み続けている。
 やや不自由なこの体制は、はずかしいところを見られたくないという理由で篤志が提案したものだ。こうして向かい合って密着していればあられもない姿を加賀に晒すこともないと考えたのである。さきほど、あれだけ至近距離で自分のものを加賀に見られ、さらにはくわえられ舐められ吸われたことを考えると、本当にいまさらでしかないのだが。

 やがて、加賀は篤志の尻を揉むことに満足したらしい。ぐっと尻たぶを割り開くと、さらにその奥、固く閉ざしたそこを指先でさすさすと撫で始めた。先ほどの口淫で出た先走りや白濁をすくい取っては、指先の感覚だけを頼りに塗り込めていく。その作業をどれだけの間していただろうか。

「いくよ」

 不意にそう宣言すると、加賀は、篤志の体が反応するより先にぐっと人差し指の先を押し込んだ。一拍遅れて篤志の全身がこわばる。篤志の緊張やかすかな恐怖を悟ったのか、加賀は、篤志の耳元でとりわけやさしい声を出した。

「大丈夫だから、今井」
「だいじょーぶっつったって、おま、おまえ……」

 ケツの穴に指突っ込んでんだぞ。ついでにいうなら、このあとちんこも突っ込むんだぞ。と、ムードもへったくれもなく篤志はそう言いそうになる。

 どちらが抱かれる側になるのかというのは、別にお互い話し合って決めたわけではない。ただなんとなく、今まで一緒にいたときの雰囲気だとかキスしたときの勢いだとか、そういうので、気がつけば篤志の方が抱かれる側になっていた。
 それに不満があるわけではない。それでいいと思っているし、自分たちにとってはそれが自然な在り方だとも感じている。

 だが、それとこれとは別だ。まったくの別物である。加賀と出会うまでごく当たり前のように「抱く側」としていままで生きていた男が、いくら好きな男相手だからといってそう簡単に心の準備ができるわけでもない。これから体を暴かれて、今まで人に見せたことのないところを、表情を、感情を。全てを加賀の前に晒すことになるのかと思うと、どうしようもなく体が震えた。
 ぐりぐりと加賀の首筋に額を押し付ける。そんな篤志に、加賀は「大丈夫」と繰り返した。

「やさしくするから、安心して。……それとも、おれの言うことは信じられない?」

 所詮うそつき男のいうことだからかと、自嘲気味に言う加賀に、篤志は慌てて否定する。

「そんなんじゃない! ……加賀のことは、ちゃんと信じてる」
「そう、よかった。なら、おれにぜんぶ任せてよ」

 ね、と囁く甘い声に、篤志は、後孔できゅっと加賀の人差し指を締め付けることで応えた。



「あ……ぁ、だ、だめぇ……っ!」

 ぐちゅぐちゅと、卑猥な水音が激しく、まわりをはばかることなく響いている。あれだけ頑なだった篤志の後ろは、時間をかけてほぐすことによってとろりとやわらかく蕩けていた。すでに二本の指がずちゅずちゅと自由に出入りしている。加賀の細い指ならばもう一本くらいは余裕で入りそうだった。
 ひっきりなしに唇から飛び出る喘ぎを、篤志は口元に手の甲を押し当てることで必死にこらえようとしていた。が、その効果はほとんどない。加賀の指先が篤志の体内を、それも奥のほうをえぐっていくたびにびくびくと全身が跳ねて、まともに口を塞いでなどいられないからだ。

「ぁ、あ……っひ、あっ!」
「今井、痛くない? 苦しくない?」
「らぃ、じょう、ぶ……っ!」

 ぶんぶんと必死に首を振る。そう、と安堵したようにつぶやく加賀の指が、ねちねちと篤志の中で動く。ぐっと指と指を開いてなかを押し広げられるだけの動きが、いまの篤志には十分すぎるほどの快感となった。
 異物感から一度萎えてしまっていた篤志のものも、再び硬くそそり勃っている。加賀に関してはもうずっと勃ちっぱなしだった。だというのに、加賀はいつまでも篤志の後孔をもてあそぶばかりで、一向に挿れる気配を見せない。いい加減じれったくなって篤志は加賀の唇に吸い付いた。ちゅうとねだるように下唇を吸えば、加賀はすぐ応えるように舌を出した。れろ、とぬるついた舌先が篤志の口内を蹂躙する。

「ぅ、んッ……ふぁ、あっ! かが、加賀ぁ……」
「どうしたの今井。口寂しくなっちゃったワケ?」
「ちが……っん、ぁ、あぁ……っ」

 わかっているくせに、どうやら加賀は、篤志が直接口にしてねだるまではくれてやるつもりはないらしい。先ほどから、どうにもじらされてばかりだ。どこまでもタチの悪い加賀に苛立ちを覚えて、篤志は思わず加賀の下唇に噛み付いた。甘じょっぱい血の味がわずかに舌先に滲む。

「いった! ちょっと、今井。なにするの」
「どう考えても加賀が悪いだろ、今のは」
「まあ、確かにちょっと焦らしすぎたかなとは思うケド。だからって噛みつかなくなっていいでしょ」

 犬じゃあるまいしと加賀は言うが、そういう自分はどうなのだろうか。先ほどまで篤志の首筋にがぶがぶと犬のように噛みついていたのはどこのだれなのかと、小一時間問いただしたくなる。
 けれど、いまはそれどころじゃない。篤志にとっていま一番重要なのは、いかにこのもどかしさと欲求をすばやく解消させるかということだ。じとり、と恨めしげに加賀を見上げる。
 はやくしろ、いつまでも焦らすな。唇をとがらせ目で訴えかける篤志を見て、加賀はなにかを諦めたように肩をすくめてみせた。

「やさしくするからって言った手前、ちゃんと最後までやさしくしたかったのに……ったく、人の気も知らないで」
「え?」

 なにか言ったかと問い返すも、加賀は篤志の声に答えてはくれない。代わりに、ずちゅりとやや乱暴に後孔をほぐしていた指を引き抜いた。かと思えばにわかに体を起こして篤志の体をまたぐ。完全なるマウントポジションをとられてしまった篤志は、想像していたのとは違いすぎる展開に困惑しながら、ただされるがままに足を開かされることしかできなかった。

「そんなに欲しいなら、今井の望み通りあげるよ」
「え……ちょ、え? 加賀?」
「ほら今井、ちゃんと足開いて。それで、ちゃんと見てて。おれのが、加賀のなかに入るところ」
「あ、あぁ……ひっ、あ、ああぁぁ……」

 ぬるり。加賀の白い指先が顔に似合わずグロテスクなものを持ち上げて、その先を篤志の後孔へとこすりつける。加賀のものは、入りそうで入らない微妙なところをかすめるようにしてぬるぬると行き来を繰り返した。そのうち、表面を刺激されていた篤志の穴のほうが我慢できなくなってくる。早く早くと、近づいては遠ざかっていってしまう加賀のものをねだるように、ひくひくとそこはひくついていた。

「あ、あぁ、やぁぁっ、加賀ぁ……いじわる、すんなよぉっ」

 はくはくと浅い呼吸を繰り返しながら、篤志はあられもない声を出す。もはや口を抑えることなんて忘れていた。じれったすぎる快感に身悶えて、ついにはぼろぼろと泣き出してしまう。

「ああ、もう。ほんとう、今井って可愛い」

 どこからどう見ても捕食者の目をしたいまの加賀には、学校一の有名人でモテ男で優等生な「加賀翔一」の面影は一ミリもない。たまらないと言わんばかりに舌なめずりすると、加賀はそのままぐっと腰を進めた。
 先ほどまで遊ぶようにぬるぬると篤志の肌の上を滑っていただけのそれが、急に凶悪な魔物のように変貌して篤志のなかをぐぐぐっと押し開いていく。加賀が十分すぎるほど十分にほぐしてくれたせいかさほど痛みはない。だがそれでも、穴を容赦なく広げさせられるその違和感は想像を絶するものだった。圧迫感もひどい。
 篤志が下唇を噛み締め異物感に耐えていると、それを見咎めた加賀が「だめだよ」とキスでたしなめる。

「苦しい?」
「ちょ、っと」
「もうやめる?」
「っんなの、やめるわけ、ねーだろーが……っ!」

 ここまで来ておいてやめるだなんて、そんなのあんまりすぎる。篤志自身はもちろん、いまだに一度も達せていない加賀も。絶対にやめないときっぱり言い切る篤志に、加賀はひそかに眉を寄せた。

「今井って、なんでそこまでいっつも一生懸命なワケ?」
「な、んだよ急に……こんなときに」

 まさにコトの真っ最中というこんなときに聞く質問だろうか。訝しみながらも、篤志はぜえはあと荒く呼吸を繰り返す。
 別に篤志には、いつだって一生懸命なつもりなんて微塵もない。なにごとにも一生懸命なつもりもない。ただ、もし加賀にとっての篤志がそう見えるのであれば、それは。

「俺が、お前のこと――加賀のことを、好きだから、だろ」

 そんなこと決まっているだろうと、篤志は異物感をやり過ごしながらニィと口角をあげてみせる。いつも加賀が見せるあの狐のような笑みを真似てみたつもりだったが、うまくできただろうか。真偽は定かではない。

「……ほんと今井って、おれのこと煽るのうますぎデショ」

 ぼそりと加賀がつぶやく。直後のため息に紛れてかき消されたそれは、篤志にきちんと届くことはなかった。
 代わりとばかりに加賀の手が伸ばされる。加賀は、顔の横で力なくシーツを掴むばかりだった篤志の手を捕らえて、しっかりと指と指を絡める形で握りしめた。恋人つなぎと世間一般的に呼ばれるそれに、篤志の胸がどきりと高鳴る。突然ふたりの間に流れ始めた甘い空気に、篤志の心臓はうるさくなっていく一方だ。
――だが、

「ごめん」

 加賀が口にしたのはそんな謝罪の言葉で、へっ? と篤志は思わず素に返って聞き返してしまう。

「ごめん、今井。さっき、やさしくするからって言ったけど、あれ撤回する」
「……へ?」

 つまり、それは、どういう意味だろう。頭上にクエスチョンマークを浮かべる篤志に、加賀は、あの狐のような笑みをにんまりと浮かべた。

「今井が可愛すぎるせいで、ちょっとセーブできそうにない」

 えっと目を白黒させる篤志のことを、加賀は待ってなんてくれない。宣言するや否や、緩やかに揺らしていただけだった腰を急にスピードをあげて前後させ始めた。加賀の腰が篤志のそれに打ち付けられるたびに、ぱちゅん! ぱちゅん! と派手な水音が立つ。手はきちんとつないだままに、両手を篤志の頭の両脇について加賀は派手にベッドを軋ませる。本来一人用のはずのベッドはまたもやギシギシと悲鳴をあげていたが、いまの篤志に無機物に同情しているほどの余裕はなかった。

「ひあぁっう、あっあっあっ、まっ、きゅうにっ! そんな、つよくすんなぁっ……!」

 加賀のものが篤志のなかをごりごりとえぐって行っては、内臓を引きずりだそうとする。体の中が熱い。限界ぎりぎりまで引き伸ばされた淵は真っ赤になっている。加賀のものが引き抜かれるたびにつられてまくれてしまうそこが、加賀にはひどく愛おしく思えた。
 始めはケツにちんこなんてと思っていた篤志だったが、実際にこうしてとろとろになった穴をぐちゃぐちゃにかき混ぜられてしまえば、きもちがよくて仕方がなかった。

 加賀が荒く息を吐くたびに下半身がきゅんとする。加賀のものが内壁を擦るたびに背筋を甘い痺れが駆け抜けていく。もはや、きもちいい、きもちいいと、篤志はそれしか考えられなくなっていた。

「は……っ今井のなか、すごい、あついね……」
「やっ、そん、なん……いうなぁっ!」
「あはは、今井、すごい可愛い。目ぇうるうるして、とろんってしてる」
「っあ、あぁぁ……っあ、あ、あぁ……っ」

 おもむろに加賀がぐっと上体を倒す。ただでさえ篤志に覆いかぶさるような体勢だったのが、ほとんどぺったりと寄り添うようなかたちになった。もはや開きっぱなしになっている篤志の唇にキスをすると、そのまま耳元に唇を寄せた。

「今井、好きだよ。今井のことが、ほんとうに、すき」

 れろり。ついでとばかりに、いたずらな加賀の舌先が篤志の耳の輪郭をなぞる。そればかりが、やや福耳ぎみな篤志の耳たぶをはむっと食んだ。

「今井、今井は? おれのこと、好き?」
「すき……っ好き、すきっ! かが、おれもすき。ほんとに、だいすきだから……っ」

 篤志が愛の言葉を口にした途端、それを待っていたとばかりに、加賀は容赦なく篤志の耳たぶに噛み付いた。かり、とほんの甘噛み程度の噛みつき。とはいえ、それまでと異なる種類の刺激は、篤志の体の熱を一瞬で高ぶらせるには十分すぎるほどのものだった。
 もはや泣き叫んでいるかのような喘ぎがひっきりなしに響き渡る。ぞわりぞわりと全身の毛が逆立った。次から次にやってくる快感が篤志を苛んでやまない。ああ、もうだめだ。篤志が思うのとほぼ同時に、耳元から加賀のちいさなうめき声が聞こえた。どくどくと、篤志のなかで加賀のものが大きく脈打つ。

 ぐったりと自分に重なったまま全身の力を抜ききっている加賀に、篤志は安堵とも喜びともとれるような奇妙な気持ちを抱きながら、そっと瞼を閉じ意識を失った。



「結局のところさ、今井って、最初っからおれのこと好きだったんデショ?」
「……ちげーし」
「はい、ダウト」

 軽い口調で篤志を切り捨てて、加賀はびしりと軽いデコピンをした。打たれた篤志のほうは額を押さえると「いてて」と大げさに痛がってみせる。
 それをけらけらと笑いながら、加賀はベッドを軋ませ立ち上がった。利用者が正規通りの数になったことで、ようやくベッドは静かになる。篤志も、未だ鈍く痛む腰回りの痛みに耐えながら上体を起こした。

「で?」
「……え?」
「今井は、おれのどこが好きなワケ?」

 加賀は床に散らばっていた二人分の制服を取り上げると、シャツの大きさやベルトの種類で加賀のものと篤志のものとをそれぞれ仕分けていく。加賀が全体的にほっそりとした印象なせいで服の大きさなどそう変わらないと思っていたが、存外、自分のシャツと加賀のシャツの大きさには大きな差異があることを篤志は思い知らされた。

(加賀って、こんなにデカかったっけ)

 裸の加賀の背中をぼんやりと眺める。大きく盛り上がった肩甲骨辺りの筋肉を見ていると、綺麗な顔をしていてもやはり男なのだなと感じさせられた。あれだけ散々手荒く抱かれておいて、なにをいまさらという感じだが。

「んー……どこって言われてもなあ」

 加賀が篤志の制服一式を手渡してくる。軽い礼とともに受け取り、加賀のものより一回り近く小さいシャツに腕を通しながら篤志は考える。

「最初はさ、スゲェうそつきがいるんだぞって聞いて、しかもそいつ美人らしいぞっていうんで、好奇心で加賀のこと見に行ったんだよ」

 たしか、そいつの顔見に行ってみようぜ、と言い出したのはよーくんだったか。

「そしたら、美人は美人でも男だったから、すごい裏切られたみたいな気持ちになったんだよなぁ」

 美人だ美人だと誰もが口を揃えて言うから、てっきり女だと思い込んで行ったというのに、大勢の女子に囲まれたたった一人の男子である加賀を示して「あいつだぞ」とよーくんに教えられたときのショックといったら。ひどくがっかりして、同時にほんの少し落ち込んだことを覚えている。

 だが、よくよく見てみれば、加賀は本当に美人だった。一見したら少しきつめな印象の目元も、艶やかな黒髪と合わさればなんともいえない雰囲気を生み出す要因の一つでしかない。髪型から顔のつくりから立ち居振る舞いから何から、純和風美人以外のなにものでもない加賀が、いつでもニヒルに唇を歪めているというのもまた、どうしようもなく篤志の心をくすぐった。
 簡潔に言うと、ただでさえ面食いな篤志にとって、加賀はどこまでもどストライクだったのだ。とはいえ、それだけでそう簡単に人を――ましてや男を好きになったりはしない。

 加賀は、とにかく目立つ男だ。学校一のうそつき男がそいつなのだと知って以来、篤志は頻繁に校内で加賀の姿を目にするようになった。
 有名人で人気者なのに案外一人でいることが多いことや、相手がうまく自分の嘘にだまされると子供っぽく無邪気なうれしそうな笑顔で「うそだよ」とネタばらしをすること、そこだけ別の空間かのように加賀が独特の雰囲気をまとっていること……。加賀を見かけるたびに、篤志はそういったことを一つずつ知って行って、そうしてそのたびに、少しずつ加賀に心惹かれていったのである。

「だから、まあ……どこが好きかって聞かれても、全部としか言えないっつーか……」

 なんていうか、とごにょごにょと言葉を濁す篤志。シャツを羽織りボタンを留めていた加賀は、中途半端なところで手の動きを止めると、ぱちくりと大きく瞬きした。かと思えば、透き通るように白い頬が、じわりじわりと赤く染まっていく。

「何ソレ。今井、おれのこと好きすぎない?」
「だから言ってんじゃん。好きだよって」
「でも、おれの告白のことうそだって思ってたんデショ?」
「それは……」

 わざと拗ねたような声を出す加賀に、篤志は呆れのため息をつく。本当に、この男はタチが悪い。

「だって、したかねーじゃん。そう思っとかねぇと、あとでうそだって言われたときに傷つくことになるの自分だし」

 傷つくのはいやだ。それでも、これをきっかけに今まで共通点などなかった加賀と関われるかもしれないなら、そんなチャンスをみすみす逃してしまうのももったいない。そんな考えは自分勝手だろうか。
 こんなことを言ったら嫌われてしまうだろうかとにわかに恐怖心に支配される篤志に、しかし加賀はあっけらかんとした様子で「ま、そうだよね」と答えた。

「おれも正直、今井と同じようなこと考えてたし」
「同じようなこと、って」
「おれ、学校一のうそつき男で有名だったデショ」

 語尾が過去形になっているところに、なんだかムズムズした気持ちになりながら篤志はうなずく。加賀はシャツのボタンを留める手の動きをゆっくりと再開させた。

「今井に告白したあのとき、おれも、そのことを利用しようとしてた。振られたり気持ち悪がられたり、それもうそなんでしょって笑われたりしたら、そうだよ、嘘だよ。って言って、ごまかそうと思ってた」

 そうすれば篤志に気味悪がられて変に距離を取られることもないだろうし、自分の胸の傷も浅く済みそうだったから、と加賀は言う。

「ま、それで結局今井に告白のこと信じてもらえなかったんだから、ある意味、自業自得ってやつなんだけど」

 ボタンをすべて留め終えると、加賀は篤志に背を向ける。スラックスを取り上げるその背中が、篤志にはいつもよりも細く頼りなさげに見えた。よほど篤志に突き放されたあのときのことが堪えているらしい。
 いたたまれなくなって、篤志は気だるい体を無理やりに引き起こした。ベッドから飛び出して、ワイシャツを一枚引っ掛けた状態のまま今にも崩折れそうな背中にすがりつく。今日の出来事で、ぱっと見の印象にそぐわずがっしりとしていることがわかった加賀の腰回りに腕を回すと、びくりと肩が跳ねた。

「いまは、ちゃんと信じてる」
「今井……」
「お前が他のどんなやつにどんなくだらないうそをついてたとしても、俺に対する言葉にだけはうそ偽りはないって、信じてるから」

 だから、と続けて、篤志は腰に回していた腕をばっと加賀の首に移動させた。

「えっ、ちょ、今井?!」

 困惑した声での制止は完全無視して、そのままぎゅっと腕の輪をせばめ、首を絞める真似をしてみせる。

「加賀はいつから俺のこと好きだったのか、教えろよっ」
「はっ、え? ちょ、ちょっと、ストップ、待ってって!」
「待てと言われて待つ俺じゃねーぞぉ! てか、俺だけ言うとか不公平じゃねーか!」

 なんだその羞恥プレイはとムードぶち壊しで叫ぶ篤志の腕を、加賀はバシバシと叩いて抗議した。

「わかったよ、言う。言うから!」

 だから放してくれと加賀は訴えかける。あまりの必死さになんだかおかしくなって、篤志はぷくくと笑いを堪えるはめになった。
 ひとしきり笑いを噛み殺したのちに、ぱっと腕の拘束を外してやる。加賀は「しぬかと思った」などとおどけてみせると、ぐしゃぐしゃになったワイシャツを整え、すうはあと深呼吸を繰り返した。

 なにか大事なことを言うときに、まず身だしなみから整えようとするのは加賀の癖かなにかなのだろうか。大切な事だとは思うけれど、毎回毎回このようにかしこまられては篤志の方まで緊張してきてしまう。加賀の熱が移ったかのように、じわりじわりと篤志の頬が赤らんでいった。

「って言っても、いつからって聞かれても、あんまりよく覚えてないんだよね。なんとなく今井のことが目につくようになって、なんとなく目で追いかけてたら、いつの間にか好きになってたから」

 今井と一緒だよと、照れくさそうに加賀は笑うが。

「例えばでいいんだよ、例えばで。なんかねぇの? 具体的に、どっか」

 自分ばかりあれこれ喋らされた篤志のほうは「右に同じく」では納得できるはずもない。ずずいと迫られた加賀は困り顔だ。

「例えば、ねえ……」

 うーんと考え込んだのち、加賀は「あ」と声をあげるとパッと表情を明るくした。

「例えば、押し付けられたって言っても、委員会の仕事ちゃんとしてるとことか」

 掃除用具の点検をしている姿をよく見かけたから、と加賀は言う。

「いや、二年連続で美化委員やってりゃいやでも慣れてくるし」
「ヤンキーな感じの友達に囲まれてるわりには、案外まじめなところとか」
「まじめかあ? 俺。そーでもないだろ」
「急に雑務押し付けられても、なんだかんだきちんとやるところとか」
「……フツーだろ、それくらい」
「フツーじゃないよ」

 照れ隠しに言葉を濁す篤志に、食い気味に加賀は言う。

「フツーのことを当たり前にできるのって、案外、フツーでも当たり前でもないんだよ」

 事実として自分の周りにはそういう人がうじゃうじゃいたのだと、加賀は複雑そうな面持ちだ。篤志は弓道部の見学に行った時のことをふと思い出した。場をわきまえずきゃあきゃあと騒ぎ立てていた加賀ファンの女子たち。あれのことを言っているのだとしたら、それはすでに比較対象が「フツーじゃない」のではないだろうかと、篤志はなんとか加賀の言葉を否定しようとする。だが加賀は、そうじゃない、篤志が特別なのだとかたくなに繰り返した。

「もしかしたら、他の誰かからみたら今井のしてることはフツーなのかもしれないし、今井自身もフツーなのかもしれない。けど、おれにとっては今井はフツーじゃなくて、トクベツなわけ。だからおれは、今井が好きになったんだよ」

 篤志を、篤志だから好きになった。
 加賀のその言葉は、じんわりと篤志の胸のなかに染み込んでいって、全身へと浸透していく。こんな言葉をだれかにかけられたのは生まれてはじめてだった。誰かの「トクベツ」になるというのはこういうことなのかと、ようやく篤志は理解した。それと同時に、今この瞬間、自分たちはほんとうに恋人同士になれたのだなと悟る。
 加賀も同じようなことを考えていたのだろうか。ほんのり赤らんだ頬を艶やかな黒髪で隠すようにして、はにかんでいる。それから、ほんのわずかにためらう仕草を見せたのちに、加賀は薄桃の唇をうっすらと開いて、こう言った。










「――っていうのもうそだって言ったら、どうする?」


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