「いつだって彼は本気なのです」

いつも遊びに来ていただいているお客様、もも様より素敵な会話文をいただきましたvv
その会話文に文章をつけさせていただける許可をいただきまして、さっそく書かせていただきましたvv
頂いた会話の雰囲気を壊さないよう頑張ってみましたが、いかがでしょうか。
もも様、ありがとうございましたーvv


    



それは4月1日。
エイプリルフールに起きた出来事。


「塔矢」
それはいつもの碁会所で起きた。
一局終えて検討も一段落つき、ふっとお互いに気を抜いてお茶を手にしていた時だ。
何かを思い出したようにヒカルがアキラに声をかけた。
「なんだい進藤」
検討の内容が事の他良かったらしく普段にはない上機嫌の表情でアキラはヒカルを見た。
そんなアキラにヒカルも負けないほどの笑顔を向けると、ちょいちょいと手招きをする。
なんだろうとアキラが傍に顔を近づけると、同じようにヒカルも顔を近づけてきたため必然的にお互いの額がコツンとぶつかった。
だが日頃からその距離には二人とも慣れているため特に気にする事もなく、ヒカルはさらに内緒話をするように口元に手を当て、アキラをジッと見つめてくる。
その目が、どうにも悪戯を含んでいた。
アキラは嫌な予感がしつつも、ヒカルの言葉をじっと待つ。
すると、
「今日パンツはいてくるのわすれちゃった」
てへvv
と舌を出しながらまるで消しゴムでも忘れたような雰囲気でヒカルがそう告げる。
「なっ…!」
だが、その内容は決して消しゴムなんて可愛い忘れ物ではない。
というか、普通はそれを忘れたりしないだろう?
(ま…まさか…、そんな…!!)
アキラは聞き違いではないかと己の耳を疑ったが、きっと間違いはないだろう。
ヒカルは確かに、「パンツ」を履いてくるのを「忘れた」、と…
「な…なんだと!?君は、君は…自覚がなさすぎる!!君の可愛い無防備なお尻を人目に晒しながらここまで来たというのか!!いったい何人に…!」
当然取り乱した。
完全に取り乱した。
そして完全に目が血走っている。
ていうか、可愛いお尻ってなんだ。
しかも晒してきたって、それではまるでヒカルが尻を剥き出しにして歩いてきたようではないか。
「同じようなものだ!僕にはもう君が裸同然で歩いてるようにしか見えないよ!」
「えー…」
まさかのドン引き発言に脱力する…
(…惚れる相手、絶対間違えたよな俺…)
そんな暴走アキラを前にするたびにそう思うのだが、いかんせん惚れてしまったものは仕方がない。
まるごと愛せ。
どこかで誰かがそう言っている声が聞こえた。
そう、これが塔矢アキラなのだと…
(って、悟ってる場合じゃねぇ!)
そんな感じでうっかり事態に流されかけたヒカルだが、慌てて首を横に振った。
そうだった。いくらここが馴染みの碁会所とは言え、こんな暴走列車状態になったアキラをいつまでも放っておくわけにはいかない。
「な、なぁ、塔矢、聞けって、あのな…!」
まだあらぶっているアキラをすぐにでも止めなければと、仕方なくヒカルは即ネタバレを告げることにした。
そう。実はパンツを履きわすれたなんて嘘だ。
そんなことあるはずがない。
ならどうしてそんな嘘を吐いたのかと言えば、理由は簡単だ。
今日がエイプリルフールだったからである。
そう、たわいもない嘘。
ただの冗談のつもりだった。
まさかアキラがそんなに真剣に受けとるなんて誰が思っ…いや、そうだった…思い出した。
アキラに冗談は通じない…
(しまった…それを忘れてたぜ…)
アキラには昔から冗談が通じない…
それをウッカリ失念していた、これはヒカルの完全なるミスだ。
(しかたねぇ、さっさと話をきりあげる!)
「落ち着け塔矢!あのな、今日はエイプリ…」
「だが!安心してくれ進藤。今日は君に渡そうと偶然持ってきた物があるんだ」
「はい?」
しかし、ネタバレしようとしたヒカルの言葉を遮り、アキラは勢いよくヒカルの手を取った。
大丈夫だ、何も心配ない。
アキラの真っ直ぐで真剣な眼差しがヒカルにそう語ってくるが、正直ちっとも大丈夫な気がしない。
「とう…や?」
戸惑うヒカルにアキラはニッコリと微笑むと、一旦ヒカルの手を離し、そのまま市河のいるカウンターへと歩いていく。
迷うことなく背筋を伸ばして歩く姿はいつもと何も変わりなく見えるが、どうしてだろうか…
(すっげぇ嫌な予感がすんだけど…)
不安から目を逸らすことができずにヒカルはアキラの背中をジッと見守った。
もし少しでも何か不振な動きがあればすぐにでも止めに行けるよう、椅子から腰を僅かに浮かす。
そんなヒカルの心配をよそに、アキラはカウンターで市河に話しかけ、自分の鞄を受け取った。
そのまま鞄を持って席に戻ってくると、鞄を開け中から紙袋を取りだしてヒカルにそれを差し出してくる。
「何コレ?あけるぞ?」
「どうぞ」
にこやかに促されるまま、ヒカルは受け取った紙袋を開ける。
すると中には一枚の布が入っていた。
「タオル?」
「違うよ」
「ハンカチ?」
「それも違う」
「?」
ヒカルにとって布と言えばそういった類いのものしか思い付かない。
だがアキラはどちらも違うと言う。
タオルやハンカチではないというのなら、これはいったいなんなのか…
どうやら見た目だけでは判断ができそうにないと気づいたヒカルは、それを袋から取り出してみた。
そのままベロリと拡げ…
「んげっ!」
ビクリと一瞬体を揺らして硬直した。
(ななななな…なにこれ…!)
パクパクと口を開く。
ついでに心臓も口の動きに合わせてバクバクいっている。
それは確かにタオルでもハンカチでも無かった。
一見すればただの一枚布だからタオルで通じるかも知れない。
だがそのタオルの端には腰ひもが着いている。
そう…腰ひもが…
「もしかしてこれって…」
「気に入ってくれたかい?」
さらに鮮やかな笑顔でアキラがヒカルに訊ねてくる。
いや、気に入るも何も…
「褌…?」
確かめるようにアキラに聞けば、アキラはコクリと頷いた。
そう。褌だ。
ヒカルが今手にしているのは、紛れもない褌だ!
しかもちょっとお洒落な迷彩柄だ!!
「ちょっ!!」
カウンターでそれに気づいた市河が慌てたように視線を逸らした。
それを合図に此方を見ていた常連の客たちもスッと視線を逸らしだす。
「え?ちょっ、まっ…」
つい助けを求めるように隣の席にいた北島たちに視線を送るも、此方も華麗にスルーされた。
なにこれ、俺完全に孤軍状態?
(そんなバカな…!)
戦慄が走る。
普段は呼ばなくても口を挟んでくる面々が、どうして今日に限って距離をとる…?!
ひとりにしないで、お願い!とヒカルは必死になって北島たちにヘルプを送るが、頑なに此方を見ようとしない…
(ひでぇ!俺に一人でこの暴走列車を止めろってのかよ!?)
「ふふ。買っておいて正解だったね。これで君の可愛いお尻も安全だ。僕もこれで一安心だよ」
そうこうしている内にアキラが勝手に話を進めていく。
おい、なんだこの流れ…
まさかここでこれを着けろとか言い出すわけじゃあるまいな…?
…言い出しそうだな、おい…
「あ〜、えーと…。塔矢…オレはコレをどうしたら?」
それでも僅かな希望を託してヒカルは涙目になりながらアキラに尋ねてみた。
「もちろん使ってくれ。今から。君の趣味を考慮して迷彩柄にしてみたんだ。今時だろう?」
するとキラッキラとした瞳で、当然のようにそう返された。
「いや、柄とかの問題じゃ…」
「ちなみにボクは純白でお揃いだよ。君色に染まりたいボクの気持ちで決めてみた」
あ、ダメだコレ。完全に本気だ。本気と書いてマジと読むタイプの真剣さだ。
いやしかし…、しかしだ!
だからと言ってここで…この場で褌に着替える訳にはいかないだろう?!
なぁ、塔矢!!
ヒカルは全力でアキラにそう問いかけてみた。
しかしアキラは譲らない。
どうしてこのタイミングで褌を持っていたのか。
迷彩柄がいまどきってどんなセンスだよ。
ていうか、褌を俺色に染めてどうする気だ!
突っ込みたいことは山ほどある。
あるがそれより、今はまずこの危機を脱する方が何より優先だ。
(よし、こうなったら…!)
ヒカルは最後の可能性に賭けてみる事にした。
ひとつ残った可能性。
それは、もしかしたらアキラはヒカルの嘘が分かっている上で冗談を言っているのではないか…という可能性だ。
無くはない。
そうだ。今日がエイプリルフールだと知っていて、だから褌なんてアイテムを持ってきて、ヒカルを驚かそうなんて魂胆じゃ…
(そ、そうだ!そうに決まってる!)
頼む、そうであってくれ!
「なぁ塔矢、これって冗談だよな?」
最後の希望を込めて、ヒカルは褌を握り締めながらアキラに尋ねた。
お願いだ。その口で「もちろん冗談だ」と、そう言ってくれ!
「え?」
しかしアキラは何の事とかと首を傾げる。
(いいや!マダだ!)
だがまだ希望は捨てない!
それも演技である可能性がまだ残っている。
可能性がゼロでない限り諦めるな!
そうだろう?!
ヒカルは必死だ。
いつも以上に必死だ。
「なぁ、塔矢。もういいだろう?」
「なにがだい?」
「いやぁ、お前のウソ凝ってるよなぁ。オレすっかり騙されちゃったぜ」
お前の冗談は見抜いているぞと、ヒカルは笑ってアキラの肩を叩いた。
だが…
「冗談だって?ボクはいつでも本気だよ」
酷く真面目な顔で言い切られた。
ヒカルの願いはそこで途絶えて呆気なく終わる。
「ですよね…」
ええ。知ってました。
アキラが冗談なんて言えない事。
そんなこと、本当はとっくに理解しておりました。
けれど…
けれども!!
「なぁ塔矢。エイプリルフールって、知ってるか?」
「さあ?知らないな。なんだいそれ。さ、そんなことより進藤!早くトイレに行こう!使い方が分からなかったらボクが全部してあげるよ!いや、むしろさせてくれ!!」
「って!ギャー!やめろ!嫌だってば!セクハラすんな!!ていうかお前はまず世間の常識を学べ!エイプリルフールを学んで来い!って、わあああ!離せ、離せ、馬鹿塔矢ああああ!!!」
じたばたと暴れるヒカルの腕を、有無を言わさぬ力でアキラが引っ張って行く。
そのままにこやかな笑顔で市河にトイレを借りる許可をもらうと、二人の姿はそのままトイレの中へと消えていった。
「冗談…よね?」
なんともなしに呟いた市河の声に、一部始終を見ていた面々は微妙な顔になって俯いたらしい。


4月1日。
エイプリルフール。
この年からこの日は、魔の1日と呼ばれるようになったとか…
ならないとか…

「さぁ!男は黙って褌だ!」
「うるせぇ、コノヤロ!歯ぁくいしばれぇえええ!!」



(終)

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