段々と、日が傾いてきた。

辺りが樅の木で囲まれている所為か、より一層暗く見える。



「なぁ、響架」
「ん、何ですか?」


「私が、"外"に連れて行ってやろうか?」


唐突にそう言えば、響架は二、三度目を瞬き、咲喜の顔を食い入るように見つめた。
何故そのような事を言ったのか―――探る、ような。


この少女を、外に出してやりたかった。

そう、思っただけだ。
その後の世話は、幾らでも見れる。
もっと色々なものを見せて、教えて、話して。

―――光を、見せることが出来たら。




そして、響架は、ふ、と微笑を零し、咲喜から視線を外す。
それは、ぎこちない笑み。心から微笑んでいる訳ではないと、直ぐに分かった。






「行けません」


響架が出した答え。
ゆっくりと、咲喜に視線を戻し、言葉を紡ぐ。
一目で分かる。その瞳に宿っていたのは、揺るぎない意志。




「私は……村が大切なんです。例え、私を捨てた村でも、私は守りたい」


「…何故、そんな風に思うんだ?」


彼女が生まれた村には、彼女の"家族"と呼べるものは存在しない。
そして、自分を見殺しにしようとした村だ。

それでも、彼女は恨まないと言う。
守りたい、と言うのだ。

ほんの少し、自嘲気味に顔を伏せた。


「…どうしてでしょうね。ただ、私の自己満足かもしれません。自惚れてるのかも、分かりません。けど…………私は」


顔を上げ、響架は笑った。
一点の汚れも無い、純粋で綺麗な笑顔。









「私は、ひとが好きですから」










さぁっと風が吹く。

風は、咲喜の髪と、鉄柵越しの響架の髪も浮かせた。

散り切れなかった花弁を巻き上げ、紫色の空を彩ってゆく。






――――花のような笑顔、か。


「―――私も…」

「え?」



「私も、いつかそんな風に言ってみたいと思ってな」



そう言えたら、それはどれほど幸せな時だろうか。



響架は綺麗なまま、生きている。

それは、もう諦めているのかもしれない。

それでも――――。






「私は」



響架は優しげな眼差しで、咲喜を見つめる。




「私は、咲喜さんの事、好きです」






「私だけじゃありません。咲喜さんの事を好きだといってくれる人は、きっと、沢山います」






何故そんなにも。

綺麗で居られるのだろうか。

紡がれる言葉一つ一つが、歌のようで。

こんなにも、心に響くなんて。






「だって、咲喜さんは素敵なひとですから」

「ははっ……、そうか?」

乾いた笑い声。しかしそれを気にすること無く、響架は言葉を継ぐ。
嬉々とした表情で、自分の手を胸の前で握った。


「はい!だって、会ったばかりの私なんかの事を気に掛けてくれて、一緒に居てくれました。それに、ここから連れて行ってくれるとも言いました。
 応えることは出来なかったけど……嬉しかったです。本当に、ありがとうございます」


すぅっと目を細め、指を揃え、頭を下げる。
そんな響架に苦笑する。



「顔を上げろ。そんな、大したことはしていない」


少し上目遣いで見つめてくる響架に、また笑う。


「…響架がそう言うなら、そうなのかもな」


響架は、風に花が揺れるような、そんな微笑を湛え、咲喜の漆黒の瞳と視線を交じり合わせた。












もう、夜になっていた。

樅の木が、一斉にさわさわと音を立てた。



咲喜が立ち上がり、背中に流した黒髪が揺れた。
それを響架が、何処か寂しそうな色を含んだ瞳で見上げる。




「またいつか、会えますか?」

「ああ、きっと……会えるさ」



繋ぐのは、再会の言葉。













空に浮かぶのは、朧夜。



そして、今宵も、月に願いを掛ける。










(朧夜の願いは、叶うだろうか)


(花の唄に、乗せて)




          
           










             


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