(あ…、中学生相手に、何やってんだ、俺…)
ハッとしてすぐにバツの悪い顔になる。
加賀の持っている扇子が、現実世界で自分の持っていた扇子と重なって見えたのだ。
そう。佐為から受け取った、あの扇子と…
途端に後悔が押し寄せる。
目の前にある碁盤を見れば、それは酷い有り様だった。
格上が格下をただ黙らせる為に打った碁。
こんな碁は、もう碁ではない。
単なる暴力だ。
「わりぃ…やり過ぎた…」
せっかく久しぶりに碁盤に触れたのに。久しぶりに碁が打てたのに。
怒りに任せて、酷い碁を打った。
どうしても、アキラと碁の事を馬鹿にされ我慢できなかった。
「ごめん…」
もう一度謝って、ヒカルは棋譜を消し去るように碁石を片付け出す。
一刻も早く、ここから立ち去りたかった。
居た堪れない。
(ごめん、佐為…!ごめん!)
佐為に教えて貰った碁を、汚した気がしてならない。
「帰る…」
早くひとりになりたくて、力なくそう告げて帰ろうとした。
その時だ。
帰る事を阻止するように、突然加賀に手を掴まれた。
「待て…」
まだどこか茫然とした瞳がヒカルを見つめる。
けれどもしばらくして何かを決意したように加賀の瞳に光が戻った。
「筒井!」
そうして、加賀の隣で同じように茫然としていた筒井に向かって慌てたように声をかける。
「制服脱げ!三人目だ!」
「え?え?なに?なんのこと?」
突然呼ばれた筒井は何を言われているのか理解できず目を白黒させていたがやがて加賀の言う三人目の言葉に思い当たりハッとしてヒカルの顔を見た。
「え?でも…」
彼はまだ小学生だ。
戸惑う声を上げる筒井に、ヒカルも加賀が何を言わんとしているのか気づいた。
「嫌だ!!」
直ぐに声を上げた。
加賀が何かを言い出す前に、キッパリと拒否する。
「三人目」「まだ小学生」そのキーワードが出揃えば、あとはもう答えはひとつだ。
海王中学で行われる囲碁大会。
きっと加賀は、それにヒカルを出場させる気だ。
それは絶対に避けたかった。
そこに行くわけにはいかなかった。
(だって、塔矢が来るんだ!!)
そうだ。あの大会の会場に、アキラは現れた。
佐為が打った一局を見て、ヒカルを追いかけると決意したあの日だ。
アキラとヒカルの関係が動き出し、そしてヒカルが真剣に囲碁の道を目指すことになったきっかけの大会…
(ダメだ!ダメだ!それならなおさら変えなきゃならない…!)
その運命を、どうしたって変えなければならない。
「嫌だ!絶対に行かねぇ!!」
もう一度強く拒否を示したヒカルに、
「まだ俺は何も言ってねぇだろうが!」
加賀も負けじと声を荒げた。
「嫌だとは言わせねぇ!お前にはある事に協力して貰いてぇ」
「勝ったのは俺だ!聞く謂れはねぇ!!」
「だがこの碁にお前は納得してねぇだろ!!」
「っ!」
ごめんと俯いたヒカルの表情を加賀は見逃していなかった。
勝ち負け以前に、勝負ですら無い碁だったとヒカルも分かっている。
けれど…
(けど、ここで頷くわけにはいかないんだ…!)
この夢は多少の違いはあるが確実に過去にあったそのままで進んでいる。
ならばきっと、アキラは大会に来るだろう。
まるで何かに導かれるように、再び二人が出会うために…
(ダメだ…、塔矢に会っちゃダメだ…)
警告が鳴り響く。
早くここから立ち去れと訴えている。
けれども加賀はガッチリとヒカルの手を掴んだままで離してくれない。
「頼む!」
ついにはガバリとヒカルに向かって頭を下げてきた。
こんなに必死な加賀を、ヒカルは見たことがない。
「頼む!こいつは俺と違って純粋に碁を愛してる。それなのに、このままじゃこいつの囲碁部がなくなっちまうかもしれねぇんだ!!」
こいつ、と言いながら加賀は筒井を指した。
筒井がどれだけ囲碁を愛しているのかはヒカルも知っている。
何より、筒井がいたからヒカルは大会の楽しさを知ることができたのだ。
そんな筒井作った囲碁部が無くなるとは、いったいどういうことなのだろうか?
「え?」
再び疑問の声をだしたヒカルに、加賀はどこか苦しそうに眉をしかめた。
「実はな、今度の大会でそれなりの成績を残さねぇと、囲碁部は存続できなくなるなんだ…」
言いながら筒井に視線を投げる。
そんな加賀の言葉を受け、筒井は悔しげに唇を噛んだ。
「そんな…」
嘘だ、と言葉が出かかった。
だってあれは…、加賀のついた嘘だったのではないか…
過去の記憶が蘇る。
あの日の加賀の言葉は、ヒカルに本気を出させるために言った嘘のはずだ。
けれど…
(何かが違う…)
そう直感した。
言葉を飲み込む。
何より、筒井の顔に嘘は見えない。
本気で、悲しんでいるように見えた。
(本当…なのか?)
黙り込んだヒカルに、筒井が小さくコクリと頷いた。
「囲碁部には、もう部員も僕しか居ない。今度の大会で成績が残せないようなら、廃部になるんだ…」
「そん…な…」
どうして…?
これではまるで、ヒカルがどうしても大会に出なければならないように仕組まれたようではないか…
(!!まさか、そうなのか?)
その可能性に気付いた瞬間、まさかと思いながらも愕然とした。
まさか、そんなはずはない。
そう思いたいのに、思えない。まるで否定しきれない。
変えたいはずなのに、変わらない夢。
無理に変えようとすれば、まるで修正がかかるように道が閉ざされ強制的に元のシナリオへと戻される。
どんなに変えようとしたって、流れは変わらない。
そう、変えられない。
今のように大会に出ないようにしようとすれば、強制的に出ざる得ない方向へ道を修正される。
(なんなんだよ、いったい…、なんなんだよ!!)
この夢は、何かを変えるために見ているんじゃないのか?
自分とアキラの関係を変えるために、何かをやり直すために見ているのではないのか!?
頭が混乱してきた。
だって、もうわからない。
結果が変わらないなら、それならばどうしてこんな夢を見ているというのだ。
同じ結果になるなら、ここに居ても何も意味がないではないか。
どうして変わらない?
どうして変えられない?!
「出てくれるよな?」
筒井の制服を差し出してくる加賀の姿に、どうしてだろう、ヒカルはなぜかアキラの姿がダブって見えた。
それも、現実世界の大人に成長したアキラの姿だ。
ああ、笑っている。
うっすらとこちらを見て、アキラが笑っている。
その笑みに、ヒカルは恐怖を覚えた。


…そう。
何をどうやり直したって、変わらないんだよ、進藤。
僕たちは、どうしたって出会う運命にあるんだ。


どこか…頭の隅の方から、アキラの声が聞こえた気がした。


変えられないんだ。
だから、もう諦めて帰っておいで?


「塔矢…」
視界が霞む。
世界が歪む。
そのまま再び、ヒカルの意識は暗闇に落ちた。





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