これの続き


どうぞ、と差し出されたカップを受け取る。ちゃぷんと注がれたコーヒーが揺れた。ほかほか湯気が立つそれをシンタローは両手で包み込む。

連れて来られたのは高校の友人であるアヤノの家、その二階にあるセトの部屋。
それとなく観察した室内は綺麗に片付いているというよりそもそも物が少ないと表現した方が正しい気がする。

「別に、迷惑なら放り出してくれても良かったんだぞ?」

「そしたらシンタローさん、行く場所無くなっちゃうじゃないっすか」

ローテーブルの向かいに腰を下ろしたセトは、自分の分のカップをテーブルの上にかつんと置く。

確かにセトの言う通りではあるのだけれど。シンタローは視線をカップの中身に落とす。濃い茶色の液体が手の細かな動きに合わせてぐるぐる渦を巻く。

「でも正直言ってお前オレのこと嫌いだろ」

「えっ」

「何その反応」

「…いえ」

まじまじとこちらを見つめていた目がはっと我に返って、かと思えばゆるりと三日月型に笑んだ。

「あんまりにストレートだったもんで驚いたっす」

「で、どうなの」

「んー、そうっすねえ。正直言って最初は大嫌いだったっすね」

「お前の方がストレートじゃねえか…」

優秀すぎる頭脳や捻じ曲がった性格のせいで嫌われることは多いけれど、大抵そうした嫌悪は陰湿な陰口や嫌がらせとして現れるもので、こうして面と向かって言われることは全くと言っていいほど無い。こっちの方が慣れていない分傷付くかもしれない。

「でも今はそうでもないっすよ」

「えっ。何で」

「まあ…色々?あと、こういうのって実際に体験しないと信じられないもんっすからね」

「逆に同類が増えて嬉しかった、とか?」

セトは首を横に振った。口には笑みを浮かべているがその目は笑っていない。

「それは絶対無いっすね。そもそも、同類ってくくりじゃ無いでしょう」

「普通の人には見えないモノが見えるって点じゃ一緒だ」

「シンタローさんは被害者っすよ」

「じゃあお前は加害者だって?それは間違ってるだろう」

「にも、なれるっすけどね」

シンタローの頬にセトの手が触れる。きょとんと目を瞬いて遅れて理解した。

「それはまたちょっと違うと思うんだが…。あ、お前がそうしたいなら前の詫びと今回の礼に二発くらいは殴られてやってもいいけど」

「そんなことしないっすよ、俺を何だと思ってるんすか。調子狂うんでいきなりプライド全部放り出すのは止めて下さい。そういえば怪我は大丈夫っすか?」

「ああ、特に大したことない。骨折とかじゃなくて良かった。こんなんじゃ病院にも行けねえよ」

シンタローは何でも無いとぶらぶら手を振ってみせる。

もしこれが大きな怪我だったなら大いに困っただろう。姿が見えないから医者にかかることも出来ない。

「お医者さんって結構霊感強い人が多かったりするんすけどね」

「オレは霊じゃない」

「そうっすね。『影を喰われた』、っすか」

深々と頷いて、シンタローはカップを口に運ぶ。思っていたより苦いが飲めないことはない。

トンネルで誰かに襲われた事から、分かっている何もかもをセトには話した。

何者かに後ろから殴りかかられて気絶し、目覚めるとシンタローは影を失っていた。
何故だか服の影はそのまま映るようだったけれど、それも普通の人間の目には見えない。

それだけではなく、シンタロー自身も他の人間に見えない、声が聞こえない、触ることも出来ない状態になってしまっている。
そして、それらが全て今流行りの『影を喰う蛇』の噂と全く同じだということまでは分かっている。

だが、どうしてシンタローが狙われたのか、そもそも『影を喰う蛇』のせいなのか、大体にしてそれは実在するのか。今までの失踪事件に本当に関連するのか。

疑問だらけだ。分からないことがあまりにも多すぎる。

「ここにいるのは構わないんすけど、家への連絡はどうするっすかね。このままじゃ警察沙汰になるのも時間の問題っすよ」

「別に放っといて大丈夫だろ。噂通りなら七日経てばオレに関わる記憶は他人の中から消える。…遥先輩みたいにな」

九ノ瀬遥の失踪から今日で七日目。それまでずっと校内で騒がれていた彼の失踪事件についての話は生徒の誰もしなくなった。

彼と近しかったアヤノでさえも彼の存在を丸ごと忘れていたようだった。まるで初めから九ノ瀬遥がこの世界に存在しなかったかのように。

「お前は遥先輩のこと覚えてるんだよな?」

「はい。直接会ったことは無いっすけど、アヤノ姉さんから話は聞いてたっす。一週間くらい前からその人がいなくなってすごい心配して落ち込んでて…。それが急に、今朝はやたらと元気になってたんすよ」

それで、遥さんが見つかったのかと聞いたら、「誰だっけ?」と返された。

「俺の記憶違いかと焦ったんで、シンタローさんが覚えててくれて良かったっす」

「それはこっちの台詞だ。…遥先輩は、どうなったんだろうな」

失踪…影を喰われたと見られる日から七日、自分やセトといった例外を除けば九ノ瀬遥がこの世界にいた痕跡を誰もが忘れてしまった。

きっとこれまでの六日間、九ノ瀬遥はシンタローのように誰にも認識されない姿でずっと彷徨っていたに違いない。

それから七日目、彼はどうなったのだろう。人々の記憶から消えただけなのか、もしくは。

「消滅した、とかじゃ…無いよな」

「シンタローさん」

顔を曇らせたシンタローの手にセトの手が重なる。

「遥さんはきっと無事っすよ。それにシンタローさんも、心配しなくて大丈夫っす。俺がちゃんと傍にいるんで」

「………」

シンタローはじとりとセトを見る。カップを持った手は上からセトの手で覆われていてより熱い。

どうしてこう、真顔でそんなカッコイイことを言えてしまうのだろう。それも顔が良いからやけに決まって見える。

「はあ…、頭痛い」

「何でっすか!」

額に手を当てるシンタローの反応に何だか馬鹿にされている気がするとセトが噛み付けば、シンタローが出会ってから初めての心から楽しそうな笑顔を見せた。




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