「…相変わらずお早い回復で。」
「ふん、何を今更。」

俺は先ほどまで文字通りに踏んだり蹴ったりしていた岩の上に、化け物と腰掛けていた。

当然のごとく岩肌は(主に相手の)血にまみれているのだが、直に何事もなかったかのように戦いの全ての痕跡が消えるのだろう。
流れた山の神の血は山が吸収して栄養とする。
そして山が生き生きとしている間、その神も生き続ける。

つまり、首を刎ねようが心の臓を突き刺そうが、数刻後にはけろりとしている奴に、俺は何度挑もうが勝てるはずがないのだ。

右腰にぶら下げていた袋をとり、岩一つ分離れて座っている相手に投げて寄越す。
奴はそれに目をやることもなく手で受け止め、こちらを見ることなくそれを開けた。

瞬間、常に無表情のその顔が、ほんの少しだけほころんだ。
中のものを一つ取り出し口に含めば、さも嬉しそうに微笑む。
多分俺くらいにしか解らない変化だろうが、その小さな変化が俺には嬉しかった。

今彼が食べたものは、俺の家で作っている干菓子だ。
和三盆に着色をし、季節にあった形に固める小さな砂糖菓子。
以前店で余ったものを持ってきたとき、彼は口の中で瞬時に溶ける甘さに酷く驚いていた。
干菓子も知らねぇのかとからかうように笑えば、化け物は眉を寄せてそっぽを向く。
けれどその後、本当に小さな声で「美味しい」と。





あのとき、何かが胸の中ではじけて、自分ですら気付かないような隙間までじわりじわりと満たされていくような気がした。
あの菓子を作ったのは親父なのに、自分が作ったものを褒められたような気さえして。

今まで多くのお客さんに笑顔を貰って、何度も喜んで貰ったはずなのに、同じ言葉でどうしてああも胸が高鳴ったのか。

いまでもこの化け物が、化け物らしくないような顔で、おいしいと菓子を頬張っている姿を見ると、腹の底から嬉しさがこみ上げる。

一体心は何処にあって、何処まで伝わるのだろうと不思議に思われてしまうほどに、何度も。






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