「フラワーバレンタインって何だ?」
首を傾げながらも、興味をひかれてヒカルは広告の内容に目を通してみた。
男性から女性へ。
バレンタインに花を贈ろう。
そんな趣旨の内容だ。
「ふぅん…」
さして興味も無さそうな顔をしながら、けれどもヒカルの視線はそこから動こうとしない。
目の奥に真剣さが宿っている。
それは、碁盤を見つめている時によく見る眼差し。
深く深く思考に入り込み、何手も先を読んでいる。その時の目に、よく似ていた。
そのまましばらく広告を見つめ、やがてヒカルは何かを決意したように顔を上げると、ティッシュをポケットにしまいなおし、「よし」と小さく声に出して自分に気合いを入れた。
そこにちょうどよくホームへ電車が滑り込んでくる。
前髪が風圧で揺れ、完全に停止した後に開いたドアから次々と人が降り、入れ替わるようにホームにいた人たちが中へと収納されていく。
ヒカルも、波に合わせて足を一歩踏み出した。
けれどもそれは、開いたドアとは反対の方向だ。
人並みに逆らい、ヒカルはクルリとドアに背を向けて出口を目指す。
来た道を戻るヒカルに、何人かが怪訝そうな顔でヒカルを見たが、それも直ぐに逸らされて終わる。
ヒカルも気にせず、改めて決めた目的の場所に向かってズンズンと歩きだした。
(そうだな、花なら…)
花ならば、買ってもいいかもしれない…。
そんな気持ちの変化が、ヒカルに生まれていた。
チョコレートを買う気は無い。
自分は女性ではないし、今からチョコレートを買いに走る事にも抵抗がある。
しかし花ならば…
(花なら、買ってやってもいい)
そう思った。
正直自分でも素直じゃないなと思う。
なんだその上から目線はと、自分がそれを言われたら感じる事だろう。
けれど、バレンタインデーに何かを贈ろうとヒカルが思うこと自体が、かなりの進歩だ。
本当なら、このまま何も贈る事なく通り過ぎるはずだったバレンタイン。
それでいいと思っていたし、アキラさえ傍にいてくれたらいいと思っていた。
(でも、それだけじゃやっぱり寂しいよな…)
『僕は…、僕はこの日を指折り数えてずっと待っていたのに…!』
碁会所でのアキラの言葉を思い出す。
随分と大げさな事を言うものだと思ったけれど、今なら少しだけ、その気持ちが分かる気がした。
(そうだよな。だって俺たち、恋人どうしなんだ…)
それは秘めた恋ではあるけれど。
それでも二人は、恋人同士なのだ。
「そうだよな!」
なら、ちょっとくらいはその期待に応えてやってもいいだろう。
チョコレートではないけれど、花だって立派な贈り物だ。
男性から女性に、思いと感謝の気持ちを込めた贈り物。
「フラワーバレンタインか。なかなかいい企画じゃん!」
ヒカルはポケットの中のティッシュに感謝しながら駅を後にする。
目指すのはもちろん、花屋だ。
(まぁ、塔矢も女じゃないけどな…)
先に失礼な事を言ってきたのはアキラの方だ。
だからちょっとだけ、意趣返しも含めている。
「へへっ。ビックリしろ、塔矢!」
怒って帰ったヒカルに、アキラはもう今日は会えないと諦めているだろう。
そこに現れてやれば、どれだけアキラは驚くだろうか。
その顔を想像すると、バレンタインもさほど悪くはないなんて気分にまでなってしまう。
我ながら単純だ。
さっきまで怒っていたのに、もう笑顔になっているなんて。
でも、それがきっと恋なんだと思う。
相手の行動ひとつで、泣いて笑って。
そうしてひとつずつ、相手を理解していく。
もっともっと好きになっていく。
(…いつか…)
そうして二人で年を重ねて。縁側で二人、白髪頭で碁を打ちながら、ただ傍に居るだけで気持ちが通じているような、いつかはそんな関係になりたい。
そんな二人に、なりたい。
だから今は、一喜一憂。
たくさんの経験を、二人で積み重ねていこう。
今日の事だってきっと、二人がまた一歩近づくための大切な軌跡になるはずだから。



プルルッとケータイに着信を入れる。
心臓が少し、ドキドキとうるさくなる。
『もしもし、進藤!さっきは…』
あいつが急いだ様子で応答する。
「なぁ塔矢、お前、今、家?」
言葉をさえぎって、尋ねた。
『え?ああ、そうだけど…、それより…』
困惑した声。その声に、つい笑ってしまう。
「なぁ、お前ん家に今から行っていい?」
『それは、かまわないよ。その、実は進藤…君に…』
「あのさぁ、塔矢。俺、お前に…」
――渡したい物があるんだ――
重なり合った、声が二つ。
ああ、なんだ。
考えていることは一緒なのか。
なんだか気持ちが、くすぐったくなった。
そしてすぐに、嬉しくなった。

君のために赤いバラを。
二人合わせて、両手以上の花束を。

初めて君に、贈り物をするよ。
愛を込めて。
幸せと花束のバレンタイン。


(終)



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