04
ちりりん、とかすかに鈴の音がする。
理一の大きな手に包まれるようにしててのひらを握ると、ひんやりとした感触がした。
なんだろう。
理一の体温がそっと離れていったところで、恐る恐る結んだ指を開いていく。
そうして視界に飛び込んできた銀色の輝きに、俺は目を見張った。
「これって……!」
「スペアキーだ。俺のマンションの」
俺の左のてのひらの上には銀色の鍵がふたつ置かれていた。
二つの鍵を束ねるようにして、なぜか、食品サンプルのような柏餅の根付ストラップが付けられている。
「こっちがエントランスのオートロック解除用ので、こっちが俺の部屋のやつな。部屋は八階の一番端っこだ。八〇一号室」
お前と一緒だなとくすぐったそうに微笑む理一に、俺はうっかり泣きそうになってしまう。
本当にこの男は、俺の笑顔が好きだなんて言っておきながら、俺を泣かせるのが上手すぎる。
「俺、遊びに行っていいのか、お前の部屋」
「いいに決まってるだろ」
「寂しくなって、真夜中に急に押しかけるかもしんねぇけど」
「そんな可愛い押しかけなら大歓迎だ」
「――〜だーっ、もうッ!」
たまらなくなって、がばりと飛びつくように理一に抱きつく。
結構な勢いでぶつかっていった俺を、理一は少しよろめきながらもしっかりと受け止めてくれた。
「大好きだ、ばかやろうッ!」
「ばかやろうは余計だな」
「ごめん。大好きです、理一さん」
「俺もだぞ、ハル」
公衆の面前で一体何をやっているんだとは思わないでもないが、今だけは許してほしい。
所詮、付き合いたての恋人同士なんて誰もがバカップルなのだ。
なぜか周囲から聞こえてくるパラパラとした拍手の音を聞きながらぎゅうぎゅうと抱き締めあっていると、パシャ! と急にシャッター音が聞こえた。
ぱっと理一から離れてみれば、忍が満面の笑みを浮かべて携帯を構えている。
「数年後に、めーちゃんへの年賀状にこの写真使ってあげるのな!」
「ちょっ、おいやめろ、なんだその黒歴史感……!」
「俺の前でいちゃついてるめーちゃんが悪いんだよー、だ!」
「はあ!? おまっ、一生友達でいるんじゃなかったのかよ!」
「言ったけど! 確かにそう言ったけど、それとこれとは別だから!」
さすがに目の前でいちゃつかれるとむかつくからやめてくれ、ということなのだろうか。
男心はフクザツだ。
「そうだ、ハル。一緒に写真撮ってくれないか」
カメラを持ってきたんだと、忍の行動で思い出したのか、理一はごそごそと制服のポケットを漁り始める。
機械音痴な理一には携帯のカメラで写真を撮るという概念はないらしい。
出てきたのは、某有名メーカーの超高性能コンパクトデジタルカメラの最新モデルだった。
それも、たぶんそこそこいい値段がするやつ。
やっぱり金持ちこわい。声には出さずに呟く。
「これが電源で……っと、ん? 電源がつかないぞ。オイ、早瀬。どうなってる」
「はあ? どうして私に聞くんです。私があなたのカメラのことなんてわかるわけないじゃないですか」
「でも、俺よりは機械に強いだろう」
「あなたと比べたら誰だって機械に強いことになりますよ」
持ってきたはいいものの、まず電源の入れ方すらわからないらしい。
もたもたと、完全にカメラを持て余してしまっている理一の様子は相変わらずだ。
それを呆れた様子で眺めながらも、元副会長は「貸してください」と理一の手からカメラを受け取っている。
もしかしたら、佐藤灯里が来るまでの生徒会は終始こんな様子だったのだろうか。
そう考えると、佐藤灯里と付き合い始めたことで落ち着いたのか、元副会長が自然と理一と会話をしていることが嬉しかった。
「なにやってるんですか、あなたは! そこじゃないです、ここが電源だと言ったでしょう?」
「こ、ここか! ……っ、早瀬!? なにか出てきたぞ!? これは大丈夫なのか?!」
「レンズです! レンズが出てきたんです! 撮影するのにレンズが出てこなかったら写真が撮れないでしょう!?」
なにを言っているんだお前は、とイライラした様子の元副会長をよそに、ウィーンと起動音を発するカメラ相手に理一はいちいちびくびくおどおどとしている。
本当、相変わらずだ。ふふ、と噛み殺せなかった笑みをこぼす。
そして俺は、ふと制服のポケットから携帯電話を取り出した。
無意識のうちに、ほとんど手癖のようにツイッターに接続する。
理一と初めて会った日からなにひとつ変わらない画面が、俺を出迎えてくれた。
『ヤギ@meemee-yagisan:新しく通うことになったがっこーきたら、案内役っぽい人が寝てるなう』
『ヤギ@meemee-yagisan:どうしたらいいかわからなう』
寝ている理一の横であのツイートをしたときと同じ文章が、画面の片隅、ツイート欄に並んでいる。
―― いま どうしてる? ――
「ハル! カメラの準備できたぞ!」
「おうっ、今行く!」
ようやく撮影画面までたどり着けたらしい理一に呼ばれて、俺はなんのためらいもなく携帯電話をポケットへとしまった。
撮影係を押し付けられたらしい。カメラを構えた元副会長の前に、理一と二人並んで立つ。
忍は、元副会長の後ろから変顔をして俺たちを笑わせようとしてくる。
お前、爽やか王子のキャラはもういいのか。
そういえば随分前から猫が剥がれていたけれど。
「それじゃあ、撮りますよ」
元副会長がカメラを構える。
それに応えるように笑顔を作ったところで、ハル、と理一が俺の肩を引き寄せた。
「ハイ、チ――」
「えっ」
「あ」
「へあっ!?」
「――ズ」
ぱしゃり。
シャッターが切られるのと、俺の頬に理一からのキスが落とされるのは、ほぼ同時だった。
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―― いま どうしてる? ――
「俺は、今……」
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幸せの青い鳥(たぶん) 完
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