何が欲しいんだ。
リボーンにそう聞かれ、
「別に、特に何もいらないよ。一緒に居てくれるだけでいい」
綱吉はいつものように書類と向き合いながらそれに答えた。
毎年そうだ。
だいたい誕生日と言っても名ばかりのパーティーであるし、欲しい物もボスに就任してからは特にない。
中学生の頃なら、欲しい物と聞かれればゲームソフトだの漫画だの次々と出てきたものだけれど。
今は何より、ファミリーがみんな無事で元気に過ごしてくれれば、それが何よりのプレゼントだと思っている。
「悟りを開いたじじぃかお前は」
するとなぜか少し怒ったような口調でリボーンが言うので、
「誰だってあの守護者たちの面倒を見ていればそうなるって…」
少し疲れた顔で訴えてやれば、やれやれと息を吐かれた。
そうは言うけど仕方ない。
何もない平和な日常が、今は何よりのご褒美なのだ。
雲雀が町を破壊しない。
骸が適地を破壊しない。
獄寺が暴走しない。
山本が剣を振るわない。
ランボが泣かない。
良平が無駄に叫ばない。
そんな奇跡的な一日が一度でもいい、あればいい。
そこに加えて仕事が少なければ尚良しなのだが。
「あとついでにリボーンが無茶を言わない」
「は?俺は一度も無茶なんて言ったことねぇぞ」
「わぁ、無自覚の暴君」
「誰が暴君だ、撃つぞ」
「そういうところだよ、先生…」
カクリとうなだれる。
実際、全ての条件が揃う日なんてあるはずがないと分かっているし、むしろそれが無ければ彼ららしくないと思ってしまっている部分もある。
それでも、その中のどれかひとつが叶う日(特に上位4つ)があれば、その日はそれなりに平和に終われる。
それだけで充分だ。
「だから、特別な物なんていらないよ」
改めて言えば、リボーンはしかしな…と呟きながらこちらへと近づいてくる。
行儀悪く机に腰を掛け、椅子に座っている綱吉の頭をガシリと掴んだ。
「年に一度くらい、我儘を言ってもいいんだぞ、ツナ」
「だから言ってるじゃん、我儘」
平和が欲しいという我儘を。
「そうじゃねぇぞ。お前個人の我儘だ」
言いながら掴んだ髪の毛をグイグイと引っ張られる。
「痛い痛い痛い、ハゲるハゲる!!」
綱吉は慌ててリボーンの手を掴んでやめさせようとするが、今度は伸ばしたその手を痛いくらいに握り締められた。
「痛いってば、リボーン!」
若干涙目になりながら痛みを訴える綱吉に、けれどもリボーンは力を緩めずそのまま綱吉を自分の胸に引き寄せる。
「わっ!!」
力任せに引っ張られ、抵抗もできずに綱吉はリボーンの胸に顔を埋めた。
背後で椅子がガタンと倒れる音がする。
自分が今、どんな姿でリボーンに抱きしめられているのか分からないが、とりあえず体制が苦しい。
離してほしくてその腕の中で暴れてみるが、案の定リボーンは離してくれそうになかった。
「なんなんだよ…」
「それはこっちのセリフだぞ、ツナ」
せっかくの誕生日だと言うのに、欲しい物は無いと言う。
我儘になれと言えば、平穏な日常が欲しいと言う。
「それだと、俺がお前だけに何か用意することもできねぇじゃねぇか」
「リボーン?」
「誕生日だぞ。お前が産まれてきた日だ。俺にとっても、大切な日だ」
だから、何も欲しくないなんて言うな。
お前の生まれた日に、何もいらないなんて言うな。
「お前の誕生日を、祝いてぇんだよ…」
耳元でそっと囁かれた言葉に、トクンと鼓動が跳ねた。
ああ。そうか。
リボーンはまだ、自分の事をドン・ボンゴレとしてではなく、一個人の沢田綱吉として祝おうとしてくれているのか。
それが解ると、ジワジワと胸が熱くなった。
「俺のため…に?」
「そうだぞ。他になにがある」
優しい声に、気持ちが緩む。
そうして、本当はずっとずっと欲しかったものが、つい喉元に出かかった。
でも、それは言ってはいけない。
それは、望んじゃいけない。
グッと言葉ごと息を飲む。
けれどもリボーンのひとことで、気持ちはグラリと揺らいだ。
「ツナ」
さらに綱吉の気持ちを揺さぶるように常に無い声で優しく名を呼ぶと、額に、瞼に、そして頬にと小さくキスを贈ってくる。
まるで綱吉の内側にある枷を外そうとしているように。
(ねぇ、今日はどうしてそんなに優しいの?)
いつもなら、もっと自分勝手な振る舞いでこちらの事などお構いなしに話を進めるくせに。
どうして今回もそうしないの?
プレゼントはいらないと言っているのだから、その通りに進めればいいのに。
好きなように、パーティーを開催すればいいのに。
どうせ集まるのは面倒な連中ばかりだ。
好きにプロデュースして完璧なドン・ボンゴレをお披露目すればいい。
それなのに…
「どうしてそんなこと聞くの?」
「どうしてだろうな…」
リボーンはクスリと笑う。
「今年はそんな気分なんだぞ」
「なんだ、やっぱりリボーンの我儘じゃん」
「ははっ。そうだな」
そう言って笑うが、綱吉の気持ちは暖かくなる一方だ。
嫌なはずがない。
だって、今日のリボーンの我儘は、綱吉にとっても嬉しい我儘だ。
誕生日を祝いたいと言う。
綱吉のために、何かを用意したいと言う。
(リボーンがそんなことを言うなんて、誕生日当日は雪でも降るんじゃないかな…)
実際には雪ではなく屋敷が崩壊する騒ぎになっているけれど。
その時の綱吉にはそれがわかるはずもなく。
「なぁ、ツナ。欲しい物がないなら、してほしい事はなんだ。言ってみろ」
「してほしい事?」
「ああ」
窮屈だった体制を整えるように完全に机の上に体を乗せ、綱吉はガバリとリボーンに抱き着いた。
「だったらリボーン。誕生日は一日ずっと俺と一緒にいて」
ガブリと耳に噛みついて、綱吉はついにそれを口にした。
ずっと欲しくて、けれども決して叶う事のない、我儘。
「二人きりで、どこかに行きたい。リボーンと二人だけで、誕生日を過ごしたい」
出来ないと分かってる。
それを言えば、リボーンが困る事も分かってる。
だけど、言うだけなら。
伝えるだけなら。
それくらいなら、許されるんじゃないか。
そんな思いを、口にした。
それが、綱吉の叶えたい我儘だ。
「ツナ…、お前…」
リボーンがやはり困った顔で綱吉を見た。
ああ、うん。
大丈夫。わかってる。
そんなことは出来ないって、知ってるから。
分かっていて、言ったのだから。
だからそんな顔しないで。
ただ言ってみたかったんだ。
ずっとずっと、言ってみたかっただけなんだ。
「嘘。冗談。いつもと同じでいいよ。準備はみんなに任せる。あ、そうだ。俺ケーキ食べたい。それだけはリボーンが作って。生クリームとフルーツがいっぱいのやつがいい」
誤魔化すように綱吉は早口で会話を終わらせると、机から降りて椅子に座りなおした。
この話はこれでおしまい。
そう言い聞かせるように、ペンを握る。
「ああ…」
リボーンが小さく頷いた。
その顔は、まだ困ったままだったけれど。
「約束ね。さて、さっさと仕事片づけなくちゃ」
綱吉は敢えて笑顔でそう言うと、後はもう書類だけを見て顔を上げようとはしなかった。


「まさか、本当にそれを叶えてくれようとするなんて…」
あの時、リボーンはとても困った顔をしていたから、やはりこの願いは叶う事なんかなのだと綱吉は再び思いを胸の奥に仕舞っていた。
もう言ってはいけない。
二度と、口に出してはいけない。
そうやって鍵をかけて、気持ちのずっとずっと奥の方に隠し直しておいたはずなのに。
「もぅ、ホント馬鹿…」
あの時の困った顔は、できない事に対しての反応ではなかったらしい。
きっとリボーンはあの瞬間から、どうすれば綱吉の願いが叶えられるのかと、それを考えていたのだろう。
「とはいえ、やりすぎだけどな」
地上は相変わらず激しい戦闘状態だ。
「あ、中庭が陥没した…」
ズズンッとひときわ大きな音を立て、誰がやったのか中庭には大きなクレーターが出来上がった。
「屋敷の修繕費、いくらかかるかな…」
それを考えると、ちょっとばかり怖い気もするけれど。
でも、せっかく皆がこうして作ってくれた機会を、むざむざと捨てる事は出来ない。
「ありがとう。みんな」
リボーンの提案に、きっと文句もあったろう。
反対の声も上げただろう。
けれど、協力してくれた。
やり方は少し強引だったけれど、綱吉をこうして送り出してくれた。
ぺこりと地上に向かって礼を述べ、綱吉はまだガッチリと握っていた小箱を見つめる。
おそらく、綱吉が握っているこの箱は、本当に当たりの箱なのだろう。
だから骸も雲雀も、これを綱吉が握って離さぬよう促した。
ならばこの箱の中に、リボーンの居る場所が示されている。
ハズレに見せかけた当たり箱だなんて、手の込んだ事をしてくれる。
どうせ綱吉に当たりの箱を渡す気でいたなら、そうとわかるようにしてくれてもいいはずなのに。
けれどもそれをしなかったのは、あくまで綱吉本人を自然にこの屋敷から逃走させるためなのだろう。
最初からこれが当たりの箱だと分かれば、きっと綱吉は「当たりならここにある」とゲームを強制終了させていた。
ゲームが終われば、パーティーは続行だ。
翌日のパーティーも、変わりなく開催されることだろう。
そうなれば、計画が全て無駄になる。
あくまで綱吉もゲームに参加させ、それを目くらましにも使う。
なんとも回りくどいが、リボーンらしいと言えばそんな気もした。
「でも、いったいどこにそのヒントがあるんだろ…」
小さな箱を、クルクルと回転させる。
外側はやはりシンプルな作りで特に何かが書いてある様子は見えない。
だとすれば中にヒントがあるのだろうが…
「でも開けるとパンチが飛んでくるだろ、これ…」
それは最初に食らっているので確認しなくともわかる。
しかし外側に何もない以上、やはりもう一度蓋を開けるしかない。
綱吉はクルリと身を反転させ、一度屋敷の一番高い鉄塔の上に着地した。
片足でうまくバランスを取りながら、もう一度箱をそっと開けてみる。
二度目のパンチは食らうまいと、避ける用意をして開けたのだが…
「ふぎゃ!」
来ると分かっていたのに再びパンチを食らった。
自分の鈍くささに涙が出る。
ついでに食らったショックで一瞬鉄塔から落ちそうになったが、そこは日頃から大声をあげて鍛えている腹筋でなんとか堪えた。
「ちくしょ…」
真っ赤になった鼻を労わるようにさすりながら、ユラユラと揺れているグーパンチの玩具を確認してみる。
きっと、どこかにヒントがあるはず。
するとどうだ。
握っている玩具の拳に、何か紙切れが挟まっていのを発見した。
「あった!」
綱吉は紙をそっと抜き取ると、箱を再びポケットに仕舞い(後でリボーンにも食らわせる気だ)書かれてある文字を確認した。
そこには、空港の名前が書かれてあった。
「ここに来いってか?」
そこは、車などを使わずとも綱吉がなんとか自力で飛んで行ける距離にある空港だ。
そして、
「まさかそのまま、海外に逃亡する気?」
ははっと思わず声を出して笑った。
そこは海外に向かう飛行機が離着陸する空港だ。
二人きりで過ごしたいとは言ったけれど、まさか海外にまで逃亡するとは考えても見なかった。
「明後日にはちゃんと帰ってこれるんだろうな?」
クシャリとメモを丸め、己の炎でそれを燃やす。
これでもう誰も、リボーンがどこにいるのか正解を知る事は出来ない。
守護者たちに行先は告げているかもしれないが、彼らは決して口を割らないだろう。
「とりあえず、今日のやりすぎゲームの文句と痛かったパンチをお前にも食らってもらうんだからな!」
空港のある方向に向かって宣言した。
もしかしたら今頃、クシャミのひとつもしているかもしれない。
ざまぁみろと思いながら、それでも笑顔は絶やさない。
心が躍る。
嬉しくて、どうにかなってしまいそうだ。
再び両手に炎を灯した。
それは願いを叶えるために灯された炎。
諦めていた望みを、手に入れるための炎だ。
ボッと空を焦がす音を立て、綱吉の姿が鉄塔の上から消える。
オレンジ色の光の線が、頭上を一周した後に空港へと向けて放物線を描いた。


ねぇ、リボーン。
ありがとう。
以心伝心とまでは言わないけれど、君には全てがお見通しだったね。
叶わないはずだった我儘を、君はこうして叶えてくれた。
まさかへ本当に二人きりで誕生日を過ごせるなんて、贅沢すぎて眩暈がしそうだ。
ねぇ、リボーン。
俺の我儘はこれで叶ったからさ、今度は君の我儘を教えて。
その胸の奥にある願いを、今度は俺に叶えさせて。
そうして素敵な誕生日にしよう。
世界一幸せな二人になろう。
この先も一緒に年を取っていこう。
何年も、何十年も。
お互いの我儘を叶え合いながら、誕生日を祝おう。

大切な君へ。
産まれてきてくれて、ありがとう。
大好きな家族へ。
産んでくれて、ありがとう。

今、全てに感謝を込めて。

「お誕生日、おめでとう」

心からの、祝福を。


(終)




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