いつものように黄瀬が黒子に挨拶のハグをした時だ。
『あれ?黒子っち身長伸びた?』
何気なく黄瀬が言った言葉に黒子は始めそうですか?と首を傾げた。
『高くなってるっスよ。絶対』
『…自分ではよくわからないです』
『じゃ、計りに行かないっスか!』
黄瀬にそう誘われて、黒子は体育館にある垂直跳び用のメモリの下に立った。
そこで確かめてみれば、確かに本の少しだが黒子の身長が伸びている。
『ほら、やっぱり伸びてたっス』
ニコニコと笑う黄瀬につられたように、黒子も嬉しそうに笑った。
『それなら、青峰くんとの距離も少し縮まりましたよね?』
『青峰っちとの距離?』
『ええ。僕の背が伸びたなら、青峰くんの身長にも少し手が届くようになったんじゃないかと』
いつだって頭一つ分、上にある青峰の身長。
手を伸ばせばギリギリ頭には届くかもしれないが、なかなか埋まらないその距離が、この頃少し寂しいと感じていた。
もっと近づきたい。
もっとそばに居たい。
けれど、二人の身長差は埋まることはなくて…
それがそのまま、最近は心の距離のように感じてしまっている。
埋めたい。少しでもいい。
この距離を、縮めたい。
『だったら実際に比べてみたらどうっスか?きっと青峰っちも気付いてくれるっスよ』
『そうですか?そう…ですね。やってみます』
そうして黒子は、先ほど行動に出たらしいのだが…
「悪りぃテツ…。ちょっとわかんねぇわ…」
「そう…ですよね…」
ようやく理由を聞かされ、青峰は改めて黒子を見下ろすが、出てきた答えはそれだった。
黒子の顔に落胆の影が差す。
「えー?なんでわかんないっスか!」
黄瀬が非難の声を上げるが、正直そんなミリ単位まで黒子の変化のわかる黄瀬の方がおかしい。
「つか、俺も伸びてるし。あんまかわらねぇと思うぞ?」
「…え?青峰くんまだ伸びるんですか?」
「たりめーだろ、今が成長期だ」
「…縮んでしまえばいいのに…」
「なんか言ったか?」
「いえ、別に…」
まぁ確かに、黒子が伸びたのなら青峰や黄瀬だって伸びるはずだ。
今が一番の成長期。
身長なんて、日々変わる。
それでも、黒子は自分の背が伸びた事が嬉しかったし、だからこそ青峰との身長差がどのくらい埋まっているのだろうかと気になって仕方がなかった。
「まぁ、理由は何となくわかった。けどよ…」
とにかく、これで黒子が何をしたかったのかは理解した青峰だったが、もうひとつ疑問が残る。
「けど、だったらあの背伸びはなんだよ?」
そうだ。
黒子はなぜか青峰に動くなと注意しながら必死に踵を上げていた。
そもそもそれが言い合いになった原因だ。
それが無ければ、もう少し話は簡単に進んでいたかもしれない。
今もそうだ。
背を比べるだけなら、そのまま立っているだけでいいんじゃないのかと思ったのだが、
「…少しでも高くして距離を縮めれば、僕の背が伸びたことに気付いてくれる確率も高くなると思ったんです…」
随分と可愛らしい理由を告げられ、青峰の顔が赤面した。
色黒なので少しわかりにくいが…
「黒子っちのそういうところ、可愛くていいっスよねぇvv」
一方の黄瀬は素直に賛辞する。
「黄瀬、お前もう黙れ」
ハートを飛ばして再び黒子に抱き着こうとした黄瀬に、青峰が今度こそ制裁の意味を込めて蹴りを入れた。
その様子を横目で見つめながら、黒子は気付かれないようにそっと息を吐く。
(本当は、距離が縮んだ今なら背伸びをすれば君の視界まで届くんじゃないかと思ったからやったんですが…)
…届かなかった。
青峰の視界の高さに、自分はちっとも届かなかった。


…そうして、縮んだと思った距離は、なぜかますます離されていく。
どんなにどんなに手を伸ばしても、やがて完全に届かなくなって。
背を向け、重ねる事さえ出来なくなった視界は、ついに閉ざされた。



もう君は…僕を見てもくれない…



※ ※ ※



「テツ、どうしたぼーっとして」
「……青峰くん」
「相変わらずとろいなお前は」
「喧嘩売ってるんですか?」
「あんだよ、キレんなよ急に」
ストリートコートにバスケットボールの弾む音が響く。
あの日からずっと、閉ざされた視界を取り戻したくて、どうしてももう一度、青峰に笑って欲しくて…
がむしゃらに戦って、そうしてようやく、少しまだぎこちない形ではるけれど、取り戻した二人の新しい距離。
相変わらず頭一つ分遠いその距離は、けれど、あの頃のように急いで縮めようとは思わなかった。
それは苦い過去から学んだことだ。
焦って、ぶつかって、何もかもを一度亡くした。
それでもあきらめたくなくて、だからもう一度この手に掴んだ。
そうしてやっと気が付いた。
この距離こそが、二人にとって一番いい距離だったのだと。
お互いにとって、必要な距離だったのだと。
無理に縮める必要はない。
埋めようとする必要はない。
開いた距離に、脅えなくてもいい。
背に追いつこうなんて、しなくていい。
近すぎず、けれど、離れすぎず。
お互いがお互いであるために、保たれた距離。
そして、
「青峰くん」
名前を呼んで、掴んだ腕にグッと力を込めた。
頭上にあった視線が、下を向いて黒子を見つめる。
その距離が、徐々に近くなる。
あの日合わせたくて、背を伸ばして掴もうとしていた視線が、今はこんなにも簡単に絡み合う。
そう、この距離は離れているように見えて、けれども触れたいと思う時にすぐに届く距離。それが新しい、自分たちのスタイル。
「君の視界に、僕はいますか?」
「ああ」


言葉少なに笑う君に、僕はただきつくしがみついた。


もう二度と、手放さないように…


(終)



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