「人の秘密は暴いちゃいけない」


気が付いたらずっと一緒に居ようと約束をしていて。
さらに気が付いたら恋人って関係になっていた。
始めはただのライバルって関係だったはずなのに。
いつから俺はこんなに塔矢の事が好きになっていたんだろう。
そして、いつから塔矢も俺の事を好きでいてくれたんだろう…
そんなことを思っている内に、またも気が付けば同棲なんか始めちゃっていた。
二人で購入したマンション。
名義は塔矢の物になっているけど、半分ずつ出資して買った物件だ。
俺と塔矢、二人だけの住処。
今は、どこよりも居心地の良い、俺の大切な場所になっている。
一緒に住むようになって数年。
俺も塔矢も、お互いにもう隠し事なんてないんじゃないのかって言うくらいお互いの事を知っていた。
阿吽の呼吸っていうの?
何も言わなくても塔矢が欲しいものは分かったし、反対に痒いところに手が届くみたいに塔矢も俺の事をよくわかってくれていた。
でも、実はまだ佐為の事は話せていない。
こんなにお互いを見せ合っているのに、どこかで最後の線引きはまだしていて。
塔矢はそんな俺に少し不満を持っているようだったけれど、でも無理に暴こうとはしなかった。
その優しさが、俺には嬉しかった。
それにさ。なんでも知っているって言っても、やっぱりあんまり知られ過ぎてるのもどうかと思うんだよ。
人には、少しくらいの秘密が必要だ。
それでバランスが取れていると言ってもいいと思う。
塔矢だって、きっと俺に秘密にしている事のひとつやふたつはあるはずだ。
俺はそれを、やっぱり無理に暴こうとは思わないし、それでいいって思ってた。
でもさ…
でもこれは不可抗力だぜ?
知りたくて知った訳じゃない。
本当に、偶然が招いたことだ。
だってまさか…
塔矢がずっと幼いころから日記を書き続けていたなんて…
しかもその内容が、俺にとってかなり恥ずかしい内容だったなんて…!
ああ、人にはやっぱり秘密は必要だ。
出来るなら俺は、この秘密を知りたくはなかった…
神様…。
無理だとはわかっているけどもう一度お願いしたいよ…
俺を…、


俺を、日記を見つけて読む前の時間に戻してくれ!!


※ ※ ※


その日記を見つけたのは、本当に偶然だった。
たまには俺が部屋の掃除をしてやろうと、慣れない掃除を始めたのがそもそもの間違いだ。
綺麗好きな塔矢のおかげで、リビングなど生活に必要な場所は常に綺麗に片付いている。
だから、そんなに掃除をする場所は無かったりするんだけど、今日は天気が良かったんだ。
数日前から、天気のいい日に布団を干したい…と塔矢が言っていたことを思い出した俺は、いそいそと日の高い午前中の内にやってしまおうと思い立ち、自分の布団を干した後に塔矢の布団も干してやろうと奴の部屋に入った。
俺たちは恋人同士ではあったけれど、一応お互いの部屋ってやつを用意している。
やっぱりお互いにひとりっ子って言うのもあるのか、それぞれのプライベート空間を確保したかったからだ。
まぁ、寝るときはだいたいどちらかの部屋になることの方が多いんだけど…
っと、その話はこっちに置いといて、だ。
え?俺から振ってきたんだろうって?
それはまぁ、大目に見てくれよ…
とにかくだ。俺は塔矢の布団も一緒に干してやろうと思って奴の部屋に入ったんだよ。
別に入るなとは言われてないし、本当に俺に見られたくない物があるんだとしたら、きちんと仕舞っておくだろうしな。
だから、俺はいつも通り普通に塔矢の部屋に入って行った。
そこで俺は、見慣れない物が塔矢のベッドの枕元に置かれている事に気が付いたんだ…
それは表紙が固いハードカバーになっているノート。
一見するとノートには見えなかったけど、表紙にタイトルではなく22冊目と覚えのある文字が書かれていたから、俺はそれがノートだって事に気づいた。
そうでなければ、何かの単行本だと思って気にもしなかったろう。
違うと気づいた途端、何気なく興味を惹かれて、俺はそのノートを手に取った。
悪いとは思いつつ、ぺラリと中身を開いてみると、それはどうやら、塔矢の日記らしかった。
「なんだあいつ、几帳面に日記なんかつけてんのかよ」
塔矢らしいと言えば、確かにらしい事だ。
そう言えば、塔矢はやたらと時間に対する記憶がはっきりしている事を思い出した。
俺と塔矢の、プロになってからの初めての対局。
2年4か月ぶりだと、しっかりした数字を口にした塔矢。
きっと、たくさんの出来事をこうして毎日日記に書いているから、あの時もすんなりと出てきたのだろう。
そんな事を思いながら、俺は開いたページの日記を読み…
固まった。
「な、んだ…、これ…」
それから、すぐにカアアアッと顔中が熱くなる。
ちょっと待て…、塔矢、お前…、日記になんてこと書いてやがる!!
それは丁度昨日の日付の日記だ。
『○月×日。晴れ。今日は進藤が僕の為に煮魚を作ってくれた。魚料理は苦手だと言っていたのに、数日前に僕がポツリと食べたいと言った事をどうやら覚えていてくれたらしい。
君が作ってくれた煮魚はとても美味しかったが、僕はそんなふうに僕を思って料理をしてくれる君を、それこそ食べてしまいたい気持ちでいっぱいだった。
明日の朝が早くなければ、うろこを剥がすように君の服を剥ぎ取り、ベッドの上で君を存分に泳がせてからじっくりと煮て食べつくしてしまいたいのに…。
ああ、進藤。残念でならない…』
「ってぇ!なんじゃこりゃあああ!っていうか、何か残念だ、昨夜はしっかり一発やってから寝たじゃねぇかこのエロ河童―!!」
俺は思わず日記を投げた。それはそれは力いっぱい床に投げ捨てた。
けれどもハードカバーのそれはさほどダメージを受けた様子はなく、床にデンとその存在を主張して横たわるだけで終わった。
「くううっ!!」
俺は顔だけでなく耳や首筋までとんでも熱くなるのを自覚した。
あいつ、日記になんてことを書いてやがる…
でもどうしてだろうな。そんな恥ずかしい事が書いてあるとわかってしまっても、人間の心理ってやつは不思議なもんで、それじゃあ他のページにはいったい何が書いてあるんだろうかと、よせばいいのに俺はついもう一度日記を拾い上げて、他のページに目を通してしまった。
そりゃ、予想していたよ。
それを読んだら、自分がとても恥ずかしくなる事もわかっていた。
それでも、なんでかな…
恥ずかしいとわかっていても、読んでみたいとか思ってしまう訳だよ…
なんて言うの?一種のエロ本をこっそり読むみたいな?そんな心理?
『○月×日。曇りのち雨。今日は夕方から雨が降るからと、僕は何度も傘を持って行くように言ったのに、進藤ときたら邪魔だからの一言で傘を持たずに出かけて行ってしまった。
帰ってきた進藤は案の定びしょ濡れで…
そう、びしょ濡れで…
ああ、ダメだよ進藤…!濡れている君はなんて色っぽいんだ!
僕はうっかりそんな君に見惚れてしまった。けれども僕は気が付いてしまった。
君が雨の中を走ってきたと言う事は、濡れて色っぽいこの姿を、外で惜しげもなく晒してきたということ…
ダメだ進藤!僕以外にこんな姿を見せるなんて、そんなことは許さない!
やはり傘を持たせるべきだった。
今度からは傘を必ず持たせる。どうしても嫌だと言うのなら…
そうだ。
僕が君の、傘になろう…』
「って、ポエマーか!!」
思わず日記に向かって突っ込んだ。
うわ、ちょっと待てよ…。
これ本当にあの塔矢が書いたのか?
普段は無口に微笑んでいるあの塔矢が?
ひょっとすると言葉足らずな時もあって寂しいくらいの、あの塔矢が?
ああ、でも中学の頃は検討のたびに大声をあげて喧嘩してたっけ…
熱い部分は、確かにあったな。
なんてったって学校に俺を追いかけてくるくらいだったからな…
そこまで考えて、俺はふと気になった…
うん、気になっちゃったんだよ…
それが余計にいけなかったのかもしれない。
だってさぁ、しょうがないじゃん。人間、好奇心には勝てない生き物なんだよ。
この日記の表紙には、22冊目と書いてあった。
という事は、これの前に21冊分の日記が当然ある。
塔矢の事だ。書き終わったら捨てるなんて事はしないだろう。
絶対にどこかに大事に仕舞ってあるはずだ。
そして、懐かしい中学の頃を思い出したてしまったのもまずかった。
あの頃の日記には…、いったいどんなことが書いてあるんだろう…
あいつ、昔からこんな恥ずかしい日記を書いていたのかな…
(ちょっと見てみたいかも…)
中学生の頃の、あいつの日記。
俺と出会った頃の、日記。
「よし、探そう!」
好奇心に負けた俺は、布団を干すことも忘れて塔矢の日記を探し始めた。
後々、読んだことを必ず後悔するとわかっていても。
自分の好奇心を止める事が、この時の俺にはどうしてもできなかったんだ…

(続く)

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