「今年もきました、にゃんにゃんにゃんの日」



「おい!今年もこの日が来たぞ、ツナ!!」
「うん、そうだねー」
「…ノリが悪いぞ」
いつのもように勢い良くドアを開け室内に入ってきたリボーンに、しかし綱吉は驚く事もなく黙々と書類作成を続行したまま顔も上げずに頷いた。
今日は2月22日。
いわゆる「にゃんにゃんにゃんの日」である。
気が付いたのは、昨日の事。
たまたまカレンダーを見ていた綱吉は、翌日がその日に当たる事を知った。
同時に、己の家庭教師様がどういったい行動に出るのか、超直感を使わずともだいたいの予想はつていた。
なにしろリボーンはイベント大好き人間だ。
あらゆる行事を見つけては便乗して騒ぐことに命を懸けていると言ってもきっと過言ではない。
ならば当然、この日も何かを仕掛けてくるに違いない。
しかもだ、大体の確立においてそんな日は、綱吉にとってとても不都合な仕掛けを用意してくる…
綱吉はブルリと震えた。
いったいどんな用意をしてくる気なのだろうか…
考えるだけで恐ろしい。
何よりこの日は語呂が悪い。
だって「にゃんにゃんにゃんの日」だ。
各方面に深読みが可能な語呂なのだ。
素直に猫の日と解釈してくれればいいが、猫とかけて何か別の方向に流れる可能性も捨てられなかった。
年々親父化しているリボーンのことだ、アッチ方面に話が流れる確率の方が高い。
だとすれば、綱吉の取る行動はもはやひとつ。
事前回避。
それしかないのである。
だが今回は、早めに日付に気が付いたおかげで事前に対策を練る時間が充分にあった。
それだけはありがたい事だ。
なので綱吉は、リボーンが部屋に入ってきたその瞬間にも驚くことなく迎える事ができたのである。
そして、
「今日は何があっても付き合わないからね。本気で仕事がヤバイから」
こちらから仕掛ける余裕さえあった。
そんな自分に綱吉は、「俺って凄い!」と胸中で自画自賛するが、出鼻を挫かれた形になったリボーンにしてみれば、とても面白くない。
不機嫌を隠さず顔に出せば、逆に綱吉の顔は喜びで明るくなった。
しかしまだ油断は禁物だ。
相手はあのリボーンである。
うまく出鼻を挫こうが、構わず話を強引に進められては終わりだ。
仕事が忙しいと言う理由くらいでは、リボーンは絶対に諦めない。
リボーンを止めるには、さらにもうひと押し。
強力な理由が必要だ。
「それにこの後、緊急でシモンファミリーとの会合が入ってるから」
ジッとリボーンの目を見つめ、綱吉は「だから付き合えないよ?」と意思を伝える。
「シモンとだと?」
「うん」
「聞いてねぇぞ」
「言ってないからね」
「……」
正直に言えば、シモンとの会合は今日でなくともよかった。
さらには緊急でもないし、時間の都合が合えば聞いて欲しい話があると炎真から以前に申し入れがあっただけの話なのである。
だがこのタイミングにその話はちょうどよかった。
そこで綱吉は、半ば強制的にそれを今日の予定に組み入れたのだ。
「ちっ!」
通常業務に会合まであるとなれば、リボーンも諦めるしかない。
ふてくされたように室内にあるソファーにドカリと腰を下ろすと、口をヘの字に曲げてゴロリと転がった。
その姿を確認して、綱吉は勝利の拳をひそやかに握ると、上機嫌で書類作成に戻る。
いやまさか、本当にこんなに上手くいくとは思ってもみなかった。
どこかで反撃をくらうとばかり思っていたから、喜びもひとしおだ。
だがしかし、なぜだろう…
見るからに凹んで両手両足を投げ出しているリボーンを見ると、勝った嬉しさより、どこか拍子抜けした気持ちと、同時に、
(少し悪い事をしたかな…)
なんだかこちらが悪い事をしてしまったような、そんな罪悪感が生まれてきた。
(いやいや、だからってリボーンの計画に乗るわけにはいかないから)
慌て首を横に振る。
せっかく回避したのだ。自ら首を突っ込むようなことをしてどうする。
けれど…
(気になる…)
一度気になりだすと、どうにも仕事がはかどらなくなった。
リボーンはいったい、どんな計画を立てていたのだろう。
まぁ、たぶん。十中八九はろくでもない計画だとは思う。
経験上からしてまず間違いはない。
だが百万が一…もしも綱吉にとっても嬉しい計画だったとしたら…?
(って、いや、ないないないない!!絶対ない!)
さらにブンブンと首を振る。
振りすぎて若干眩暈がした。
(でもなぁ…あそこまで凹まれると、リボーンなりに良い事を考えてきたかもしれない計画を俺が潰したように思えてくるよな…)
近年であんなに凹んでいるリボーンを見たことが果たしてあったろうか…
きっと無い。
ここまではさすがに無いはずだ。
するとだんだんと罪悪感の方が強くなって胸が痛くなってきた。
(って、ダメだ!ここで絆されたらいつもと同じだ!)
グッと拳をまたさっきとは違った思いを込めて握り締める。
そうだ。今回は何が何でも計画を阻止するのだ!
胸の痛みを誤魔化すように、綱吉は強く自分にそう言い聞かせると、切り替えるようにひとつ大きく息を吸って、そのまま極力リボーンを見ないようにしながら再び書類へと向き直った。
うん。これで大丈夫。
何も心配することは無い。
自分は間違っていない。
なにより、最大の危機は回避できたのだ。
ここは喜ぶべきところだ。
そうだ。毎回毎回、リボーンの遊びに付き合っている暇はない。
付き合った所でどうせろくな事じゃない。
痛い目を見るのは、いつも自分なのだから…
(でも本当に、リボーンはどんな計画を立ててたのかな…)
もうこれ以上は考えないように。
そう自分に言い聞かせ、けれども考えないようにすればするほど、気になって仕方ない。
(ダメだ。気にしちゃダメだ)
気にしたら負けだ。
全て水の泡だ。
(でもやっぱり気になるよ…)
いや、ダメだ。それでも考えてはいけない。
(分かってるさ、でも…)
なぜだろう。
何も無ければ無いで気になるなんて、自分はどれだけ不幸体質なんだ…
(ああ、どうしよう…。でも今更何を用意してたの?なんて…聞けないよね…)
チラリとリボーンの様子を伺った。
先ほど同様、リボーンはソファーに寝そべり、顔に帽子をかぶせて表情を隠している。
寝ているのか、それともまだ拗ねているのか。
知りたくとも帽子が邪魔をして教えてもらえない。
(どうするよ、俺…)
そわりと綱吉の体が揺れた。
気になる…
気になる…
ああ、もうダメだ。
限界だった。
(そうだ。話だけでも聞いてみよう)
にょきりと好奇心が顔を出す。
それはもうとても元気に。
(うん。話だけ。それだけなら!)
実行するかしないかは後にして、リボーンがどんな計画を立てていたのかだけでも聞いてみたらどうだろうか。
でも聞いたら実行されちゃいそうだ。
持っていたペンをくるくると指の間で回し、綱吉は己と格闘する。
聞くべきか、しかし平穏のためにこのまま無視をするべきか。
(困った…!!)
ついに頭を抱えて机に突っ伏した時だ。
「なんだ、そんなに難しい案件でもあるのか?」
「ほえ!?」
いきなり耳元でリボーンの声がして、綱吉はガバリと起き上がった。
見れば、ソファーで寝ていたはずのリボーンが、いつの間にか綱吉のすぐ隣に居る。
「い、いつの間に!!」
心臓が本気で胸を突き破って出てくるんじゃないかと思うほど跳ねた。
だって本当にいつの間に!?
さっきまでソファーの上に居たはずだ。
移動した気配などちっとも感じなかった。
「ふん、ツナごときに俺様の動きが読めるはずねぇぞ」
「俺これでも超直感持ちの組織のボスなんだけど…」
「俺に言わせりゃ、まだまだひよっこだ」
「うっ…」
返す言葉もない。
そのまま何も言えずに黙っていると、
「ま、仕事もいいけど、少しは休め。コーヒー淹れてやるぞ」
「は?」
フッと耳元で笑う気配がして、そのままリボーンは備え付けの簡易キッチンに消えていった。
その背中を綱吉はぼんやりとしたまま見送る。
見送って、それから一拍置いて気が付いた。
何か今、目の前で信じられない事が起こっている事に。
(う…嘘だろ…、リボーンが優しいなんて…!!)
さっきまで凹んでいた姿はどこにいったのだろう。
急に一転して行動を始めたリボーンに、綱吉の思考がなかなか追いつかない。
「そんな馬鹿な…」
「何が馬鹿なだ。せっかくツナが真面目に仕事しようって気になってんだ。応援してやるのが先生ってもんだろ」
「応援されたことないし…」
「んだと?」
「いえ、なんでもないです」
慌てて口を塞いだ。
「まぁいい。ほら、せっかく淹れてやったんだから飲めよ。感謝しながらな」
「そこまでいうなら自分で淹れるよ…」
言いながらも、綱吉はリボーンが持ってきたコップを素直に受け取った。
この時、もう少し注意していればよかったと、綱吉は後悔する。
そう。
良く考えてみれば、リボーンが淹れるコーヒーが、こんなに短時間で出来上がったりなどしないのだ。
それに、デミカップではなく普通のマグカップであったこと。
ブラックではなく、明らかに何か混入された色になっていたこと。
冷静に考えれば、おかしなことは山ほどあったのだ。
けれどもこの時の綱吉は、リボーンに初めて勝った嬉しさと、しかしそのせいで感じていた罪悪感、さらには突然の優しさに戸惑うばかりで、思考が全く働いていなかった。
そのため、出されたものを素直に受け取り、疑うことなく口に含んでしまったのだ。
「って、うわっ!マズッ!!なにこれ!!」
「はっはー!!かかったな、ツナ!!」
リボーンが両手を上げて喜んだ。
綱吉は盛大に口に含んだものを吐き出した。
だが全部は吐き出せずに少しばかり飲み込んでしまう。
「な、何を混入したニャ!!…ニャ?」
カップを床に投げ捨て綱吉は抗議しようと袖口で口元を拭い叫ぶが…なにやら語尾がおかしいことに気が付いた。
なんだ、今…
意識せず言葉の語尾が勝手に追加された…
「にゃ…にゃに?」
さらにはなんだか頭とお尻のあたりがもぞもぞとしだす。
「ふん。今日はにゃんにゃんにゃんの日だ。だからヴェルデに特別な薬を用意してもらったんだぞ」
ニヤリと、リボーンの口端がそれはそれは楽しそうに持ち上がった。
その顔を見て、綱吉はようやく理解した。
間違いない。リボーンが凹んでいたあの姿は、全てこのための演技だったのだと。
出鼻を挫かれたのは確かに痛かったのだろう。
リボーンにしてみれば、部屋に入った瞬間に有無も言わさずこれを飲ませる気でいたに違いない。
しかし思のほか綱吉の作戦がうまくいき、仕方なくリボーンは次のタイミングを待つことにした。
嬉しそうに書類に向かう綱吉を帽子の陰からじっと見つめる。
そのまま数分。
チャンスは以外にもあっさりとやってきた。
「猫を愛でる日だからな。俺はツナにゃんこを愛でる事にしたんだぞ」
「にゃにを馬鹿にゃ…」
薬の副作用だろうか…
だんだんと体の力が抜けだした。
そのまま綱吉はペタリと床に座り込む。
徐々に綱吉の頭に、髪色と同じ色をしたふわふわの猫耳が生えてきた。
さらには尻尾も生えてくる。
「猫耳と尻尾、それからな行と語尾の発音が全てにゃあになる薬だ」
「まんまじゃにゃいか…」
「似合ってるぞ、ツナ」
ウキウキとした足取りで、リボーンが綱吉の目の前にしゃがみ込んだ。
柔らかい猫耳を満足そうに撫で、フッと息を吹きかける。
ザワリと綱吉の背中に震えが走った。
生えてきた耳は、性感帯のひとつらしい。
「さぁ、ツナにゃんこ。可愛い尻尾も俺にじっくりと見せてくれ。もちろんベッドの上でな」
「くっそ、こにょ変態…!!」
「変態結構。俺は自分の欲望に忠実に生きる」
「ふにゃあぁ…」
綱吉が絶望の声を上げ…
だがここで、リボーンでさえも予期せぬ事態が起こった。
「ん?」
なぜか綱吉の体が、だんだんと小さくなっていく。
「おい、ツナ?」
綱吉はきつく目を閉じ、なぜかそのまま眠ってしまった。
そうしてさらに体が小さくなる。
同時に、綱吉の体の曲線が変化しだした。
そう、まるで本物の猫の骨格に…
「って、おい、待て!!」
慌てたのはリボーンだ。
ヴェルデに頼んだ薬は、綱吉に猫耳と尻尾を生やすだけの薬だったはず。
確かにオプションとして言葉も変化するよう頼んだ。
頼んだが…
「本物の猫にしろとは、一言も言ってねぇぞあのエセ科学者ああああ!!!」
リボーンの怒りが爆発する。
そうこうしている間にも、小さくなった綱吉の体にふわふわの毛が生え、かわいいおひげも生え…
柔らかい肉球がリボーンの手に当たる。
小さな爪が、チクチクとリボーンの肌を刺した。
「マジか…」
「にゃあ…」
ひと鳴きすると、リボーンの足にグリグリと頭を擦りつける。
甘えん坊な仕草が、実に愛らしい。
そう。綱吉は文字通り可愛いにゃんこへと姿を変えたのだ。
「やばい。ボスが猫になった」
これは洒落にならない。
もうにゃんにゃんにゃんの日だからベッドで一緒にコスプレにゃんことにゃんにゃんしようぜ☆とか冗談を飛ばしている場合でもない。
リボーンはツナにゃんこを懐に入れると、全力ダッシュでヴェルデの居る屋敷へと向かった。
これは誤算だ。
誤算過ぎる!!
「あのヒゲ緑、フルボッコじゃ済まねぇぞ…!!くっそ!!俺のにゃんにゃんにゃんの日と夢のツナにゃんこを返しやがれぇええええ!!!」
怒りの咆哮を叫び走るその姿はまさに黒い悪魔だったと、珍しく仕事に専念すると言い出した綱吉のためにお菓子を用意して近くまで来ていた獄寺が後に証言したと言う。

楽しみにしていた2月22日。
しかしこの日は、綱吉を元に戻すために奔走し、結果何もできずに終わったらしい。
たまにはリボーンだって失敗する。
そんなある日の、ボンゴレ邸の一日。


(終)

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