これの続き



まるで捨て猫でも拾ったような気分だ。

テーブルにうつ伏せて寝息を立てているシンタローに苦笑し、セトは彼の腕の近くにあったカップをどける。

相当疲れていたらしい。当たり前だ、今日は一日色々ありすぎたようだから。

セト自身も今日は大層疲れた。面倒事を抱え込んだという自覚はあるけれど、夕焼けの中独りぼっちで佇んでいたシンタローがあまりに可哀想で思わず拾ってきてしまった。

蹲っていたシンタローに声をかけて、顔を上げた時の憔悴した様子。見えるのか、と縋るように尋ねてきて、何かを確かめるように手を触って。
家には帰らないと首を横に振った時は泣きそうな顔をしていた。夕陽を背にして笑った顔は酷く怯えているように見えた。

ん、と声を漏らしてシンタローが顔を横に向ける。頬にかかっている黒髪をセトは指先で除けてやる。

常に周囲を牽制しているような鋭い瞳やつまらなそうな無表情、ぽんぽんと生意気に減らず口を叩いていたのが嘘のように、今は力の抜けた顔で寝入っている。

家に連れて帰った当初はそれこそ借りてきた猫のように緊張しきっていたが、セトの目の前でこんな風に無防備に眠る程度には気を許してくれたようだ。

―ちょっとずつ態度が軟らかくなってくるのが可愛かったり。

アヤノの言葉を思い出して、セトは成程、と頷く。

最初の印象が最悪も最悪だっただけに進んで認めたくはないのだけれど、無防備な寝顔はちょっとだけ可愛いと思えてしまった。



■□■



夕食の最中、珍しく家の電話機が鳴ってアヤノがぱたぱたと駆け寄る。

隣のリビングから聞こえる彼女の声に耳を傾けていると、カノがいつものようなにやけ顔でセトを見る。

「どうしたの、セト。今日はなんだかそわそわしてるね」

「え?いやー、そんなこと無いっすよ」

そつのない笑顔を返してセトはかちゃんと箸を置いて立ち上がる。今日の皿洗いは確かキドが担当だったはずだ。
自分の分の食器をまとめて流しに置いて立ち去ろうとするとアヤノがまたぱたぱたとスリッパの音を立ててダイニングに戻ってきた。

「………どうしよう」

アヤノは真っ青な顔をしていた。カノとキドが箸を持っていた手を止める。部屋を出ていこうとしていたセトも足を止める。

「シンタローが、まだ帰ってないって…。携帯も通じないみたい」

アヤノが口を両手で覆って体を震わせる。どうにか嗚咽を堪えているような弱々しい様子だ。こんなアヤノはまだ幼い時分の母親の葬式以来見たことが無いと三人は驚く。

「シンタローって前に喫茶店で会ったあいつか」

「うーん、家出とかじゃない?もう高校生なんだし、そんな一日帰らなかったくらいで大げさにならなくても」

「あの子に限ってそんな、有り得ないよ。家族に心配かけるようなことは絶対しないもの…。どうしよう、何か事件に巻き込まれてたりしてたら」

「落ち着いて、アヤノ姉さん。それからゆっくり考えよう。焦ってもいいことないよ」

「ああ。こんな平和な街で事件なんてそうそう起こらないさ」

カノとキドの宥める声を聞きながらセトは部屋を出た。二人の驚いた後に咎めるような顔に罪悪感を感じるも、外の廊下の壁に寄りかかっている人影が目に入っては仕方がない。

重々しい顔で唇を噛んでいるシンタローに微笑みを浮かべて頷くと、慌てて後を着いてくる。

セトは階段を上って部屋のドアを開け、シンタローを先に入らせてぱたんとドアを閉じた。シンタローは部屋の隅に行き、体操座りをして小さくなる。

まさかシンタローが起きているとは思わなかった。セトは腰を下ろして溜息をつく。

七日間で自分にまつわる記憶が消えるとしてもシンタローにはさぞかし辛いに違いない。自分がいなくなったことがあれほどまでにアヤノを悲しませているなんて。

「アヤノ姉さんには本当のことを話した方がいいんじゃないすか?」

「…そうしたら、あいつはオレのことを助けようとするだろ。もし何かあってあいつが危険な目に遭ったら…、そんなの耐えられない。馬鹿みたいに優しい奴だから、巻き込みたくないんだ」

「シンタローさん、姉さんのことをそんな風に」

目を丸くするセトに、膝に顔を埋めたシンタローはそれ以上言葉を返さなかった。ただ、足の前に回された拳をぎゅっと強く握りしめる。

シンタローがいなくなったことに酷く心を痛めているアヤノの気持ちは分かる。けれど、アヤノの身を案ずるシンタローの気持ちも痛いくらいに分かる。
アヤノに本当のことを話すべきか話さざるべきか、セトは答えが出せずに俯いた。

「…あのさ」

「はい?」

「明日、遥先輩を探しに行ってくるから」

シンタローは顔を上げてセトを見た。かと思ったら瞳が躊躇いがちにうろうろと彷徨う。

「それからまたここにきても―」

「明日、土曜日っすね」

「へ?」

「学校休みなんで、俺も一緒に遥さん探し手伝うっす」

きょとんとするシンタローにセトは笑いかける。これは紛れもない面倒事。けれど、シンタローを放り出す気にはやっぱりなれなかった。
拾った猫は最後まで面倒を見てあげないと、と口に出せば怒られそうなことを頭の隅に浮かべる。

「…馬鹿だな、お前」

穏やかな笑顔と一緒に放たれたその文句は、通常ならば罵倒に使うような言葉だというのに何故だか優しかった。



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