「餅つきの次は当然鏡開きが待っているよな」




1月11日。
沢田綱吉は執務室で警戒しながら身構えていた。
いつ何時リボーンが室内に飛び込んできても直ぐに対応できるようにである。
なぜそこまで身構えるのか。
それは今日が日本で言う所の鏡開きだからである。
正月には餅つきをするのだと勢い良く綱吉の元へやってきたリボーンの事だ。
きっと鏡開きである今日も何かしでかしに来るに違いないと考えたのである。
ただ単に遊びを思い付くだけなら良いのだが、リボーンが誘ってくる遊びにろくな事はない。
正月の餅つきにしたって、おかしな理屈をつけて散々遊ばれた事は記憶に新しい。
「何がツナ餅だ、ふざけんな…」
あの日の出来事を思い出しながらボソリと呟き、綱吉は鋭い視線をドアに送り続けた。
因みに手元の書類は一向に進んでいない。
リボーンが来るだろう事を警戒しすぎて、何も手につかない状態なのである。
このままもしリボーンが現れなければ、今日は全く仕事をしない結果で終わってしまいそうだ…
そうなるときっと右腕が泣く。
リボーンからは別の意味で仕置きをされるかもしれない。
それでも、この鏡開きの危機を乗り越えなければ、どうにも集中ができなかった。
「来るなら早く来てくんないかな…」
思わず呟く。
いつもなら来るな来るなと必死に願うばかりで、時間などあまり気にした事は無いのだが、今日は違う。
こうして最初から身構えて待つとなると、思ったより時間が長く感じるものだと知った。
あと30分待ってもやって来ないようなら、こちらからリボーンを探しだしてやろうか…
いっそのことその方が落ち着けそうな気がした。
そんな普段にはあり得ない自ら危機に飛び込んで行ってしまいそうな危険思考に発展しかけた時だった。
「おいツナ。この間会合した例のファミリーだがな、やっぱどうにもキナ臭い…ってなにやってんだ、お前?」
ガチャリとドアが開き、ついにリボーンが執務室にやってきた。
やってきたのだが…
(え?嘘、普通!!)
その入り方が普通だ。
てっきり勢い良く飛び込んでくると思っていただけに、普通の登場の仕方をされて思わず前のめりになった。
「どうした?」
予想外の展開に書類の山に埋もれて脱力する綱吉を見て、リボーンはと言えばいつもの険しい表情で首を傾げている。
(おかしい…おかしいよ?!)
なんだ、どうした?!
これはもしかして何かの罠なのか?!
もうそうとしか思えない状況に綱吉は困惑した。
だってそうだろう?
今日は鏡開きだ。
いつものリボーンだったらきっと執務室のドアを吹っ飛ばして、
『おい、ツナ!鏡開きするぞ!!』
と嬉々とした表情で言いながら綱吉を捕まえに来る所だ。
それがどうだ。
ドアは普通に入って来て、さらには普通に仕事の話をしている…
これがおかしいと思わなくてどうする…
もしや普段通りを装って綱吉を油断させ、なんだ鏡開きしないんだねーとか警戒を解いた所でガバッと来る気なのだろうか…
(…それとも、もしかすると今日が鏡開きだって忘れてる?)
あの完璧主義者のリボーンに限ってそんな事は無いとは思うのだが、この普通さを見るとその可能性も否定はできなかった。
ならばそれはそれでこのまま気づかないでいて頂きたいと願うのだが、果たして正解はどれなんだ…?
(わ…わかんねぇええ…!)
表情を読もうにも普段からポーカーフェイスのうまいリボーンの顔からは何も読み取れない。
(どうする?警戒を解くか?それともこのまま警戒してた方がいいのか!?)
下手に警戒をしたままでは、本当にリボーンが忘れていた場合、思い出すきっかけになりかねない。
だが、だからと言って解いた直後にそれを待っていたように襲われるのもごめんである。
(どうしたらいい俺!?!)
綱吉はもう完全にパニック状態だ。
そんな綱吉を見てリボーンはますます怪訝そうに眉を寄せる。
「なんだどうした?風邪か?」
そうしてこちらに近づいてくる足音は、いつものように穏やかだ。
(これは…)
その穏やかさに、綱吉はついに判断を下した。
(リボーンが今日、鏡開きだって事に気づいて無いに3000点!!)
ガバリと顔を上げ、机を思いきり叩いた。
普段よりおかしい綱吉の様子に、リボーンもただただ困惑する。
自分の居ぬ間に何か新種のウイルスでも脳に入り込んでしまったのだろうか…
だとすれば早く医者に見せるべきではないかと本気で心配になった程だ。
だがリボーンの心配を他所に、綱吉は懸念していた危機が去ったと知ると、さっさと張り詰めていた警戒を解いていつもの笑顔に戻った。
ようやく綱吉がいつもの調子に戻った事で、リボーンの心配もひとまずそれで無くなるが、いったい何があったと言うのかそれだけは気になったままだ。
「どうした?」
なので直接尋ねて見るが、綱吉は首を振ってごまかすばかり。
だって気付かれる訳にはいかないので。
「ううん!何でもないよ!リボーンでも忘れる事があるんだなと思っただけ」
「忘れる?何を?」
「あ、しまった」
うっかり素直な口が漏らした言葉を両手で塞ぐ。
「おい、なに隠して…」
「それで!!例のファミリーがどうしたって?!」
追及されそうになった言葉を遮って、綱吉はリボーンの持ってきた書類に無理矢理話を戻した。
そうだ、せっかく忘れてくれているのだ。わざわざ思い出させてやる必要は無い。
このままうまく行けば今日は穏やかな一日が過ごせそうだ。
そんな安心感に浸りかけた時だった。
「ん?今日って…11日…か?」
綱吉の机にあった卓上のカレンダーを見て、リボーンがふと気づいたようにそう呟いた。
「え?あ、うん、そうだね、それより書類を…」
しまった、どうしてカレンダーがこんな所に…!?
綱吉は慌ててそれを伏せる。
明らかにその行動は不自然だとは思ったが、つい体が反射的にやってしまったのだから仕方ない。
気づかせてなるものかと言う気持ちがそれをさせたのだろう。
(そう言えば今日に限ってここに置いてたんだった…)
そうだ、休みの段取りをつけたくて卓上カレンダーを引っ張り出していたのだ。
その時に綱吉も今日が鏡開きだと気がついた。
(くそう、さっさと片付けておくべきだった…)
後悔したがすでに遅い。
とは言えまだリボーンが気づいたとは限らない。
綱吉はこれ以上思い出させてはなるものかと、必死に話を逸らしてみた。
頼む!珍しくもせっかく忘れてくれていたのだから、出来ればそのまま忘れていてくれ!!
どうか!と胸の内で両手を合わせる。
強く願いを込めて気づくな気づくなと綱吉はリボーンに念を送りつけるが、当然と言うか何と言うか、その行動は余計にリボーンへ事実を気づかせる結果に繋がった。
「おい、今日が11日って事は…日本で言う所の鏡開きだよな…」
「そうだね、うん、そうかもしれないね!でもここイタリアだから。鏡開き関係ないから!」
両の目を見開き愕然とした顔で事実に気がついたリボーンに、それでも綱吉は何とか話を逸らそうと試みた。
「ほら!お餅も無いしさ!」
いや、山本の部屋に行けばあるのだが、それも今は敢えて無視だ。
だってここで止めなければ正月の二の舞になる。
それだけは是が非でも勘弁して欲しい。
自業自得とは言え今日は書類もまだ一枚も手についていないのだ。
事実に気づいたリボーンに付き合っている暇などは無いのである。
「抗争に発展しそうなの?先に潜入に向かわせた方がいい?」
早く仕事の話をしようと綱吉は両手を伸ばして書類を催促するが、その手には書類が乗る気配は全く無かった。
そうして綱吉はようやく気づく。
リボーンの様子が、少々おかしい事に…
「あれ?」
おかしいなとリボーンを見てみれば、なぜかその場で石膏のように固まっている。
「リ、リボーン?」
何だか燃え尽きた某ボクサーのごとく真っ白になって固まっているリボーンの姿に、綱吉は思わず心配になって声をかけた。
今まで一緒にいた中で、リボーンのこんな姿は見たことが無い。
何と言っても、いつだって完璧に輝いた変態。それがリボーンなのだ…
「ってぇ!痛い!殴んなよ!」
「変態とか余計な声が聞こえた気がしてな」
油断した頭を殴られた。
固まっていても己への悪意には敏感に反応するようだ。
だが、迷いなく真っ直ぐに拳を突き出してはくるものの、視線だけは空を見つめたままである。
「なんてこった…」
ボソリと呟き、やがてリボーンは力尽きたかのようにガクリと膝を着いた。



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