03


「……あー、つまり、その。父さんが、俺がちゃんと登校してクラスに馴染めてるのか偵察してこい、と?」
「ざっくり言うとそうなりますね」
「マジすか……」

 宮木さんの話をまとめてみると、彼がここにいるのはつまりそういう理由かららしかった。
 一体なにやってんだか、と我が親ながら呆れる。いくら自分は忙しいからって、秘書にそんな私情丸出しな仕事押し付けんなよ、っていう。

「なんかすいません。俺のせいで余計な仕事押し付けられちゃって」
「いえ、とんでもないです」
「や、でも……」
「本当にお気になさらないでください。むしろ、久しぶりに重陽様の元気なお姿を拝見できて嬉しく思います」

 ゴニョゴニョ言葉を濁す俺にそう言うと、しかも勤務時間内でね、と付け足して、宮木さんはサングラスの下でウィンクした。――お茶目だ。宮木さん、超仕事出来る系スマートなパーソンかと思いきや、意外にもお茶目だ。
 あの上司にしてこの秘書あり。そんな言葉が脳裏をよぎった。

 まあ、うちの父親の暴挙に宮木さんが怒っていないならいい。それはいい――の、だけれど。

「……なんでさっきから、二木せんせーついてきてんの?」

 西崎はオバケ役にシュウは呼び込み担当、とそれぞれ仕事があるのに比べて、事前準備であれこれ動き回ったからか、俺には当日の仕事分担がなかった。
 だったらということで、せっかくだから宮木さんに校内を案内しようとぶらぶら歩き始めたはいいものの。どうしてこの人は、二歩後ろをずっとついてくるのだろう。全くもって意味が解らない。

「あー、そりゃ、アレだよ」

 どれだよ。

「お前の保護者代理だっつーんなら、担任として普段のお前について話してやんねぇとと思ってな」
「えー、そういうの超いらねぇ」
「いらねぇとか言わねぇの。うわぁ、センセー超傷ついたわぁ」

 わざとらしく胸の辺りを押さえる二木せんせーに激しく顔をしかめる。何を言っているんだこの人は。というか、保護者代理の前で何をやっているんだこの人は。仮にも教師としていかがなものか。思わずつつつと一歩引いて、宮木さんの背後に隠れたくなる。
 すると、二木せんせーは引き気味な俺に気付いたのか「超傷ついたわぁ」のポーズをほどくと「しっかし、」と首をひねった。

「お前からの招待状持ってるもんだから、てっきりカレシかなんかかと思ってたんだけどなァ」

 違ったのか、と呟いて、ひどく残念そうに肩を落とすせんせー。いやいや、あんたな。なんで俺からの招待状持ってたってだけで恋人になんだよ。
 名字が違うからって言ったって、いとことか年の離れた友人とか、他にもいくらだって選択肢はあんだろうが。相変わらずの変な風習と思い込みに嫌気がさす。

「……………恋人?」

 はあと溜息をついたとき、隣で宮木さんがぼそりと怪訝そうに呟いた。俺の肩を掴んで、どういうことですかと問うてくる。
 俺はその深刻そうな様子に一瞬悩んだのち、ああそうか、と思いあたった。そうだ。宮木さん、ここの風習について知らないんじゃん。

「あー、ええと」

 閉鎖空間で性欲爆発からの機会的同性愛者多発。これをどうすればやんわりと伝えられるだろう。頭を悩ませる俺に、まさか、と宮木さん。

「まさか、アイツの言ってた話マジだったのか……?」
「へ?」

 あれっ? 宮木さん、今なんか口調がいつもと違――

「ああ、いえ。すみません」

――どうやら気のせいだったらしい。

「昨夜、重陽様のお父様からこの学園には同性愛者が多いというようなお話をチラッとうかがいまして……まさかとは思うのですが」
「そのまさかだな」

 無いよな、違うよな、違うって言ってくれ。
 そんな感じの宮木さんをズバッと切り捨てたのは、言わずもがな二木せんせーだ。いやいや、もうちょっとオブラートに包めよ! 生徒の保護者相手なんですけど?!

「…………そのまさか、ですか」
「そのまさか、だ」
「だっから! オブラートぉぉおおおおおお!!!!!」

 ドストレートやめてぇえ!!! どこまでも隠すことを知らない二木せんせーにじれったくなる。日本人特有の婉曲の文化はどこにいったんだよ、古典教師ィ……!
 宮木さんには見えない位置で、ダンッと二木せんせーのスリッパの足を踏みつける。ぐえっとかなんかアレな声が聞こえたけど、無視。そこら辺は無視。

「つまり、この学園には本当に同性愛者が多くて、二木先生は、私のことを重陽様の恋人かと勘違いされたと……?」
「ざっくり言うとそういうことになるな」
「そういうことになっちゃいます……」

 先ほどの宮木さんの台詞をなぞるような形で肯定する俺たち二人に、宮木さんはただ唖然とした表情で目を見開いた。あー、まあ普通はそうなっちゃいますよねぇ。

「いや、あの、ほんと」

 なんか、宮木さんみたいな潔癖そうというか、真面目そうな人にこんな話しちゃってすみません。と、俺が正体不明の申し訳なさに身を縮こまらせていると。

「……重陽様」

 隣から、地を這うような低い声で、名前を呼ばれた。
 うん? 宮木さん? なんだかひどく怖い顔をしているように見えるんだけど、俺の目がおかしいのかな。

「重陽様?」
「な、なんでしょう……」

 ダメ押しかのごとくもう一度繰り返され、ごくりと息を呑みながら応答する。そろそろと見上げれば、宮木さんは、薄茶のサングラスの下で般若のように目を吊り上げていた。

「今すぐ帰りましょう」
「へっ?」
「こんなところに重陽様を置いてはおけません。今すぐ私と一緒に帰りましょう。次の転入先は私はお父様に探していただきます。というか、探させますので」
「……いやいやいやいや」

 えっ、ちょっ、えっ? 一体どうしちゃったの宮木さん?! 早口でまくしたてるなり、ガッと俺の手を掴んで「さあ!」と迫ってくる宮木さんに、今度は俺が唖然とする番だった。
 いや、え、ちょ。なにこれ、どうしたらいいの? まさかすぎる事態と宮木さんのあまりの迫力に言葉が出ない俺。そんな状況に助け舟を出したのは、

「――それはちょっと待てよ、宮木さんとやら?」

 予想外にも、ダルダルおちゃらけな我らが担任二木せんせーだった。

「コイツを連れて帰る? マジで言ってんですか、ソレ」
「私は本気ですよ。重陽様を、こんな野獣の巣窟に置いておけるわけがありません」
「まあ、野獣の巣窟ってのは否定しねェけどよ。アンタ、八木の親の秘書ってだけにしては、コイツに執着しすぎじゃねえか?」

 不審そうに言う二木せんせー。いや、執着というか、随分俺のことを考えてくれるんだなあとは俺も不思議に思っていたけれど。

「執着?」
「そう、執着」

 過保護なんじゃねえの、と唇の端を歪めて意地悪く言う二木せんせーだが、宮木さんはそれにごく普通にこう答えた。

「執着、過保護。それの一体なにが悪いんですか?」
「……え」

 いや、なにが悪いというか、そういう問題以前にそもそも。

「私は……ああいや、めんどくせぇな」

 なにかを言いかけて、宮木さんは短く舌打すると鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。そしてついでのようにサングラスを外して、二木せんせーを真正面から睨みあげる。

「俺は」

 「俺」は?!

「確かに重陽様に執着してるし、そのせいで過保護になってる自覚もある。だけど、」

 大事に想っている相手に執着して、過保護になってなにが悪いのだ、と。
 宮木さんは至極真面目な顔で、どでかい爆弾を落として見せた。

「……えっ、ちょっと待って?」

 ここ学校の廊下なんですけど、と。露わになった宮木さんの美貌にざわめく周囲に、俺は今の状況を思い出して今更ながら、的外れにもそんなことを考えたのでした。
 ちゃんちゃん。





――いや、終わらないけど。





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tophyousimokujinow
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