「結構‥きついよなあ‥‥」

そう葵が呟いたのは、初めて遂行した炎部の任務の直後だった。

燃え盛る業火をじっと見つめ、数えきれない命を絡めていく炎が消えるまでその場を動くことが出来ない中での、無意識な一言。

炎部は捨て駒と同じだと、そう聞いて思ったのは単に命の事だと思ってたのに、炎部として動くと何よりも痛むのは心だという事に驚いた。

炎部に入る依頼は決して多くはない、葵が二度目の任務を言い渡されたのは里の内部が大きく揺れる、そんな時期の事。

耶虎と出会うずっと前、そして愛刀となる紅鱗を手にするきっかけにもなった、一つの任務。










枯れない涙は無いと聞く










火の国にしては珍しく、その日は国全土を雨粒が襲っていた。

ザーザーと音を立てて降り注ぐ雨は止む兆しを見せず、人々を屋内へと押し留めてその勢力を存分に振るい続けていた。

「‥‥え?」

窓を叩き付ける雨音が鳴る中で疑問の声が上がったのは木ノ葉の火影執務室でのことだった、三代目の猿飛は何時もの様に椅子に座り、その前には片膝を付いた女暗部が一人。

長い飴色の髪は濡れ、今まで雨に打たれたことを示していて、静かに床へと滴を垂らす。

取り去った虎面に隠れていたその整った顔立ちは数刻前に暗殺任務を終えて来たばかりだとは思えない程美しく、赤い瞳に映り込む光がその中でゆらりと揺れていた。

「この時期に‥俺を長期の里外任務に?」

「炎部としての任じゃ、避けられん」

「ではあの一族は‥本格的に動かれる前にせめて協議の場を‥、でないと潰されてしまう」

「わかっておる、手立てを講じてはいるのじゃ」

水面下で静かに、それこそ天から落ちる雨粒さえも水紋を立てられないほど深くで囁かれるうちは一族の謀反。

このまま実行に移されてしまえば猿飛としても彼らを救う手は無い、だからこそ今が大切な時期だった。

里の長である猿飛の盾となり、時には槍となる暗部たちの中で、火影直轄で動く緋炎が里外に出るという事は猿飛にとっても木ノ葉にとってもマイナスにしかならないと言うのに。

「‥申し訳ありませんでした、異論を唱えるなど。」

三代目が苦しくないわけがないのだ、与えられる任務を遂行すればいいだけの忍としてあるまじき行為に緋炎は恥じた。

前回の炎部としての任務が思いの外心を抉ったからかもしれない、志願したいとは思えない過酷な任務であったから。

‥‥すぅ‥

緋炎は一つ大きく息を吸った、里の内部に関してこれ以上の介入は許されない。


「任務内容は」

「‥これじゃ、依頼書はすぐに破棄せよ」

それは一枚の紙切れで、表の暗部が下される様な多数の印も事前の諜報内容すらなく、記されているのは必要事項のみ。

リストの上部にある名前には緋炎でも見覚えのあるものが一つ二つ見受けられた、小さな国の国主と重臣たちで、その国は最近何かしら資源が見つかったのだとか。

あれがあれば科学技術が随分と進むんじゃない?

そう言っていたのは胡蝶だ、どの国でも欲しがるだろうからあの国も随分と潤うわねと、そう言っていた。

(依頼主は隣国ってとこかな‥、交渉してその資源とやらを手にするよりも殺した方が早いってな判断か‥)

リストは長い、この数にもなれば暗殺とは到底言い難く、虐殺と言った方が正しいとさえ思える。

緋炎は近いうちに自分が殺す相手の名前を感情を封じた瞳で読み込んで、そして最後の名前を脳に焼き付けた後気付いた。

「期限は?記されていないのですが。」

「‥‥」

「‥火影様?」

だめだ、三代目にそんな顔をさせてはいけないと頭の片隅で思った。
机に乗せた拳を強く握りしめた三代目の姿を緋炎は見つめ、そして悟った。

期限は無いのだと。

「御意。‥すぐに‥発ちます‥‥」

猿飛の答えを聞く前に、緋炎は静かに頭を下げた。

長い髪が床に張り付いていくのを見ながら任務完遂だけを心に刻み、緋炎はゆっくりと立ち上がった。

火影室から姿を消して、再び雨の中に立って空を見上げた緋炎は記憶に留めたばかりの複数の名を脳内で繰り返した。

「期限は無し‥」

雨音でかき消されてしまったそれは、死刑宣告にも近い言葉。
強く拳を握りしめた緋炎は一度だけ火影邸を見上げ、後は振り返る事なく雨の中を歩いて行った。

約半年後、緋炎からの定期報告は途絶えた。
残る1人の対象者を前に‥それが猿飛が知る最後の緋炎の姿。




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