「真夏以外にも時に弁当は暴走するようだ」



まさかそんな事が起こるなんて誰が想像しただろう。
俺はツナが丹精を込めて作ってくれた弁当を手にしたまま、その場に立ち尽くしていた。
ああ、この光景には覚えがある。
そう、間違いなくあの夏の日と同じだ。
俺のドジで大事なツナの弁当をダメにしてしまったあの事件…
忘れられない、真夏の事件だ…
俺の瞼の裏には未だに救急車の赤いランプが焼き付いている。
恐ろしい事件だった…
だからもう二度と同じ過ちは繰り返さない。
あの日、俺は心に誓ったはずだった。
…はずだった…
だがしかし…
だがしかしだ…!!
(なぜだ!)
俺は己の目を疑った。
疑ったが、どうやら見間違いではないようだ。
ああ、間違いない。
これは、あの時と同じ…
いや、それ以上の光景が、今俺の目の前に広がっていた。
そうつまりは…
大事な大事な俺の弁当から、なぜか得体の知れない香りが漂っているのだ…!!
(なんでだ!?)
もう一度胸中で叫んだ。
しかもまだ蓋も開けていない段階である。
その段階で香るこの異臭…
異常事態もいいところだ。
確実に今、この弁当の中身は恐ろしい姿へと変貌を遂げているだろう。
だが、
(嘘だろ…?)
信じられるはずがなかった。
なぜなら傷むはずがないからだ。
断言できる。
俺はあの日以来、徹底して弁当を守ってきた。
二度と無残な姿にしまいと、保冷袋を買い、キンキンに冷やした保冷剤まで完備した。
もちろん車に置き忘れる事もなく、快適なオフィスの中で保管をしていたのだ。
どう考えても弁当が傷む要素は無い。
無い、はずだ!
それなのに…
「けど、実際に傷んでる臭いがするぜ、コラ」
「先輩。早くなんとかしてください。異臭でオフィスがピンチです」
いつもの口の悪い友人どもが勝手な事を言いながら俺を遠巻きにしている。
「くそっ!どうしてだ!?」
俺は弁当に向かって叫んだ。
叫ばずにはいられなかった。
教えてくれ。
どうしてお前はそんな異臭を放っている!?
俺の保管方法の何がいけなかったと言うんだ!!
しかし弁当は当然ながら答えてくれるはずもなく無言を貫くばかりだ。
「なんか変な食材が混じってたんじゃないのか、コラ」
「そんなはずはねぇぞ。ツナの料理レベルは並みじゃねぇ。すでに神クラスだ」
「プロ超えて神か!」
「ああ、神だ!!」
俺はしっかり頷いた。
そう、神レベル。
今やツナの弁当は人智を超え、俺の胃袋を感動の世界へと誘ってくれるのだ。
卵焼きも肉巻きも俺の頬を蕩けさせ、おにぎりは一口で天界の門が見えるほどだ。
「大袈裟すぎだろ…」
「先輩の夢みるパワーは年々強大化していくな…」
「なんか言ったか?」
「「いえ、何も」」
綺麗に台詞がハモった所で、俺は再び意識を回想から現在手の中にある弁当へと戻した。
そうだ。あれだけ美味い弁当を作れるようになったツナが、今更失敗などするはずがないのだ。
考えれば考えるほど、疑問は増していく。
「ん…?待てよ…」
だがしかし、ここで俺はある事を思いだした。
それは今日の出社前の出来事だ。
いつものように俺に弁当を渡すツナが、そういえば言っていた。
「リボーン。今日のお弁当はちょっと特別なんだ」
そう。確かそんな事を言っていた。
「特別?なんだ、張り切ってくれたのか?」
ついニヤリと笑った俺に、ツナは何を考えてるんだと朝から強烈な腹パンを食らわせてくれたのだが、それはまぁ置いといてだ。
ああ、もちろんそんな腹パン一発で沈む俺様じゃねぇぞ。
ツナの腹パンなんか俺にとっちゃ可愛い猫パンチにしか感じねぇ。
おっと話が逸れたな。
ついでに教えるとだな、その時の真っ赤になったツナの顔がまた可愛いのなんのって…
「いいから早く回想進めろ、もみあげ」
「自ら話逸らしてるじゃないですか、もみあげ先輩」
「ああ?!」
良いところで話の腰を折りやがった悪友どもを睨み付ける。
だがそうだな、時間もない事だし話を進めてやる事にしよう。
俺のツナが可愛い件については、後日またじっくりと話す時間を設けるとする。
「それで、どんな特別な弁当だったんだ、コラ。その時に何かを聞いたんだろ、教えろ」
「時間稼ぎはもういいですから、ここはスパッと言っちゃってください」
「ちっ」
軽く舌打ちをしながら、俺は仕方なくその時ツナが言っていた弁当の内容を話した。
「キャラ弁…」
「は?」
「んん?」
「だから、今日の弁当はキャラ弁だぞ」
「はぁ!?」
「なんだって?!」
聞き間違いじゃないのかと、奴らが声を上げる。
だがそれは聞き間違いではない。
今日の弁当はキャラ弁だと、ツナは確かに言っていたのだ。
「テレビでキャラ弁特集を見たらしくてな。真似して作ってみたくなったと言っていた…」
「…普通にすげぇな、コラ…」
「びっくりした…」
「ああ。俺も驚きだ。まさかキャラ弁持たされるとは思ってもなかったからな」
「リボーンとキャラ弁www」
「やばい、普通に笑えてきたww」
「お前ら一度地獄を見せてやろうか?」
キャラ弁と聞いた瞬間、信じられないと目を見張った後に笑い転げ始めた悪友たちをさらにきつく睨み付ける。
「そ、それで?何のキャラ弁なんだ、コラ」
頬の痙攣をなんとか押さ烏ながら聞いてきた悪友その1に、だが俺は分からんと首を横に振った。
「お昼になってからの楽しみにしろと言われた。何のキャラ弁なのかは聞いてねぇ。ただ…」
「ただ?」
「かなりの自信作だとは言っていた…」
「自信作…」
そこで二人の動きがピタリと止まる。
「ああ、そうとう自信があったらしい…」
「待て、コラ。それなのにこの異臭か、コラ…」
どうやらここにきてこの異常さに気付いたらしい。
「そう、あの絶品弁当を作り出すツナが自信作だと太鼓判を押した弁当だ。それが…」
こんな姿になるなんて、有り得るはずがないのだ。
「…誰かが弁当を先に開けてどこかに放置した…とか?」
紫ピアスがその可能性を示唆してきたが、俺は首を横に振った。
「俺のツナの弁当に触る奴はいねぇ」
大事な弁当だ。触れるものが居たら断固阻止する。
それは二人ともわかっていたらしく、そうだなと頷いた。
「中の保冷剤が溶けてるとか」
「朝キンキンに冷やした奴を入れたぞ。なにより、昨日まではきちんと保冷袋も機能していた」
「だったらいったい…なんだってんだ、コラ…」
傷む理由が全く思いつかない。
思いつかない以上、ここでああだこうだと議論していても埒が明かない。
「とにかく、開けるぞ…」
道はもう、それしかなかった。
「ああ…」
二人もわかっているのか、頷くと覚悟を決めたように鼻にティッシュを詰め、さらにその上からタオルで鼻と口を覆う。
俺は敢えて何もしなかった。
この目で、そしてこの鼻で、全ての原因を見極めたい。
何か俺に落ち度があると言うのならば、改善しなければならない。
「いくぞ」
「ああ」
「お願いします」
保冷袋に手をかける。
全員が固唾を飲んだ。
いったい中はどうなっているのか…
ファスナーをスライドさせる手が、緊張に震えた。
それでも最後まで明け切り、袋のファスナーを開けきった途端にまず広がったのはさらに凶悪な異臭と、なぜか上がってきた煙…
「なんっじゃこりゃ!」
うっかり上げた声に、隣の紫ピアスがタオルをしていたにも関わらず煙を吸い込みその場に崩れ落ちた。
「な、なんだと!?」
「まさか…!!」
ビクビクと痙攣してその場に倒れる紫ピアス。
待て…、いったいなんなんだ、これ!!
「リボーン、慎重に行け!!」
青ざめた顔でミリタリオタクが訴えてくる。
ええい、言われなくてもわかっている。
俺はそっと中の保冷剤を取り出し、そして袋の中からついに弁当を取り出した。
「あわわわわわわ…」
「おい、どうなってんだその弁当…」
恐ろしい…
なんて恐ろしい光景だ…
弁当が…俺の弁当が…
「なんか泡吹いてんだけど!?」
「ぎゃあああ!しかもなんか動いたぜ、コラああああ!!!」
なんてこった!!!
蓋の隙間から得体のしれない泡が噴き出している。
異臭の正体は間違いなくこれだ。
しかもなんだ、弁当がカタカタと微妙に動いている。
ホラーだ。完全ホラーだ!!!
「怖ぇえええ!!」
「ちょっ、捨てろ!早くそれを捨てろリボーン!」
「ばっか、ツナの愛妻弁当だぞ!捨てられるはずがねぇだろ!!」
「いやもうそれ愛妻じゃねぇぞ、コラ!どっちかと言えば恐妻だ!!」
「俺のツナが恐妻の訳があるか!!」
「いいから弁当を捨てろぉおおお!!」
「ぎゃあああ!自動的に蓋が開いたあああああ!!!」
ギギギ…と、建てつけの悪い引き戸を開けるような音を立てて弁当の蓋が開く。
俺はもう弁当を手放す事も出来ずにその様をただ見守る事しかできない。
それは隣のミリタリオタクも同じようで、その場に両足を縫い付けられたように一歩も動けなくなっているようだった。
因みに室内にはもう俺とこいつ以外に人はいない。
紫ピアスが倒れた時点で全員の避難が完了している。
ドアにはしっかりと施錠が施されており、仮に俺とこいつが動けたとしても逃げ場はもう無い状態だ。
ああ、それにしても…
いったいこの弁当はなんなんだ。
もうただの弁当ではない。
動いている時点で弁当かどうかすら疑問が浮かぶのだが…
ツナ…
お前はいったいどんなキャラ弁を作ったんだ?
それともあれか?
最近のキャラ弁は動く仕様なのか!?
そんなことを考えているうちに蓋は役目を終えたように床へと無残に転がり落ちた。
未だ溢れ続ける泡の中。
次第に弁当へと描かれているキャラの姿が見え始める。
「こ…れは…」
最初に見えたのは、真っ赤な唇。
それと紫の長い髪…
「おい、こいつは…」
ミリタリ…ああもう面倒くせぇな、コロネロも直ぐにその正体に気付いたらしい。
「間違いない…この弁当は…ビアンキ!!」
「なんでだ、コラ!!」
そう。現れたのは動物などの可愛らしいキャラでもなく、さらにはアニメなどのキャラクターなどでもなく…
共通の知り合いである仕事仲間のビアンキ。
その人物の顔がしっかりと現れたのである。



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