「19日はシュークリームの日」



「ツナ、ほら。口開けろ」
「ほえ?」
間抜けな声を出しながら書類を見つめていた顔を上げれば、その口に何か柔らかい物を押し付けられた。
条件反射的に綱吉は与えられたそれを口の中に受け入れると、途端にバターをふんだんに使った薄皮の生地と、生地の中から溢れだすカスタードとバニラビーンズの甘い香りが口内に広がった。
(あ、シュークリームだ…!)
気づいた途端にもぐ、とそれを咀嚼する。
甘い香りが鼻孔をくすぐった。
とても好みの味のシュークリームだ。
うまいうまいと頬張りながら、それにしてもなぜいきなりシュークリームを押し付けられたのだろうか…と頭の隅で考える。
休憩時間にはまだ早い。
シュークリームが食べたいと言い出した記憶もない。
それなのになぜいきなりシュークリームを口に入れられたのか…
その理由は不明だが、それでも食べ物に罪は無いだろうと綱吉はそのままシュークリームを食べる選択を選んだ。
たっぷりと詰め込まれていたらしいカスタードが薄いシュー皮を破って外に溢れだし、その甘さと美味しさに綱吉の顔が思わず綻ぶ。
「もう一個食うか?」
あっという間にひとつを完食し、するとすぐにそう問われた。
不思議に思いながらも、綱吉は素直にコクリと頷く。
だって美味しい。
久々に食べたという事もあるのだろうが、疲れていた体に与えられた甘味は知らずに溜まっていた緊張を解すように全身に染みわたった。
「ほれ」
「んー」
与えられるままにリボーンの手から再び直接シュークリームを食べる。
トロリと口の中に広がったカスタードクリームに、綱吉の頬はだらしなく下がった。
もしかしてリボーンの手作りだろうか…?
食べながら何となくそう思う。
売っている味とさほど変わらないような気もするが、どことなく手作りの粉っぽさが残っているのだ。
何より、味が綱吉の好みドンピシャである。
とは言え、もう少しだけ甘い方がもっと好きなのだが、甘いものを苦手としているリボーンが食べる分にはちょうどいい加減だ。
だからきっとこれは、リボーンが作ったのではないかと検討を付けるが…
(それにしても、なんでいきなりシュークリームを持ってきたんだろ?)
疑問は再びそこに戻ってきた。
リボーンの唐突な行動はいつものことだが、それにしてもこんなふうに自分を甘やかすような事は珍しい。
こんな時は何か裏があるようにしか思えなのだが、チラリと盗み見たリボーンの顔は実に楽しそうで別段何かを企んでいるようには感じられなかった。
(んー…まぁいいか。シュークリーム美味しいし)
何もないのならば、それに越した事はない。
穏やかなリボーンの様子に綱吉は早々に思考を切り替えると、そのままシュークリームを食べる事に専念した。
だがそれこそが怪しいのだと、どうしてここで思い直せなかったのだろうか…
そこが綱吉の残念な所である。
なにせ相手はあのリボーンなのだ。
何の企みも無いはずは…まず無い。
しかし綱吉は目の前の幸福を優先するべく考える思考を完全に停止させてしまった。
まさかこの全てが罠だとは、ちっとも気付かないままに…
そうして案の定、シュークリームに意識を持って行かれ安心しきった表情を浮かべる綱吉を見て、リボーンは小さく微笑んだ。
(仕掛けは上々だな)
唇の端が持ち上がる。
だが綱吉はそれに気づいていない。
無心になってモグモグとシュークリームを食べ進めている。
すると綱吉は、その途中でシュー皮が破れてしまっている箇所がある事に気がついた。
そこから中のクリームがこぼれ出し、リボーンの手にクリームが付いてしまっている。
(あーあ、もったいない…)
せっかくの美味しいクリームが、これでは無駄になってしまう。
綱吉はそこに何の躊躇いもなく舌を伸ばした。
何の事はない、ただクリームがもったいないと感じたために行った行為であったが、
(かかったな)
途端にリボーンの顔つきが変わった。
それはもういやらしい方向に。
綱吉はまだまだ気づいていない。
ただ夢中になってシュークリームを食べ、そしてリボーンの指を猫の子のように舐めている。
その姿は情事の最中によく似ていて、相手を興奮させるには充分な色香を放っていた。
(まさかここまでうまくいくとは思ってなかったぞ)
堪えきれず浮かべた笑みのまま、リボーンはシュー皮にそっと爪で穴を開ける。
指先にもう一度クリームを付けて綱吉の方へとわざとらしく向ければ、これまた綱吉はリボーンの指ごとくわえてクリームを舐め取った。
(いい感じだ。ゾクゾクするぞ)
ニタリとした笑みが止まらない。
そう、リボーンの指にクリームがついていたのは偶然なんかじゃない。
綱吉に指を舐めさせるため、わざとシュー皮に爪を立てクリームをつけて綱吉を誘ったのだ。
そうすれば綱吉が必ず舐めるだろうと。
さらにうまくいけばエロい方向に持ち込める、と。
そんな下心満載で仕掛けた罠に、期待どおり綱吉は引っかかってくれた。
(さすが俺の可愛い生徒だぞ)
唇の端にクリームをつけ、ちゅっちゅっと音を立てながら人の指を吸う様は想像以上にたまらない。
(ふん。カレンダーに感謝だな)
あっという間に二個目も食べ終わり、満足そうに口の周りに付いたクリームを舐める綱吉を見つめながらリボーンは今朝偶然見つけたカレンダーの文字を思い返した。
毎月19日は、シュークリームの日。
年間の様々な行事が書き込まれたそのカレンダーを何気なしに眺めていたリボーンは偶然そんな文字を見つけたのだ。
誰が言い出したのかはさだかではないが、19の読みをもじって「じゅうく→しゅうく→シューク…シュークリーム」とこじつけ、シュークリームの日としたらしい。
始めは「ふうん」とスルーしかけたリボーンだったが、次の瞬間に閃いた。
これは使えるかもしれない、と。
ここ最近、仕事ばかりが続いて綱吉とのスキンシップが随分と減っていた。
いや、夜には同じベッドで寝ているし、挨拶のキスやハグは欠かしてはいないのだが、それ以上の恋人らしいスキンシップはと言えば確かに少なくなっている。
それに気付いた途端、リボーンはどうにも綱吉に触れたくなった。
今すぐに綱吉を抱きしめ、エロい顔を眺めながらその体を思う存分味わいたくなった。
しかし、だからと言って綱吉にそれを直接告げれば逃げられるのが落ちだ。
既に何度も経験済みである。
「リボーンの場合、触るだけじゃなくて、触ったらその先もしたくなるんだろ!?」
確かに綱吉の指摘通り、抱きしめるだけ…と約束をしたにも拘わらず、我慢しきれずそのまま美味しくいただいてしまった事がある。
その前科もあるためか、綱吉の自分に対するガードは異常に堅い。
とは言え、目の前に恋人がいて腕の中に抱きしめたとして、それだけで我慢できる男が果たしているだろうか?
答えは否である。
触れたら最後。欲望を止められるはずがない。
ほんの少しと甘噛みをしてしまえば、最後まで美味しくいただきたくなるに決まっている。
そうして一度でも欲が顔を出せば、簡単に引っ込めることなどできるはずもなく。
今がまだ昼間だとか、仕事が全く進んでいないとか、頭の隅でそのことは充分に承知していながら、やはりその欲望を止める事は出来そうもなかった。
だから、
(だったら、ツナが何も言い訳ができない状況に追い込むしかねぇな)
こうなれば、綱吉の欲を煽るしかない。
リボーン一人ではなく、綱吉もその気にしてしまえばいいのだ。
(そうだ、それがいい!!)
そうと決めれば計画を実行に移すためにリボーンはすぐに行動を開始した。
まずはアイテムであるシュークリームつくりに取り掛かった。
市販の物でもいいが、どうにも甘すぎるそれはリボーンの口には合わない。
綱吉が食べるのだから別に甘くても構わないのだが、その口とキスをする事を考えれば、できるだけ甘さは控えた方がいいだろう。
だったら、
(手作りにするか)
自分で作れば、好みの味にできる。
ならばとさっそく厨房に押し入り、リボーンはシュークリームを作り始めた。
後は綱吉にシュークリームを食べせるタイミングだ。
休憩時間をとって食べさせるのもいいが、それだと邪魔の入る可能性があった。
休憩となれば獄寺が必ずお茶を用意しに来るだろうし、便乗して一緒に休憩にやってくる守護者たちも多い。
ならば仕事の途中で食わせるしかないのだが、日頃からサボるなと口を酸っぱくしているリボーンがいきなり休憩しろと言っておやつを渡した所で不審がられるのが落ちだ。
それでもチャンスはその時間しかない。
だったら、強硬手段に出るしかないだろう。
仕事中に有無も言わせず食べさせる。
そのまま綱吉をその気にさせて、あとは綱吉を美味しくいただく作戦だ。
計画は完璧だった。
現に綱吉もリボーンの手についたクリームを舐めながら、徐々にその気になってきているようだ。
「ツナ、美味かったか?」
畳みかけるように、綱吉の耳元で息を吹きかけながら尋ねてみれば、綱吉の肩がピクリと震えた。
そうして、ようやくここで綱吉は自分が随分と大胆な行動をとっていた事に気が付いたようだった。
今更気付いたところで、もう遅いのだが。
口の中に残ったクリームとリボーンの手を交互に見ながら、綱吉の頬が次第に赤く染まっていく。
まったく、その顔の可愛いらしさはもう罪だろう。
「え、と。うん。美味しかった」
それでも一応礼は言っておこうと思ったのだろう。綱吉はコクリと頷くと、しかしそのままリボーンの腕から逃れようとそっと足を後ろに引いた。
だが、リボーンがそれを許すはずがない。
なんといっても、真の目的はこの後だ。
「リボーン?」
逃がさないとばかりに、それまでシュークリームを持っていた手を綱吉の腰に回し、ぎゅっと引き寄せ抱きしめた。
「なぁ、ツナ。今日は何の日か知ってるか?」
「へ?」
耳元で囁くように聞く。
もちろん、綱吉がその答えを知っているとは思っていない。
首をかしげる綱吉に、
「今日はな、シュークリームの日らしいぞ」
そう言ってもう一つ、シュークリームを手に取った。
「そ、そうなんだ…」
頷きながらもまだよくは理解していない様子のない綱吉に、リボーンはかまわず「ああ」と返事をしながら手にしたシュークリームを今度は綱吉にではなく自分の口に運び、一口齧った所でそのまま綱吉の唇に噛みついた。
お互いの唇にべっとりとクリームが付き、それを舌で丁寧に舐め取りながら徐々にその舌を綱吉の口内に侵入させていく。
「んっ…ちょっ、リボーン…まだ仕事中…」
案の定そう言って抵抗を開始する綱吉に、
「だからな。毎月19日は、ツナと一緒にシュークリームを食って、そんでイチャイチャする日って決めたんだぞ」
勝手な言い分並べ、リボーンは逃がさないとばかりにゆっくりと綱吉の体を抱き上げ、そのの近場のソファーに横たえた。
「…え?」
訳のわからぬリボーンの言い分と、なぜこんな事になっているのかまるで状況の掴めていない綱吉は、されるがままソファーに寝ころびながら、それでも必死に場を理解しようと目を泳がせている。
だが、ここで冷静さを取り戻されては厄介だ。
このままその気になってもらわなければ、全てが水の泡である。
「スキンシップが足りねぇ。だから、毎月この日だけは何が何でもツナとイチャイチャするぞ」
そう宣言すると、そのまま意図をもって綱吉の太ももに触れる。
「はぁ!?ちょっ、待って…!!」
何を馬鹿な事を言ってるんだと、綱吉は当然抵抗を始めた。
だが、
「ダメか?」
どこか弱々しい声でリボーンが綱吉の体を強く抱きしめれば、その抵抗はすぐに止んだ。
(うう、どうしよう…)
リボーンのその声に、綱吉は弱い。
それが例え演技だったとしても、抵抗を止めてしまう。
(でもダメだ。ここは心を鬼にしてダメって言わないと…!!)
必死に自分へと言い聞かせた。
リボーンの事だ。
きっと約束をしてしまえば、言葉通り何を置いてもこの日はそれを優先するだろう。
何を馬鹿なと、さっさと仕事に戻ろうと、ここはボスらしく言わなくちゃいけない。
けれど…
(もし…)
つい、「もしも」を考えた。
(もしボスとしてじゃなく、俺がただの沢田綱吉だったら…)
そんな考えが頭を過る。
ボスとヒットマン、家庭教師と生徒。自分とリボーンを繋ぐ言葉はたくさんある。
でもその中で、もしも恋人という関係だけを優先する事が出来たなら…
全てを捨てて、綱吉ただひとりの個人として答える事ができるなら…
(ああ、いいなぁ、そう言う記念日っぽいの…)
単純に、そう思った。
でもそれはきっと、どんなに願っても叶わない事だ。
夢、幻。それでさえ叶わない事。
この人生を選んだ瞬間から、綱吉はただの沢田綱吉に戻ることは二度と無いと覚悟を決めた。
もちろん後悔などはしていない。
それで良かったと、胸を張って言える。
けれど…
(けれど、「もしも」の中でくらいなら…)
ほんの少しだけ、想像してもいいのなら…
そう。「もしも」。
実際にはそれが叶わなくとも、ほんの一瞬。この場だけでも。
もし、肩書を全て捨てた一個人である沢田綱吉に戻れたら…
(俺の答えは…)
ぎゅっと、綱吉は自分の拳を握った。
その拳をそっと持ち上げ、トンとリボーンの胸を叩く。
触れたその部分が、とても熱い。
「ツナ。イエスって言うまで離さねぇぞ?」
まるで綱吉の心を読んだように…いや実際に読んだのだろう、リボーンは今綱吉が思っている素直な気持ちを言葉にしろと促す。
大丈夫。聞いているのはリボーンしかいない。
そんな本音を一番漏らしてはいけない相手が、それを許してくれている。
今この場でだけは、素直に身をゆだねていいのだと。
「うん。いいよ」
この日だけは、全てを優先してイチャイチャしよう。
口にした瞬間、自然と綱吉の口元に笑みが浮かんだ。
まるで何かギュウギュウに縛られていた物から解放されたような、そんなゆったりとした微笑みだ。
「いいよ。約束しようリボーン。毎月19日は一緒にシュークリームを食べて、そんでイチャイチャすんの。もちろん、シュークリームはリボーンの手作りでね」
「ああ。もちろんだぞ」
リボーンの腕に力が籠る。
その腕からリボーンの喜びが綱吉にも伝わってきて、綱吉も握っていた拳を開き、代わりにリボーンの背中に腕を回すと同じくらい力を込めて抱きしめ返した。
「ねぇ、さっきのシュークリーム、まだある?」
すりすりと甘えるようにリボーンの胸に頬を擦りつけ綱吉が尋ねる。
「あるぞ」
「じゃあ次は、俺がリボーンに食べさせてあげる」
イタズラっぽくそう言えば、リボーンも楽しそうに笑った。
「そうだな。お願いするぞ」
そう言って、隠し持っていたシュークリームをまた一個取り出し、今度は綱吉の手にそれを持たせる。
「はい。口開けて。あーん」
「あーん…」
言われるままに口を開ければ、なぜかシュークリームではなく綱吉の唇がリボーンの唇に齧り付いてきた。

さぁ。
今日は月に一度のシュークリームの日。
君と一緒に、シュークリームを食べる日。
けれど、口実なんて本当はどうでも良かったのかもしれない。
ただ、二人で居たかった。
ただ二人で、触れ合っていたかった。
本音を言えば、それだけだ。
けれど、お互いにどこか素直にはなれない二人だから。
だから。
毎月19日を理由に、ほんの少しだけ素直になろうか。
素の自分達に、ほんの少しだけ戻ってみよう。
そうして今日だけは何度でも口にするんだ。
「大好き」と、「愛してる」の言葉を。
この荒くれた世界で。
一時だけの甘い世界を過ごそう。

程よい甘さのシュークリームに、たっぷりの愛情という糖分を混ぜて君と一緒に、頬張りたい。

それは甘い甘い、シュークリームの日のお話。


(終)

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