sample | ナノ
「◯◯ちゃん…!」
「白南風丸さんっ?」
障子に向かって声をかけたのに、何故か廊下の角から現れた白南風丸さんに吃驚する。
もしかして走ってきたのか、はぁと一息つくと白南風丸さんは顔を上げた。
「か、厠行っててさっ。帰る途中に義丸の兄貴達に会ったんだ。そしたら◯◯ちゃんの部屋が雨漏りだって言うから吃驚したし。◯◯ちゃんはもう俺の部屋に行ったって言うし…」
「そ、そうだったんですね…」
何という入れ違いだろう。知らなかったとは言え申し訳なく思った。
だけどそんな事は全然気にもしてないらしい白南風丸さんは、私を抱きしめてくれた。
「会えてよかった。本当に…」
抱きしめてくれる腕から彼の優しさが伝わる。
ここは館内だし、大袈裟だなぁと思いつつ……嬉しくて私も抱きしめ返す。
「あの、義丸さん達からお話は聞いてると思うんですけど、というわけで、今夜は白南風丸さんの部屋に…」
「もちろん、いいよ!」
笑顔ですぐ答えてくれた白南風丸さんにほっとする。
このまま抱きしめていたかったけど、足元に冷たい雨の飛沫がかかり、縁側だった事を思い出す。
「あ……早く部屋に入ろうか」
「はい。そうし……ひゃっ!?」
障子を開いたと同時に、突然身体が宙に浮いたから変な声を出してしまった。
目の前には、微笑んでる白南風丸さんと、
…お姫様抱っこされた、私。
「し、ししし白南風丸さん…!?」
「布団まで運ぶよ」
「じ、自分で歩けますから…!」
というか、布団までそんなに距離ないですけど…!
私の困惑してる顔を見ながら察したのか、白南風丸さんは囁いた。
「久しぶりに、二人きりなんだからさ」
「!」
「…恋人らしい事、いっぱいさせてよ」
甘い声と表情に何も言えなくなり、そのまま部屋に入ると、白南風丸さんは器用に足で障子を閉めた。
そのまま姫抱きされた状態で、布団の上に座り込む。
「◯◯ちゃん、顔真っ赤だね」
「っ!、だって……」
こんなに近くにいてるせいか、暗闇でも見えるらしい。
あんな風に言われて、恥ずかしい、けど、嬉しくて……複雑な気持ち。
「…可愛いよ、すごく」
「白南風丸さん……」
なんだか、今日の白南風丸さんは積極的だ。
伸ばされた手は私の頬に当てられ撫でられる。
お互い見つめ合って……いたら、白南風丸さんの手が震え出した。
「………」
「?、白南風丸さん…?」
「…〜〜っ!ちょ、ちょっと待って…!」
私をあぐらから降ろすと、背を向けてしまった彼。
一体どうしたんだろうか。
顔は見えないけど、白南風丸さんの耳は真っ赤で…。
「あー…やっぱり無理だ…うん。俺には無理…。俺には…ッ」
「ど、どうしたんですか…?」
「…ごめん。さっきのは忘れて」
「…えぇ!?」
さっきのは忘れて。
つまり、それは……。
「わ、私が可愛くないって事ですか…?」
「えぇえ!?ち、違うよ!そうじゃなくて……ご、ごめんねっ。紛らわしい言い方して…ッ」
そういう意味ではなかったらしく、白南風丸さんは慌ててこちらを振り向いてくれた。
「えっと、ここに来る前なんだけど、義丸の兄貴に言われた事があって…」
「義丸さんに…?」
「〜っ、た、たまにはその、愛の言葉でも囁いてやれって……」
「え?」
目が点になり、思わず聞き返してしまった。
私が白南風丸さんを訪ねようとしていた間に、そんな事があったなんて。
先程の白南風丸さんの言動と、その言葉を聞いて……私は納得した。
「お、女の子はそうゆうのが嬉しいからって、義丸の兄貴が……でも俺、◯◯ちゃんのこと、可愛いって言うので精一杯だ……ごめん」
義丸さん、純粋な白南風丸さんになんてアドバイスを…。
一生懸命、真っ赤な顔でそう伝えてくれた白南風丸さんに、愛しさが込み上げる。
特別な言葉なんて無くても…。
私は充分、貴方に大切にされてるって分かってるのに。
「白南風丸さん、ありがとうございます。私のために」
「!、◯◯ちゃん…」
「でも、いいんです。確かに愛の言葉も嬉しいんですけど、私は…」
普段の、貴方が大好きだから。
そっと彼の胸に寄り添うと、聞こえてくる早い心音。
背中に白南風丸さんの腕が回ってきて、自然に私も彼に腕を回した。
「ほ、本当に◯◯ちゃん?不安とか……ない?」
頬に添えられた手は、壊れものを扱うかのように優しくて……胸がきゅんと締め付けられた。
あぁ、大切にされてる。
そう実感した。
2020/12/22
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