07
「なるほど、世代交代ってわけか」
これから先、三年生は受験とかで忙しくなるから、毎年この始業式で発表するのが恒例となっているのだろう。
けれど、理一は何も言ってくれなかったなとふと思う。
別に必ず報告しろだなんていうヤンデレのようなことを言うつもりは微塵もないし、そういう束縛はどちらかというと嫌いだ。だけど、もうちょっと教えてくれてもよかったのにとどうしても思ってしまう。
ちりちりと焦げつくような胸の痛みを抱えながら、ステージ上の理一をまっすぐに見つめた。
「それでは、新規生徒会役員の発表を行う。名前を呼ばれた生徒はステージ上に上がってきてくれ。それではまずは生徒会長から。二年A組本村アカネ……は、もうステージ上にいたな」
「もぉ〜! 会長ったら、そういうのはいいから!」
「元会長、な。今からはもう、お前が会長だぞ」
理一が微笑めば、それが合図だったかのように盛大な歓声とともに拍手の波が広がった。
声援に応えるようにして、本村アカネは、もといた場所から一歩前に踏み出す。
そうか、そうだよな。現役生徒会役員なのだから、引き続き役員をやるに決まっているよな。
わかっていても、本村アカネと生徒会長という言葉がどうにもイコールで結びつかなくてうっかり口をへの字にしてしまう。
「続いて、副会長。二年E組、志摩飛鳥」
「はい」
「お前も、引き続きよろしく頼むぞ」
「はい」
理一に強く頷き返すと、志摩も一歩前へ出て本村アカネの隣に並んだ。
続けて理一は、会計として聞いたことのない名前を呼ぶ。
はいっと元気の良い返事をしてステージにあがったのは、黒髪短髪の「いかにもスポーツマン」といった風貌の生徒だった。
一年生らしい彼は、おそらくすでに人気のある生徒なのだろう。きゃあっと、ひかえめではあるが黄色い声が上がった。
「なあ、忍」
「言うなよ、めーちゃん」
「あいつ、お前とキャラだだかぶりじゃね?」
「だから言うなってば!」
悲しきかな。言うなよと言われると余計に言いたくなってしまうのが人の性なのである。
……とまあ、ここまではごく平和な、軽口を叩きながら拍手だってできるくらいに穏やかな発表だった。
けれど、その次の理一の一言で、講堂内の空気は一変することになる。
「書記、一年A組斎藤さくら」
「えっ」
予想外すぎる名前に、俺は思わず「はい」と震えた声で返事をした斎藤くん本人ではなく、忍とは反対隣に座るシュウの方を見てしまった。
「シュウ、おまっ、これ!」
「言っとくが、知ってたからな。終業式の日に聞かされた」
「えっ、な、なんで?」
なんで、なんて言ったら斎藤くんには失礼だが、正直「なんで?」という言葉しか出てこなかった。
だって、理一の代の生徒会は全員目立つメンバーだったし、発表されたばかりの新しい役員だって、斎藤くん以外の他三人はキラキラしたメンバーばかりなのだ。
そのなかに斎藤くんひとりが放り込まれるとなると、疑問ばかりが浮かんでしまうのである。
頭上に浮かんだクエスチョンマークをぬぐいきれない俺に、シュウは苦笑を返してきた。
「たぶん、佐藤灯里に連れ回されていたあいだに、生徒会顧問の教員に、書類仕事のスピードの早さに目をつけられたんだと思う。今年の役員、仕事放棄したりいろいろあっただろ? だから、単なる人気メンバーのアイドルユニットみたいにするんじゃなくて、ちゃんと内側から組織を支えられる実力者も必要だろうって選ばれたらしい」
「けど、シュウ、そんなん心配じゃねえの?」
斎藤くん自身にそのつもりはなくても、同じ役員になることで人気者と近づいたり、関わったりすることとなると、周囲からやっかまれる可能性がある。
最悪、佐藤灯里に連れまわされていたとき以上の面倒な事態に巻き込まれる可能性だって。なのにいいのだろうか。
「そりゃあ、心配に決まってるだろ。正直、最初はすごく反対もしたしな」
「まじか……」
「あんな、めーちゃん。シュウたちな、終業式の日にものすっごい大げんかしたんやで」
それはもう、本当にものすごかったでと、西崎が小声で囁いてくる。
真面目かける二みたいなシュウと斎藤くんが大げんかだなんて。嘘だろうと笑い飛ばしそうになるが、余計なことを言うなとシュウが顔をしかめているあたり、西崎が言っているのは本当のことらしかった。
「シュウ、まじで斎藤くんとケンカしてたわけ?」
「ああ。冬休み中は、ほとんどずっとケンカしたままだったかな。けど、二〜三日前に急に向こうから電話が来て、会って話がしたいって言われたんだ」
「……それで?」
「渋々会いに行ったら、さくらは、無理矢理押し付けられたわけじゃない。これは自分がやりたいと思ったから引き受けたんだって言ったんだ。きっとつらいし大変だろうことも承知の上だから、ってさ」
そうまで言われたら、もう反対なんてできないだろうと、シュウはそれまでのしかめつらが嘘のようにふにゃりと表情を崩した。
緩みきった頬に、どことなく甘い視線。本当に愛おしくてたまらないのだという様子でステージ上の斎藤くんを見つめるシュウに、こちらまでなんだか甘酸っぱい気持ちになる。
「本人がやりたいって言ってるなら、やっぱり応援したいって思ってさ。あとはもう、なにがあっても俺は絶対にさくらの味方で居続ける、って決めたんだ」
「そっか……」
何があっても、好きな人の味方で居続ける。
口で言うのはたやすいが、実際はそう簡単にできることではないだろう。けれどそれは、その分だけ力強く想いのこもった、最強の愛の言葉に聞こえた。
「以上が新しい生徒会のメンバーだ。みんな、よろしく頼む」
突然の斎藤くんの登場に戸惑い気味だった講堂内の空気が、理一の一言できゅっと引き締まる。
はっと我に返ったように、ぱらぱらと拍手が起こった。
やがてそれが鎮まってきたところで、ステージ上にいた新旧生徒会役員たちが全体的に数歩後退した。マイクスタンドの前に立つ理一だけが、その場に留まる形となる。
きっと、まだなにかあるんだろうな。
そんな推測に応えるようにスポットライトの光が絞られる。薄暗い講堂内で、理一ひとりだけがまばゆい光を浴びて、堂々とそこに立ち続けていた。
「つまらない話になるかもしれないが、元生徒会長として少しだけ話をさせて欲しい」
そう前置いた理一に、一斉に誰もが話を聞く態勢になる。
しいん、と身じろぎひとつすら許されないような静寂があたりに広がった。
ひとりひとりに答えるようにして視線をめぐらせ、理一はゆっくりと話し始めた。
「まずは、みんな、一年間どうもありがとう。本村と志摩はこれから先も会長と副会長として生徒会に残ることになるが、俺たち三年はこれが最後の生徒会活動になる。
去年、前会長からこの場所で『生徒会長』という役職を引き継いだときには、一年間という任期がとても長く思えたのをよく覚えている。
一年間も、俺はこの学園の頂点に立ち続けなければいけないのか。みんなを率いていかなければいかないのか。そう思ったら、プレッシャーに押しつぶされそうだった。
毎日毎日、必死だった。行事があるたび、必死になって準備をして、不安でいっぱいなまま本番を迎えていた。今から思い返してみても、反省点ばかりが浮かんでくる。情けなくて、不甲斐ない、本当にだめな生徒会長だったと思う。
それでも、そんな俺についてきてくれて、本当にどうもありがとう」
そこで、理一は深く、深く頭を垂れた。
俺たちは誰も、なにも反応することができない。
会長がそんな苦労をしていただなんて、と衝撃を受けている様子の生徒もいる。
この一年間を振り返ってか、理一が引退し、やがて卒業してしまうということにか、涙ぐみ、ずずっと鼻をすすっている生徒もいる。
ただ、みんな同様に、理一の声へ耳を傾けつづけていた。
「俺にとっては得るものの多い一年だったと思う。自分一人ではなにもできないことも学んだし、時には誰かを頼ることも大切だということも学んだ。それから、絶対に自分の味方をしてくれる、そんな存在を得ることもできた」
絶対的な味方。つい先ほど聞いたばかりのフレーズが理一の口から出てきたことにどきりとする。
理一にとっての「絶対的な味方」とは一体誰のことなのだろう。自意識過剰なことは承知の上で、理一がそう思っているのが自分であればいいのにと思ってしまう自分がいた。
「新しい役員たちにとっても、きっとこれからの一年間は有意義なものになるだろう。もしかしたら、手探りでやっているうちに道を間違えることもあるかもしれない。だがその時は、みんなの手で正しい方向に導いてやってほしい。そうやって支えあって、新しい黄銅学園を作っていってくれ。
俺たち三年生は、これから自由登校になる。あとで校内新聞で発表されるが、今日で風紀も世代交代だ。いろいろなことが変わり始めることとなる。
だが、かといって、俺たち三年がいなくても気を緩めるなよ。しっかりと、気を引き締めて日々を過ごしてくれ。
……長くなったが、これで俺からの挨拶を終わる。本当に、一年間どうもありがとう」
理一、と思わずつぶやいた彼の名前は、どこからともなく沸き起こった拍手の渦に波込まれて、いともたやすくかき消されてしまった。
今日一番の盛大な拍手はいつまでも鳴り止まないまま、不器用なはにかみ笑いを浮かべる理一の上に、フラワーシャワーのように降り注ぎ続けていた。
(……おつかれさま、理一)
このいたわりの気持ちが、ほんの少しでも壇上にいる理一に届けばいいと、俺は密やかに願った。
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