「ツナ、何から食う?好きなもん買ってやるぞ」
さて。逃げるように二人を置き去りにして俺たちは再び祭りの人波に紛れた。
結局それぞれが別行動になってしまったけど、はぐれた場合の合流場所は事前に決めてあるから大丈夫だろう。
これで花火の時間まではしばらくはリボーンと二人きりだ。
正直に言えば、まぁ…嬉しい。
さっきみたいな公開プレイは嫌だけど、だからと言って二人きりが嫌だった訳じゃないんだ。
もしもチャンスがあれば、どこかで二人きりになれたらなぁ…なんて…
す、少しだよ?
ほんの少しだけ…考えてたっていうか…
そりゃ…その…
だってこう見えても恋人同士なわけだし?
せっかくこうしてはるばる日本まできて、さらに祭りなんて特別なシチュエーションなんだから、少しくらいは二人きりでデートできたりしないかな…なんて期待も無かった訳じゃ、ない。
でもそれを口にする事は恥ずかしくて出来なかった。
何よりそんな事を言えばリボーンが調子に乗っちゃいそうで。
だから敢えて何も言わなかったんだけど…
「ようやく二人きりだな、ツナ」
改めてリボーンが耳元でそう呟いてきた。
ああ、くそっ!やっぱりバレてたか…!
「ばあか。お前の考えてる事は俺にはだだ漏れだっつーの」
ニヤニヤと笑うリボーンの顔に一発パンチをお見舞いしてやりたい気持ちになったが、ここはぐっと我慢した。
無駄に喧嘩をして一人きりになってしまうのはもっと嫌だ。
「で?何食べる?」
リボーンもそれは分かっているのだろう。
それ以上は突っ込まずに、もう一度俺にそれを尋ねてきた。
「そうだなぁ…」
呟きながら俺は屋台を見回す。そして、
「あ!クレープだ!クレープ食べたい!」
目の端にカラフルな暖簾を掲げたクレープ屋を見つけて、俺はさっそくリボーンにそれをねだった。
それに対してリボーンが不機嫌顔でこちらを見るけど、リボーンの意見など無視だ!
だって日本のクレープって美味しいじゃん!
食べないと絶対に後悔する!!
俺はリボーンにそう訴えてクレープ屋に引っ張っていこうとしたのだが、リボーンはさらに渋り顔だ。
なんだよ?
確かにリボーンは甘い物が苦手ではあるけど、食べるのは俺だし別にいいじゃん。
それに、好きな物買ってくれるって言い出したのはリボーンだ。
そう思って再び引っ張ってみるのだが、
「ダメだあんな食いにくいもん、お前食うの下手なんだからベトベトになるぞ」
渋っている理由を告げられ、俺はムッとした。
確かに中身がこれでもか!と詰まっているクレープは食べにくい。
事実何度かこぼしてあちこちベタベタになる被害にあっている。
それでも食べたい欲求には勝てないのだ。
あの真っ白な生クリームとトッピングされたフルーツたちが俺を呼んでいる!
出来ればチョコレートクリームも追加したい!!だから!!
「リボーンお願い!」
必殺。両手を合わせて少し上目使い気味にリボーンを見つめる作戦に出た。
俺の回りが身長の高いやつらばかりだから、自然と覚えた上目使いだ。
でもこれが思ったよりも効果が高いことも俺は知っている。
「つか、クレープ食べたツナとキスしたら俺が甘いじゃねぇか」
「ちくしょう本音はそっちだな?」
「当然だろ?」
悪びれもせず告げられた。
てか、なんでクレープとキスが直結してるんだ?!
「ならイカ焼きならいいのか!」
「イカくせぇキスになるだろうが!もっとムード感大事にしろ!」
「てか、なんでキスすること前提で話が進むわけ!?」
「祭りっていったらひとつの食いもんを二人で分け合いながらチュッチュッして食うもんだろう!」
「なにその偏見!」
出たよリボーンのおかしな方向に片寄った知識!
特に恋愛に関した知識はどうにもおかしい。
なんだそのシチュエーション、確かに見た目に可愛い男女の恋人だったら微笑ましく…若干爆発してしまえと思わなくもないけど、有りだとは思う。
けど、それを同性…しかも男同士でやらかしてしまったら、さっきより悲惨な現場になる事は必至だ。
それは避けたい。
何がなんでも避けたい。
「…それに、そんなにキス…とかしたいなら後でホテルに帰った時にでも…」
ゴニョゴニョと小声で呟いてみた。
そうだよ。そんなにキスがしたいなら、ホテルに帰ってからの方が人目も気にせずにゆっくりできるじゃないか。
だから何もこんな人混みの中で恥をかきたくはない。
頼み込むようにリボーンの服の袖口を掴み、らしくもなくしおらしい声で「お願い」と付け足してみた。
すると、
「ん?待てよ…。ベタベタになったクリームまみれのお前を堪能しながら舐めまくるのも悪くねぇな…」
「って、お前!俺の必死のお願い全然聞いてねぇな!!?」
思わず拳を振り上げた。
コノヤロ!せっかく人が譲歩してやったのに、まるっきり違うこと考えてやがった!
しかもなんだ!舐めるって!
さらに妄想が酷くなってるじゃん!!
「バーカ、男はエロい生き物なんだよ」
「俺も男なんだけど?!」
「ふん。俺とお前じゃエロさの年季がちげぇぞ」
「なにそれ?!」
ああ、なんか頭が痛くなってきた…
言葉通りに額に手を当ててあからさまな溜息をつくと、
「おっ!そうだ!」
空気を読まない我が道一直線のリボーンが何かを見つけた様子で俺にここで待つよう言い聞かせどこかへと走っていった。
ホント自由だよねリボーンって…
呆れながらもいったい何を見つけたのかとこれまでの会話の流れから少し不安を感じつつ待っていると、程なくして何かを手に持ってリボーンが戻ってくる。
いったい何を買ってきたのかと手元を見れば、美味しそうに焼けたフランクフルトが一本握られていた。
焼けた肉の香ばしい匂いに食欲を刺激され、俺はついゴクンと唾を飲む。
さっきまで口の中が甘味を求めていたというのに、人の脳は何とも単純だ。
「ほら、ツナ」
そうしてニコリと笑顔でそれを渡される。
「いいの?」
見たところ一本しか買ってきていないようだけど、俺が全部貰ってしまってもいいんだろうか?
「ああ、いいぞ。ツナの為に買ってきたんだからな」
遠慮することはない。なんでも買ってやるって言っただろ?
リボーンはそう言って俺の手にフランクを握らせた。
「ホントに?」
「ああ」
「後で返せとか言わない?」
「俺がそんなせこい事言うと思ってるのか?」
「うん」
「……」
「あ、いや、言いません。はい」
笑顔のまま無言で睨まれた。
すごく怖い…
「えっと…、じゃあ…遠慮なく…」
そこまで言われると、食べないわけにもいくまい。
俺は受け取ったフランクに齧りつこうと口を開け…しかしふとそこで止まった。
いや、待てよ…
なに流されかけてんだ、俺…
(そうだった…)
思い出した。
さっきまで同じ食べ物をどうのこうのと騒いでいたリボーンだ。
まさか俺がこれを口にした瞬間に何かを仕掛けてくるつもりじゃ…
(その可能性を忘れてた…)
有り得ない話じゃない。
だいたい、リボーンが無償で何かをしてくれるなんて、あるはずがないじゃないか。
俺はチラリとリボーンの様子を伺った。
(…これは…)
そうして食べるために開けていた口を一旦閉じる。
ああ、間違いない。これは完全に何かを企んでいる時の顔だ。
(その手にはのらないからな…!)
「どうしたツナ。早く食えよ。冷めたら美味くねぇぞ」
ニコニコニコニコと、それは良い笑顔でリボーンは早く食べるよう促してくる。
いや、あからさますぎだろ、これ…
「やっぱりいらな…」
「あ、そうだ。ソレ、いきなり齧るなよ?まずは舌で全体を舐め回してからゆっくりと先っぽ咥えろ。そんで、強く吸いながら美味しいって言え」
「いただきます!!」
リボーンが全部を言い終える前に俺はフランクに噛みついた。
そりゃあもう思いきり。食いちぎってやるつもりで噛みついて一気に完食してやる。
リボーンが信じられない物を見るような目付きで、なぜか己の股間を押さえながら俺を見ていたが知るもんか。ざまぁみろ!
はぁ、スッとした。
ったく、食べ物をあんな卑猥物に見立てるとか有り得ないだろ?!
しかも自分のアレ…
アレ…
「て言うか、リボーンのアレがあんなに細いはずないだろ…」
ボソリと呟いた。
呟いてから、ハッとした。
ヤバイ!何言ってんの俺!!
慌てて口を覆ってみたけど既に遅い。
横目でリボーンの様子を伺えば、案の定バッチリと聞こえていたのだろう。
ニィとリボーンの口端が持ち上がった。
「そうかそうか。そいつは悪かったなツナ。やっぱり咥えるなら本物がいいよなぁ?」
「や、誰もそんな事は…」
言っていないと首を横に振ってみるが、それで逃れる事など出来るはずもなく。
逃げるより早く腕を掴まれた。
そのまま人気の無い方へとグイグイ引っ張られていく。
「わっ!リボーン!!」
ちょっ、ちょっと待って!ちょっと待って!
ねぇ、この後みんなと合流して花火を見るんじゃなかったの?!
それに俺まだ今のフランクしか食べてないし!
屋台で食べたい物も他にいっぱいあるし!
「リボーン!ね、ちょっと待って、リボーン!!」
叫んでみるけど、リボーンは足を止めない。
やばい。
このままどこぞに連れ込まれて、結果みんなと合流できずに祭りが終わりましたなんて、できればそれは遠慮したい!!
なにより、
「せっかく日本まできたんだから!祭りをもっと楽しもうよ!」
「ああ、楽しむぞ。俺なりにな」
「だぁかぁらぁ!!」
そっちの意味じゃないってば!
俺の腕を掴んでいるリボーンの腕を逆に掴んで何とか引き留めようとしたその時だ。
ひゅう…と空に向かって伸びていく音が耳に届いた。
そこから数秒遅れ、ドンッと空が弾ける。
「え?」
驚いて見上げた空には、今しがた散った火花の欠片が消えていく姿。
パラパラと、儚い音が耳に届く。
俺とリボーンの足が自然と止まった。
そのまま二人で、空を見上げる。
ああ、最初の一発を見逃してしまった。
ぼんやりとそんな事を思ったのも束の間、そこからは次々と打ち上がる大輪の花が夜空をカラフルに染め上げていく。
あちらこちらから上がる歓声。
ドンッドンッと火薬玉が弾ける度に胸に響く重低音。
震動する空に合わせて俺の体もビリビリと痺れ、それを心地よく感じなから、しばらくリボーンと二人、ポカンと口を開けたまま空を見上げていた。
「きれい…」
「ああ…」
心が奪われるって、こんな感じなのだろうか…
お互いに無言で、ただじっと空を仰ぐ。
そうして、どのくらい二人で見上げていただろうか。
「あ!集合時間!」
思い出したように叫んだ俺に、リボーンもピクリと反応する。
そうだ、みんなで花火を見るって約束をしたんだ。
きっと今頃、みんな集合している。
「急いでいかなきゃ!」
まだ掴んだままだったリボーンの手を引き、俺は神社の方へと足を向けた。
けれどその足が、ピタリと止まる。
同時に俺の視界が、一瞬で黒に染まった。
正確に言えば、リボーンによって視界を塞がれた。
行きかけた体を引き寄せられ、そのまま唇に暖かいキスの感触を感じて、今、自分がキスをされていることに気づく。
こんなところで何を…
そう思ったけど、体がうまく動かない。
そのまま啄むように二度、三度。
軽くチュッと音を立て、四度目でリボーンの体が離れた。
「大丈夫だ。みんな花火に集中してて、こっちなんか見てねぇぞ」
ようやく解放された視線の先には、大輪の花火を背負った眩しい笑顔のリボーンがいて…
「ほら、行くぞ。続きはまた後でな」
今しがた起こった事実を飲み込めずに呆然とする俺を、リボーンが引きずるようにして歩く。
耳に届いているはずの歓声がとても遠い。
なのに、リボーンの腕の熱さだけは、妙に近くに感じて…
「おい、ツナ。エロい顔してるぞ?」
「ふぇ?!」
言われてつい片手で顔を隠せば、リボーンに笑われた。
からかわれたのだと知って背中をドンドンと殴りつけてやるが効いている様子がない。
悔しくて背中を摘まんで捻ってやれば、ようやく「いてぇぞ」と声が聞こえてきた。
でも、その顔はずっと笑顔のままで。
つられたように俺も、笑みを深くしていく。
「ふふ…、あははは…!」
次第に声を出して笑い合って、妙なテンションのまま二人して走り出した。
空を見上げる人混みの中。走るのは少し苦労するけれど。
それでも、体の奥から湧き上がってくる楽しさを堪え切れず、俺とリボーンは一緒に走る。
「10代目ぇ!!」
前方から、獄寺君の声が聞こえてきた。
「ツナ!こっちだ、こっち!」
山本が手を振って、俺たちを呼ぶ。
「ツナくーん!」
「ツナさーん!!早くこないと終わっちゃいますよー」
京子ちゃんとハルが、笑顔で手を振っている。
「極限遅刻だ沢田!たこ焼きが冷めてしまうぞ!」
「遅いんだもんね」
「イーピンたち、みんなの飲み物買ってきた!」
お兄さんが、ランボが、イーピンが、それぞれに買ってきたらしい物を楽しげに差し出してくる。
「ボス、骸様が交代したがってる…」
「それは阻止してクローム!!」
クロームの申し出には丁重に断りを入れ、少し離れた場所で宴会を始めている風紀委員の方々の中にいる雲雀さんに、俺は手を振った。
「さぁ!みんなでお祭りを楽しもうか!」
リボーンの手を握り締めたまま、高らかに宣言する。
その声に、みんなが同意の声を上げた。
(どうしよう、今俺、凄く幸せだ…)
傍らには恋人。
周りには素晴らしい仲間がいて。
こんな幸せって、きっと他にはないだろう。
ならば楽しまなければ、罰があたるってものだ。
だから、
「今日の日を祝って!!かんぱーい!!」
空に咲く花に向かって、俺はリボーンと繋いだままの手を掲げ乾杯をした。
習うようにみんなの手も、高々に空に向かって掲げられる。
花火がシャンパンの泡のように、弾けて空を金色に染めた。
同じようにみんなの顔も、キラキラと金色に輝く。
ああ、間違いない。
ここにあるのは、俺の大切な宝物だ。
大切な、家族だ。


さぁ、祭りを楽しもう。
まだまだ夜はこれからだ。
なんだかんだと言って、多分骸ももうすぐ合流するだろう。
そうしたらもっと賑やかになる。
もしかしたら収拾などつかなくなる可能性もあるけど、それはそれでいいんじゃないかなんて、開き直ってみたりして。
「いいもんだな。たまには…」
聴こえてきたリボーンの声に、俺は大きく頷いた。


ねぇ。これから先、辛い事も悲しい事も、きっとたくさんあるだろう。
だから…
だから、こうして笑える喜びを、ひとつでも多く心に刻もう。
幸せをいっぱい、心に刻もう。
そうすればどんな悲しみにも、どんな苦しみにも、立ち向かっていける。
一緒に笑い合うんだと、誓いあえる。
それが、俺たちの力になるんだ。

決して折れない、絆の力に。


(終)



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