「頭ひとつ分の距離」(青黒)


ふと気がつくと、横にいた黒子が何やら必死に背伸びをしていた。
「何やってんだ、テツ」
唐突なその行動が気になって声をかけてみれば、
「あ、動かないでください、青峰くん」
「ふごっ」
青峰の脇腹に容赦のない手刀が突き刺さった。
思わず痛みで体を折る青峰に、だが刺した当人は眉間にシワを寄せる。
「だから動かないでくださいってば」
さらには怒った様子でぷぅっと頬を膨らますしまつだ。
「てめっ!テツこら!!いきなりなにしやがる!!」
その顔は大変可愛いと思うものの、いきなりのこの仕打ちはいただけない。
痛む脇腹を押さえて黒子を睨めば、
「青峰くんが動くから悪いんです。ジッとしててください」
負けじと黒子の大きな目が見つめ返してきた。
そのまましばらくの間お互いの視線がぶつかり合うが、こう言った場合先に折れるのはいつも青峰の方だ。
「ったく、なんだよいったい…」
面倒そうに文句を言いながらも上体を起こし、先程と同じように真っ直ぐに立つ。
すると黒子は満足そうに「それでいいんです」と頷いて、再び踵を持上げる動作に戻った。
「うーん…」
黒子が伸びをするたび、水色の髪がちょうど青峰の頬辺りを掠める。
それが少々くすぐったい。
さらにはなんだか良い匂いがする。
「テツ、お前シャンプーなに使ってんだ?」
「わっ!」
ふわふわと漂う香りに誘われて、近づいてきた頭をわし掴んだ。
そのまま柔らかな髪の中に顔を埋め、スンスンと鼻を鳴らすように匂いを嗅ぐと、
「ちょっ!やめてください!なにしてるんですか!」
ぐいぐいと黒子の手が青峰の手を引き剥がそうと暴れだした。
「動くなって」
今度は逆に青峰にそう言われ、しかしだからと言ってこの状況で動くなと言われる方が無理だ。
両手で頭をガッチリと掴まれ、さらに匂いを嗅がれ。これはもう恥ずかしいどころではない。
完全に羞恥プレイ状態だ。
「離してください!僕今汗くさいですから!」
「んなの俺も一緒だって」
頭が固定された分、手足をバタつかせて抵抗してしみるが、今度はやかましいとばかりに青峰の胸に抱き込まれてしまった。
「あ、青峰くん!!」
密着すればさらに汗くさいのではと黒子は焦るが、青峰は全く気にした様子もなく、むしろさらに呼吸を深くして肺いっぱいに黒子の匂いを吸い込む。
「別に、全然汗くさくなんかねぇよ。むしろさっきより良い匂いすんぞ」
「なにバカなこと言ってるんですか!いいから離してください…!!」
青峰の胸にすっぽりと抱き込まれた形でさらに深く匂いを嗅がれ、黒子の顔が尋常ではないほど赤くなってきた。
「つうか、相変わらずちっちぇな、テツ」
「っ!!」
だが、青峰がそれを口にした時だった。
「ふぐっ!!」
青峰の口から再び呻き声を上がる。
黒子が力一杯掌低を青峰の腹に撃ち込んだからだ。
先程の手刀どころではない衝撃に青峰の体は九の字からゆっくりとそのまま床へ崩れ落ちた。
「あ、青峰くんなんか!そのまま大木みたいに成長して天井に頭でもぶつけてしまえばいいんです!」
そんな青峰の頭部に向かって、黒子は顔を真っ赤にしたままそう吐き捨てる。
悔しいのか怒っているのか、それとも恥ずかしいのか。
おそらく全ての感情がないまぜになっているのだろう。
自分でもどんな顔をすればいいのかわからない様子で、それでも思い付いた罵倒を浴びせるだけ浴びせると、逃げるように青峰に背を向けそのまま体育館の外へと駆け出して行ってしまった。
「テ、テツ?」
その場に置いていかれる形になった青峰はただ呆然としてその背を見送ることしかできず、見えなくなった背中に向かって「なんだよ」と小さく悪態をつくが当然その声は黒子に届くはずもない。
いったい何だったんだとそのまま項垂れていると、黒子の出ていった出入口から今度は黄瀬が体育館の中に入ってきた。
「くーろこっち!どう?うまくいったっすかー…って、あれ?青峰っち、なにしてるんスか?」
「ああ?!」
場違いなほど呑気な声で入ってきた黄瀬に、青峰は苛ついたように声を荒げるが、黄瀬は気にしたふうもなく「なんスか、急に怒んないでよ」と軽い足取りで青峰の側に近づいてきた。
「なんだよ、今誰とも話したくねぇ気分なんだよ」
こちらとしてはじゃれていただけだったのに、唐突に怒られてこの様だ。
できればしばらくほっといて欲しい。
青峰は黄瀬を追い払うように手を払うが、黄瀬はそれを無視してその場で話を始めた。
「黒子っちの姿が見えないっスけど、どこに行ったんスか?」
「知らねぇよ」
「ははーん…その態度…」
途端に何かに気づいた様子で含みのある笑顔を向けてきた。
「残念。青峰っちは気づいてくれなかったんスね。黒子っちかわいそう…」
さらには残念そうに肩を竦める。
明らかに黒子が怒りだしたその理由を知っている態度だ。
「んだよ、テツがかわいそうって…」
暗に青峰の方が悪いと言われ、しかし言われた青峰は首を傾げるばかりだ。
だいたい、現状でかわいそうな目に合わされているのは青峰の方だ。
何の理由も告げられず、いきなり機嫌を損ねたかと思えば腹イグナイトをかまされ。
加えて散々罵倒されそのままおいてけぼりを食らったのだ。
どう考えても青峰の方がかわいそうだろう。
けれども黄瀬はチッチッチッと無駄に良い顔を作って青峰の言い分を否定した。
「青峰っち、本当に何も気づかなかったっスか?俺はすぐに気づいたっスよ?」
黒子の事ならなんでも知っていると、ストーカー一歩手前の発言をかましながら黄瀬が青峰にそう尋ねてくるが、気づくもなにもさっぱり理由のわからない青峰は首を振るしかない。
さらに機嫌も悪くなっていく。
「いいから黄瀬、何か知ってんなら教えやがれ」
「うわ、青峰っち横暴」
「あ゛?!横暴ってのはこういうのを言うんだよ」
「ちょっ!暴力反対!」
ついには拳を振り上げた青峰に黄瀬が両手で頭をガードする。
と、青峰の拳がまさに黄瀬の頭に振り落とされる直前、
「むしろ僕は青峰くんが横暴と言う言葉を知っていた事に驚きです」
「うおっ!?」
「あ!黒子っちー!!助かったっス!」
何時の間に戻ってきたのか、黒子が黄瀬の背後からひょいと姿を現した。
「テツ、お前っ…!」
「黒子っちぃ!!」
すぐさま黒子を捕まえようと青峰が手を伸ばすが、その前に黄瀬がまるで邪魔をするように黒子に抱きついた。
そのままオンオンと泣き真似をしながら「襲われるところだったっス」と訴えギュウギュウと黒子の体を抱き締める。
背後で青峰の機嫌の悪さが明らかに増したのを感じたが、黄瀬はあえてそれを無視した。
「黄瀬くん、暑苦しいです。離してください。セクハラで訴えます」
「うう、さりげなくヒドいっス…」
でもそんな所もたまらないっスと、黒子の柔らかな頬にスリスリと頬を寄せる。
次第にエスカレートしていくスキンシップに、青峰の忍耐が切れた。
「なにやってんだ黄瀬!テツ、こっちに…」
黄瀬から黒子を取り返すべくてを伸ばす。だが、
「行きません。僕、まだ怒ってるんです」
ペンッとその手を黒子本人によってはたかれた。
「…まだ怒ってたのかよ…」
「はい。まだ怒ってます」
ひっつき虫状態になった黄瀬をグイグイと引きはがしにかかりながら、黒子は青峰を見上げる。
その眉間にはまだシワが刻まれたままだ。
「なんなんだよ、いったい…」
未だ黒子の行動の意味が理解できていない青峰は、つのるイライラをどこにぶつけたらいいのかわからず乱暴に自分の頭を掻いた。
まるで癇癪を起こした子供の様子に、ようやく黒子も諦めたように息を吐く。
「そうですね。青峰くんに何も言わずに察しろと言っても無理な話ですよね」
「馬鹿にしてんのか?」
「いいえ」
「やっぱしてんだろ」
「してませんよ」
だんだんと語尾が強くなってきた。
マズイと感じた黄瀬が止めに入る。
「ああ、もう!話進まないっス!いいから青峰っちは黒子っちの話を黙って聞いてくださいっス」
「んだと、黄瀬ぇ…!」
今度は黄瀬に絡み始めた青峰を見て、先に冷静さを取り戻したのは黒子だった。
「青峰くん、話を先に進めましょう」
腰を先に折った事など棚にあげ、青峰の暴走を止めるべく黒子はスルリと黄瀬の腕から抜け出し、そのまま青峰の腕の中に飛び込んだ。
「うおっ」
けっこうな勢いで飛び込んだはずだが、それでも難なく受け止めた青峰にひっそりと微笑む。
「テツ?」
戻ってきた黒子に安堵しつつも、だからと言ってまだ問題が解決した訳ではない。
すると黒子は先程と同様にもう一度ぐっと背伸びをすると、
「どうですか青峰くん。前より少しは僕との距離が近くなった感じがしませんか?」
コテリと首を横に傾けながら、青峰にそう尋ねてきた。
「は?」
だが青峰の方は黒子の問いにあまりピンときた様子もなく、何かを期待したようにこちらをジッと見つめ来る黒子を黙って見下ろす。
「だから、僕と青峰くんの距離が、少し縮まったように感じませんか?」
黒子がもう一度青峰に尋ねた。
それでもわからない様子の青峰に、黄瀬が助け舟を出す。
「黒子っちの身長が伸びたの、気が付かないっスか?青峰っち」
「へ?」
黄瀬に言われ、青峰はそこでようやく黒子が言わんといている事を理解した。
「気づくの遅いっスよ、青峰っちぃ」
「黄瀬くんは直ぐに気づいてくれましたよ?」
「…マジか」
「マジです」
それは今日の朝の事だった。




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