「―――・・・うぉぉおおおっふ・・・!!」
くそ。痛みで涙目・・・と苦しげに呟く緋乃は、地面に尻餅をついていた。
ぼんやりと霞む視界に映ったのは、澄んだ夜空に輝く星。
・・・ん?
「・・・さっきまで昼だったんじゃ・・・」
あれ?と再度首を傾げた緋乃。
その耳に、凛とした声が届いた。
「―――お前・・・何だ?」
「へ?」
“何だ”ってまるで人間じゃないみたいだ失礼だな、なんて思って横を向けば、市女笠を被った・・・人間?がいた。
少し違うような雰囲気に戸惑うが、自分の下で何かが唸っているのを聞き、緋乃はパッと下を見遣った。
「・・・うぅ、ううう・・・」
「うぎゃぁっ!!」
一つ目の、獣の妖怪であった。
己も妖怪の身でありながら思わず叫び声を上げてしまったのに気付き、はっと口を噤むがもう遅い。
悲鳴は既に口の外。
どどど、どういう事!?
つーか市女笠って昔の奴じゃん!今時おかしーって!
しかも周り囲まれてるぅぅう!?
思考が追い付かない緋乃を外野に、妖怪は市女笠の人に襲い掛かった。
「生き肝を寄こせぇっ!!」
ビュッ!と緋乃の横を風を切る獣の妖怪たち。
先程まで混乱していたが、緋乃はその女のピンチに一瞬で立ち直り獣の首根っこを引っ掴んで投げ捨てた。
「あんた危ないよ!早く逃げて!」
「いや、その必要はない」
キッパリ言い放った女に、緋乃は焦る。
嘘だろ、おい。
どんだけ肝据わってんだよこの人!
「生き肝ォォオオ!」
「うっわ、また来た!」
尚もしつこく生き肝を狙ってくる妖怪を見て、緋乃は悲鳴にも似た声を上げた。
しかし次には腹を括ったのか市女笠の女の前に立ち、ビュッと右腕を横に一閃。
「ギャアァア!!」
たちまち、どこからともなく盛んに燃える火が出現し、妖怪たちを焼き尽くした。
ふぅ、と溜め息を吐いた緋乃の後ろから、拍手の音が聞こえる。
振り向けば先程の市女笠の女が立っていた。
「お見事だった」
「いや、それ程でも・・・」
えへへ、と少しばかり嬉しそうな緋乃は頭を掻くが、一瞬動きを止めた。
「って違う違う!逃げろよ!何で逃げないの!」
危なねーじゃん、ともう一声言いかけた時だった。
まだ息があったのか、緋乃に飛びかかろうとしていた妖怪が黒い炎を上げて燃え尽きた。
それを見た緋乃の双眸が見開かれる。
「黒い、炎・・・」
緋乃の頭に、一つの言葉が浮かび上がる。
―――黒蝶。
その黒い炎が何を示しているか判らない程バカではない。
呆然と女を見詰めていると、その女が緋乃に顔を向けた。
「だから“その必要はない”と言っただろう?」
形の良い唇から紡がれた言葉は、何と男前である事だろうか。
自分の周囲にはいないような性格に、緋乃はほぅ、と溜め息を吐いた。
一方、黒蝶・・・
咲喜は、目の前の男を見てどうするべきかと迷っていた。
僅かながら黒炎を出して助けてしまったが、先程火を扱っていた所を見ると妖怪であるらしい。
殺すべきか・・・
しかし目の前に居る男がこの時代に合わない男だったせいもあるのだろうが、何となくそれが憚られた。
少し風変りで髪色が珍しいその男に、何故だか興味が湧いた。
暫し静かな時間が過ぎるが、先に口を開いたのは緋乃だった。
咲喜の市女笠を指して言う事には。
「・・・それ、熱くないの?蒸さない?」
「・・・」
その少しズレた一言で、咲喜の中で緋乃の処遇が決まった。
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