「‥っげほ!はあ、はあ、‥‥お前で‥終わり、だ‥‥‥」


緋炎が猿飛から任務を言い渡されてから半年の月日が流れ、殺して殺して、心も体も惨憺としている中で緋炎は最後の一人を血に濡れた瞳でうっすらと見つめた。

琥珀色の髪は殺した相手と自身の血で赤く染まり、虎の面は随分前に割れ落ちてその下にある白皙の肌も深く抉られていたが、痛みなどもう感じてはいなかった。

これらはいつ付けられた傷だろうか、思い出す事すら出来ない程意識が朦朧としてるのを自覚して、それでも任務の完遂だけは強く心に残っていたはずなのに今はよくわからない。

(これで終わり、なのに‥‥)

小さな国とはいえさすが国主だと、すでに殺した相手に賞賛を送る事こそが侮辱的な行為かと口端を軽く緩めながら緋炎は近くの壁に血で濡れた手を付いた。

相手は忍じゃない、ただの一般人で対象者がたまたま国主と、その血を微かにでも継ぐ者たちだっただけの話。
ただ護衛の数が事前調査よりも遥かに多く、そいつらの操る不可思議な術のせいで対応が遅れ、それが現在自身の置かれる状況に繋がった。
全ては緋炎自身の落ち度によるものだ、どこかで生じた小さな過誤。

(‥ッくそ、手が‥‥)

震える手は疲れによるものだと思いたい、視界に映る対象者の姿はまやかしだと思いたい。

これで終わっていいのか、終えていいのか‥悩んでた。

「ひ‥人殺し!なんて事を‥人間じゃないわ!!来ないで‥やめて!」

緋炎が初めに殺したのは国主、そしてその妻だった。

国の混乱に乗じて国主の血族がどう動くかは事前の調査によって明らかで、だからこそ優先させた暗殺。

炎部の任務に暗部は一切介入しない、元々炎部なんて存在が無いと同じなのだから任務を受けたと同時に単独で諜報を開始する、そして掴んだ情報により一人、また一人と緋炎は確実にその命を奪っていった。

緋炎が流す血の中で、腕にある炎部の印だけが赤く高熱を放っているかのように熱い、目の前の対象者を殺せば任務終了、呪印もまたその存在を薄くする。それと同時に熱も消え、残るのは持ってはいけないはずの罪責感や背徳感だ。

「やめて‥助けて、お願い‥‥何も出来ないじゃない、何も関係ないじゃない‥どうして‥‥」

たいして広いとも思えないこの部屋はすでに血臭が充満していた、天井に飛び散った血沫と肉片は重力に逆らえず音を立てて床に落ち、転がる首はこの結末を見たいとでも言うのか虚ろな瞳を緋炎に向けている。

窓から飛び込んで一瞬の出来事だった、欠け始めたクナイを強く握りしめた緋炎は瞬く間に対象者の護衛の命を奪い、反撃さえも許さずにそのまま対象者を殺す‥そのつもりだった。

一瞬の躊躇が、緋炎の動きを完全に止めさせた。
そしてこのひと時がより大きな罪を負わせる様に、重い。

「お願い、この子だけでも見逃して、何も伝えないから、何も教えないから‥どこか知らない国で‥静かに‥‥お願い‥」

緋炎の瞳の中に流れ込む血が、目の前で涙を流す女を赤く映し出した。
その腕の中には眠る赤ん坊がいて、女は子を守るように強く抱きしめる。

「あなたが‥あなたが全部奪ったの‥‥私からも、この子からも‥命だけは、お願い、命だけは‥」

女は逃げ切れるとは思っていないのだろう、扉に背を向けたまま大粒の涙を流して膝を付いた。

その姿が緋炎の中で突然鮮明になった、血で赤く揺れていた波が消えて、女の姿も赤ん坊の姿も、はっきりと視界で捉えることが出来るほどに。
それがまた緋炎の心を揺らすのに、目を逸らすことが出来ない。

「‥お願い‥‥」

懇願する声に呼応するように腕が熱を帯びた、炎部の印が早く殺せと緋炎に急いているように。
ゆらゆらと視界が揺れるのが不思議で、ぽたりと落ちる赤色とは違うそれが何か、気付いてしまった。

「‥お願いよ‥お願い‥」

ああそうか、俺は今泣いてるんだ‥‥

頬を伝う涙が床の血溜まりの中に落ちていく、相変わらず震え続ける手は今にもクナイを落としてしまいそうだった。

(ダメだ‥‥)

これからしなければいけない事を体が拒否していた、わかっていたのに、従うわけにはいかずに緋炎は震える唇を開いた。
自分にはこの選択肢しかないのだと、納得するために敢えて音にする事を選んだ。

「すまない‥」

「‥そ‥んな‥‥」

「俺は‥忍だ。」

そう、忍だ。
里の為に生きると決めた、大切な人たちの為に生きると決めた、死なないって‥約束した。

「‥ごめんな」

クナイを掲げて振り下ろす、対象者と女を同時に斬り裂ける強い力を籠めて真っ直ぐに。

忍は里の為に‥?

違う‥
俺は今、自分の為に殺すんだ‥。

不快な音を立てて肉を裂く感触が緋炎の全身に不気味なほどに強く伝わり、握りしめた拳から新たに血が流れていくのを感じた。

叫び声一つ、泣き声もないままにゆっくりと床に倒れこむ二つの体。
その命が消えたのを悟った瞬間、耐えられなくて張り上げた緋炎の声は新たな追っ手を呼び込んだ。

叫ばないとどうにかなってしまいそうで、強く、強く。

部屋から飛び出して死に物狂いで走った、背後から感じる複数の殺気に怯えながら地を蹴って飛ぶ。

その時何を思っていたのか、前に進むことだけ考えて、それでも生きる事を諦める事は出来なかった。
だから走る、ずっと走る。

回復に回すチャクラなんてもう無くて、木々の間を駆ける力も無い。
気付いた時には敵はすぐ後ろにいて、飛ばされた暗器を払いクナイを弾いて繰り出される体術を流すのが精一杯で、それもいつしか出来なくなった。

景色がブレる、上手く走れず呼吸をする度にギシギシと全身が悲鳴を上げる中、歯を食いしばりながら足を前に出す。

まるで客観的に自分を見ている様だと緋炎は思った、必死になって走って、血を流しながら泣いてひたすらに逃げ続ける姿は滑稽だとも思った。
数多の命を消しておいて、自分の中に存在するかどうかも分からない”命”とやらに執着するその姿は憐れで、醜く卑しい。

乾かない涙を流し、視界に入る世界が徐々暗くなっていく、色を失くして灰の色が辺りを侵食していった。

(ごめんな‥‥もう、維持出来ない‥)

周りが真っ黒になった瞬間に天地がわからなくなって、元々崩れてた体勢が一気に傾いて落ちていくのを感じた。
軽い衝撃と体を包み込む温かい感触は少し懐かしさを覚えるもので、緋炎の意識はそこでぷつりと切れた。

最後に脳裏に浮かんだのは三代目でもカカシの姿でもなくて、黒髪の少女だった。
自分とは似ても似つかない普通の少女、会ったことも見たこともない、それなのに罪悪感だけを覚えて、緋炎は静かに沈んで行った。

深い深い水の中に、誰にも知られることなく、落ちる。



 prev / next



 → TOPへ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -