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 どうして好きになったのかと聞かれると、答えは簡単。それは単なる「無い物ねだり」だと俺は答えるだろう。

 俺が最初に新井を見かけたのは、高校に入学したばかりの四月のこと。太陽の下で、大勢のクラスメイトに囲まれて笑う姿に見惚れてしまったのだ。
 当時の俺は生まれつきの目つきの悪さに加えて、入学後の素行の悪さのせいでクラスメイトたちに敬遠されていたから、まさに正反対。光と影といったところだろうか。ああやって人に好かれる、笑顔と太陽の似合うやつってのはどんな人間なんだろう。そんな風に興味を持ったのが始まりだったと思う。

 それから徐々に、新井が野球部期待のエースと言われていることを知って。天才ピッチャーなんて周囲からはあがめられているけれど、実際は毎朝人より早く来て自主練をして、放課後も一番遅くまで残って練習をして、という人一倍努力する人物だということを知って。そういったところもまた、彼が人に好かれる理由なんだとわかって、よりいっそう好きになった。

 けれど、不良なんて呼ばれてる実際不良な自分とじゃ釣り合わないし、見てるだけでいいと思っていた。新井が楽しそうに笑っている姿を遠くから眺めていたら、それで俺も幸せな気持ちになれたから、それでいいと思ってた。

――あの転校生が、やって来るまでは。

 二学期に入って少ししたころ。九月下旬というふしぎな時期にやってきた転校生は、その頃試合成績が伸び悩んでいた新井に「啓太はいっつもがんばっててえらいな!」なんて言って、見事、新井からの好意を獲得したらしい。もちろん、好意といってもライクのほうじゃない、ラブのほうだ。俺が新井へ向ける気持ちと同じ。

 正直、俺は焦った。これまで、なんとなくだけれど「新井は誰のものにもならない」という思い込みがあったから。不特定多数に笑顔を振りまいているならまだしも、特定の誰かにだけあの笑顔が向けられるかもしれない、なんて考えたら、いてもたってもいられなかったのだ。

 悩んだ結果として俺は、新井に近づくために自分も転校生の近くにいくことを決めた。幸い転校生は根っからの面食いらしく、多少人相は悪いものの美形と呼ばれる部類にいるらしい俺のことを簡単に気に入ってくれたから、近づくのは簡単だった。

 ただ問題があるとすれば、転校生自身。美形ホイホイの二つ名をもつ彼は、少しどころかかなり空気が読めなかったり常識がなかったりと、困ったところが多かったのだ。新井や俺、ほかにも生徒会役員などいろんな美形を連れ回してあっちこっち練り歩くのに、トラブルを起こさなかったことがないくらいだ。

 そういったことが積み重なって、転校生自身、ひいてはその周りの新井まで冷たい視線を浴びせられることも増えてきた。元々の評判が悪い俺はともかく、スポーツ特待生として学園に入学してきた新井は、このままだとどうなってしまうのだろうかと気が気で無い。

 だが新井本人はそんなことは考えてもいないようで、むしろ、恋のライバルとして認識されている俺や生徒会メンバーたちのことのほうが気にかかるようだった。

 とりまきが増えるにつれて争いも過酷になり、一瞬たりとも転校生から目を離せないと思ったのか、新井が部活の練習をサボることも多くなってきた。昔は、誰よりも練習を大事にしていたのに。最近では俺が惚れたあの笑顔もなかなか見せなくなった。転校生と居るときに見せるのは、大体、嫉妬にまみれた表情ばかり。
 もう新井は変わってしまったのだろうかと思うと、ただただ心が痛くて仕方が無かった。



 そのようなことを幼なじみに話したら、あきれたような顔で溜め息をつかれた。

「お前もほんと、一途っていうかバカっていうかよぉ……」
「うっせぇな、どうせ俺はバカだっつうの」
「や、そういう意味じゃねえよ」

 ならどういう意味なんだと睨み返せば、ショウゴは困ったようにがしがしと後頭部を掻いた。

「まァ、ヒョウがそれで幸せなら別にいーけどよ」
「だから、なにがだっつうの」

 意味わかんねぇ。

「大体、ヒョウって呼ぶのやめろっつってんだろ」
「いいじゃねぇか、まちがっちゃいねぇだろ」
「……そりゃ、そうだけど」

 俺の名前は、菅原彪。ヒョウと書いてアキラと読む。どんなキラキラネームだと突っ込みたい気持ちでいっぱいだが、こんな名前でも親はそれなりに悩んでつけてくれたんだろう。そう思ってやり過ごすことにしている。

「つうか、ヒョウ。お前気をつけろよ」
「あぁ? なンにだよ」
「周りだよ」

 そこでショウゴはすっと視線をあたりに巡らせて、声のトーンを落とした。ほんのわずかに俺に顔を近づけて、小声でささやく。

「けなげなワンコロみてーに新井のことばっか見てンのもいいけどな。気をつけてねーと、お前まで恨まれて足下すくわれンぞ」

 ショウゴは、俺と大して変わらない素行の悪さを誇る不良だけれど、その腕っ節の強さを買われて風紀委員長なんてものをやっている。きっと、立場上色んな情報が入ってくるんだろう。
 だから、転校生を止めるでもなくむしろその不遜な態度を悪化させる原因になってる俺や新井たち取り巻き組が、学園内でよく思われてないってことも。転校生を鬱陶しく思う連中や、元々美形ばかりが注目を浴びる学園のシステムを嫌悪していた連中に、俺たち取り巻き組が狙われてるってことも、知っているんだろう。

 けど俺だって、そんなことずっと前からわかってる。新井に近づくために、転校生の取り巻きになろうって決めたときから。
 そんな俺の心情を察したのか、ショウゴはもう一度溜め息をつくと、ぐしゃりと俺の頭をかき混ぜた。

「ま、なんかあったら頼ってこいよ。お前だったらいつでも助けてやるからさ」

 にこっと笑って言うショウゴは、頼もしいことこの上ない。二つ年上のショウゴは、家が隣同士なせいで小学校にあがる前から一緒だったから、幼なじみというよりかはもう兄弟みたいなものだ。だから、心配してくれる気持ちもわかるし、そう言ってくれるのも素直に嬉しい。
 でも今回ばっかりは、そう簡単にショウゴに頼るわけにもいかなかった。男の意地、とか。そういうやつだろうか。



 いつかはやってくるだろうと思っていた「問題」は、予想外の人物の動きから起こった。

 その人物というのが転校生の同室者。俺たちみたいに自分から転校生にひっついているのとは違って、普段から転校生に振り回され連れ回されているなぁとは思っていたが、その同室者の鬱憤は思った以上にたまっていたらしい。

「新井さまも、菅原さまも、生徒会のみなさまも……っ! みんなおかしいです! 彼のことが好きなのはご自由になさってください。でも、単なる同室者で不可抗力で巻き込まれてるだけの僕のことを、いちいち目の敵にして睨んだり影で暴力ふるったりしてくるのはやめてください!」

 今日は転校生は芸術特待生だという三年のところに行っている。だからこのタイミングしかないと思ったのか、同室者の彼はぶるぶる体を震わせながら訴えかけるように言った。

 最初は「あー、やっぱり好きで一緒にいたわけじゃなかったんだな」なんて納得しながら聞いていた俺だったが、途中から――より正確に言うと「睨んだり」「影で暴力ふるったり」のあたりから、まさかと思うようなその話の内容に思わず顔をしかめた。

 すぐ隣に立つ新井の顔を窺い見る。新井、お前そんなことしてたのか? いつの間に? まさか新井がそんなことをするわけがないだろうとは思うものの、一度わいてしまった疑惑はなかなか拭えない。

 俺の視線に気づいた新井は、一瞬気まずげに眉根を寄せてからフイと顔を背けた。……この反応からして、少なくとも、睨むか暴力かのどちらかはしていたらしい。
 今の俺にできることといったら、それが暴力じゃなかったことを祈るだけだった。不良なんて呼ばれる、喧嘩三昧の俺がそんなことを考えるのもどうかと思うけれど。

「それに、生徒会のみなさまは、お仕事はどうされたんですか?! 今、会長さましかお仕事をされていないと聞きました。学園の生徒の代表者たちが、そんな風に私情で仕事を投げ出してしまって良いのですか!?」

 同室者の言葉に、副会長以下の生徒会役員たちがぐっと言葉に詰まった。ついさっきまで、今にも罵声を浴びせそうな勢いだったのに。図星をつかれてしまってはそうもいかないらしい。
 しょっちゅう転校生と一緒にいて生徒会って案外ヒマなものなんだなと思ってたいけれど、実際はサボっていたのか。本当に、あきれる。

 それにしても、転校生にいつも振り回されているからてっきり意思もなにもないようなやつなのかと思いきや。この同室者は、意外にもはっきりものを言う。こうしてちゃんと言えるやつなのにどうして転校生なんかの言いなりになっていたのか。逆にそっちのほうがふしぎなくらいだった。

 さて、次はどんな言葉がその口から飛び出してくるものか。
 俺自身は同室者にはなにもしていないし、そうそうなにか言われることもないだろう。普段の素行の悪さについて言われたとしても今更だ。そんな風に軽い気持ちで見守っていると、次に同室者の矛先が向いたのは、なんと新井だった。




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