ずっと明けないように感じて 5




「なあ、マクシム。せっかくこうして賑やかな場所に来たっていうのに、隅っこで膝を抱えていて、いったい何が面白いんだい?」

「好みの花を探すつもりならば、ひとりで行ってくればいいだろう、クレイ」

華やかに着飾った美人にも、とりどりの料理にも見向きもせず、壁際の長椅子にくつろいだきりの友人に、クレイは呆れて首を振る。

あれから毎晩自分が張り付いていたおかげで、彼はこのところ夜遊びに出ていなかった。
ひねくれ者の友人が、今夜の夜会の誘いに珍しく素直に頷いたのは、部屋にこもりきりの生活が少しは堪えたせいかもしれない。

久しぶりの外出がかなった割には退屈そうにグラスを傾けているマクシミリアンをちら、と見やって、

「そういえば、アラン・バートンのことだけれど……あいつ、本国に帰ったらしいね」

さりげない風を装って尋ねると、マクシミリアンが軽く眉を上げて呟いた。

「ほう、そうか」

まるきり他人事のような相槌に、今度はクレイが眉を上げる。

「マクシム、おまえ、友だちなのになにも聞いてないのかい?」

「友だちなぞではないと、以前にも教えたはずだが」

いつもながらのつれない台詞を聞いて、クレイはなんとも複雑な顔になる。

「……正直言うとね、俺は、おまえがバートンと付き合うのはいいことじゃないと思ってた」


あの日、自分の誘いを断って夜中にどこかへ出かけたマクシミリアンの姿を、密かに追いかけた。
もっとも、すぐにその背中を見失い、すごすごと引き返して王老人に宿を頼むことになったのだが。

夜が明けるのを待つのももどかしく、屋敷の門前へと駆けつけたところで、朝帰りの友人と鉢合わせたのだった。


「怖かったよ。おまえが、どこか、もう二度と会えないところに連れていかれるような気がして」

目を伏せて小さく笑う。

「……でもね、」

もし、そこまで強く惹かれる相手に、おまえが出会ったんだとしたら――

少しだけ、嬉しかったのだ。

同じくらいに悔しくもあったのだけれど――


言葉の続きを飲み込んだクレイを、マクシミリアンが不審げに一瞥する。


しばしその場に下りた沈黙を、若い婦人たちの声高な話し声が破った。
数人で歩きながら、噂話に興じる彼女らは、少年たちの注意を引いたことなどには気づかず夢中になって顔を寄せ合う。

「ま、グラハム家のご当主が…? 確かにもうずいぶんなお歳でしたけれど」

「ええ。別邸のお部屋でひとりきりで亡くなられているところを、朝になって、出入りの使用人に見つかったのですって。普段は時々本邸の侍女が手入れに行くだけのお屋敷だったせいで、見つかるのが遅れたのだとか」

「いったい、どうしてお一人でそんなところにいらしたのかしら」

「おまけにね、ご遺体には全身に青い斑がでていらしたとかで、なにか恐ろしい病なのではないかと、まわりの屋敷ではずいぶんな騒ぎになりましたのよ」

「怖いわ……もしも、うつる病だったらどうしましょう」

「それが、遠目にご遺体を見てきたうちの下男が、あれは夜……なんとかという阿片の死に方だと申しますの」

「ま、それでは、病ではなく、阿片のせいで、そんな亡くなりかたを? 」

怖いわ、と口々に言いながら、彼女たちの瞳は好奇心に輝いている。

そのことに苦笑しつつ、すい、とマクシミリアンが椅子を立った。

「あっ、おい、マクシム」

慌てて後を追ってくるクレイを後目に、マクシミリアンは姦しい婦人たちにさっさと声をかけてしまう。

「夫人、よろしければそのお話、わたしにも聞かせていただけませんか?」

「あ、あらっ。あなたは……」

不審な顔で振り向いた若い婦人は、無粋にも話に割り込んできた少年が、お伽話の妖精のように美しい容姿であることをみとめると、途端に態度を和らげる。
腰をかがめて少年の顔を覗き込み、

「いいわ……でも、ほかのひとには聞かせられないお話だから、ふたりきりになれるところで、ゆっくり……ね?」

悪戯なふりを装って、淫蕩な笑みを浮かべる女に、マクシミリアンが、す、と目を細めた。
けれど、次の瞬間には、愛想の良い笑みを浮かべ、

「もちろん、あなたのような美しい方になら、喜んでお供しますよ」

「マ、マ……マクシミリアンっ!?」

素っ頓狂な声を上げる友人を素知らぬふりで、マクシミリアンは婦人の手を取った。
ほそい手指にくちづければ、周囲の女性たちが揃って羨望の溜め息だ。

絶句したクレイが、赤くなったり青くなったりしながら、飛び上がってわめく。

「ば、馬鹿っ! お調子者っ! マクシム! おまえ、もう、絶対に外に誘ってやらないからなっ」


あたまを掻きむしらんばかりの友に向かって、に、と笑ってみせ、踵を返す。


ふと、聞いた覚えのない台詞が、耳元に蘇った気がした。


――おまえには、こんな真似は似合わねぇよ、マクシミリアン――


「……そばにいないくせに、勝手を言うな」


誘われた個室に、灯されたばかりの燭台の火が揺れる。

居留区の長い夜は、まだこれから。




(next→一旦あとがき)

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