第8話:疲れた時は寝るのが一番





「『侍の国』からやってきた ただのスナック嬢です」


息をすることさえ許されぬぐらい殺気立つ無駄にバカ広い座敷のド真ん中で、さらには身動きを取れぬよう拘束されているというのにそいつはニコリと笑いながら、けれども真っ直ぐな目で答えた。


―――そいつの名は、寺田あかり。


幼い僕がうっかり五条家に眠る特級呪物から呼び出してしまった、後の僕の世話係である。

なんでも江戸のかぶき町からやってきたとか。その街で実家のスナックで看板娘として働いてたとか。ここにくる前は父の墓参りをしていたとか。それを聞いた時、何言ってんだコイツと思ったよね。次の瞬間、また無下限呪術を貫いて殴られて地面に埋まったよね。

けれど、そいつの語る江戸は僕の知る江戸とは異なる世界だった。

その世界は海からの刺客ではなく、宇宙そらからの刺客により文明の利器がすこぶる発達した世界。ぶっちゃけると僕のいる世界よりも物凄く発達してたと思う。だって宇宙旅行とかが商店街のくじ引きで当たって行けるレベルって言ってたからね。

何故、そんな奴が僕の世話係になってしまったのか。誰もが疑問に思うことだろう。

その原因は僕が封印を解いてしまった特級呪物にあった。まず、その特級呪物について簡単に説明するとしよう。


『それは持ち主の呪力を吸い込むと強いものを呼び出し、主従関係を結び自分の手駒にできる特級呪物』


これだけの説明だったらこちらにメリットしかないなんて素晴らしい特級呪物なんだと思うかもしれない。だがしかし、ここに補足を付け加えて説明するとしよう。


『それは持ち主の呪力を「勝手に」吸い込むと強い「何か分からない」ものを「ランダムで」呼び出し、「強制的に」主従関係を「生命力を元に」結び自分の手駒に「多分」できる特級呪物』


つまりだ。上の説明をものすっごい掻い摘んで話すと、僕の呪力のせいで呼び出したあかりは言わば式神的存在。そして、あかりが死ねば僕も死ぬ。僕が死ねばあかりも死ぬ。そんな運命共同体に僕達はなってしまったのだ。

…………いや『なってしまったのだ』じゃねーよ。どんだけ補足あんだよ。補足ありすぎてどれが補足か分からなくなっちゃったよ。そもそも「多分」って何。そんな曖昧でいいのか。それでいいのか特級呪物。つーか、


「デメリットしかねーじゃん」


その説明を呪物に詳しい者から聞いた時、思わずそう口からこぼれてた。因みにそれを一緒に聞いていた僕の運命共同体は「あらまあ」の一言で済ませていた。

改めて思い返すとよくあの場面でその一言で済ませられたよね?自分の命が関わってんだよ?流石の僕でも冷や汗かいたよ?コイツの肝どんだけ座ってんの?

一方、そんな能天気なあかりとは裏腹に五条家はそれはもう大パニックに陥っていた。

まあ、僕が原因とはいえ五条家嫡男であり呪術界の神童の命に関わることだからね。何とかして僕とあかりの呪いを断ち切ろうと頑張った。そりゃもう一族総出で全力で頑張った。夜通しで目の下に真っ黒な隈ができるぐらい頑張った。


が、その頑張りは実ることはなかった。


早い話、どう足掻いてもこの呪いを断ち切ることが出来なかったんだよね。一応、無理やり断ち切る方法は見つけていたらしいのだが、それらは全て僕の命が関わることになっていたため諦めざるを得なかった。

後日、そんな努力も虚しく散った現実にこれからあかりの処分をどうしようかと頭を抱えて五条家が悩んでいると「はい、ここは私に任せて下さい」と、あたかも自分も五条家の一員ですみたいな顔でその集会に参加していたあかりが手を挙げた。

そして、『緊急会議 寺田あかりの処分について』と書かれたホワイトボードをどこからか持ってくるや否や、


「さて、今回の議題は『異世界人である私こと寺田あかりの処分について』です。皆さんご存知の通り、五条家の大切な御子息が呪われた装備によりどこの馬の骨かも分からないスナック嬢と運命共同体になってしまいましたが、」


と、昼間にやる情報番組のMC如く司会進行を始めた。


…………いや何当たり前のように参加してんの?これオマエの処分を決める集会なんだけど?なのに何でオマエが進行してるの?つーか何で誰もコイツが参加してることにツッコまないの?何で素直にコイツの話聞いてるの?あれ?もしかしてこれ俺がおかしいの?

そんな感じで当時の僕は心の中でツッコミを入れていた。でも、今思い返せば、みんな僕とあかりの呪いを断ち切る方法を徹夜で探して疲れてて思考が停止してたんだと思う。何かやけくそになってたんだと思う。だから素直に聞いてたんだと思う。だとしてもそれでいいのか五条家。それでも呪術界御三家なのか。

すると、番組の終盤を迎えた時、MCが今回の議題に対してとある提案をした。


「そこで一つ提案なのですが、私が御子息の身の回りの世話をするのはどうでしょう?」


あ、提案じゃなかった。爆弾発言だったわ。


つーか何がどうしてそんな話になった?俺が聞いてた限り意外とまともな話してたよね?特級呪物から呼び出された自分は死刑対象に値するが、そうなると必然的に俺の命も消えてしまうことになる。なら、監視対象として処分はどうかって話だったよね?なのに何でそんな話になった?

またしてもそんな感じで当時の僕は心の中でツッコミを入れていたが、流石に素直に話を聞いていた家の連中も突然の提案にどよめいていた。

しかし、そんなどよめきを物ともせずにあかりは「はい、静粛に」と一言かけて五条家を静かにさせた。


「皆さんのお気持ちは痛いほど分かります。そりゃあ、どこの馬の骨かも分からないスナック嬢が御子息の世話係になるなんて言語道断ですよね。けれども、この提案には双方にメリットがあります」


それは、と真剣な表情でこちらを見つめてきたあかり。続けられようとする言葉にゴクリと唾を飲んで聞き入る五条家。その瞬間、まるで時が流れていないように静かだった。

そして、そんな静寂な場にあかりは、


「監視がめっちゃ楽になります」


メリットっていうかクソどーでもいい一言を放った。さらに、


「というか、私この世界だとニートになるんですよね。あの腐れ天パ野郎と一緒になるんですよね。それは嫌です。絶対嫌です。死んでも嫌です。あんなニート侍と同じ扱いをされるなんて御免蒙ります。そこで私、考えたんです。御子息と運命共同体になってそれぞれ監視するのが面倒ならずっと側にいればいいじゃない。そのまま働けばいいじゃない。あ、そうだ世話係になろう、と」


そうだ、京都に行こうみたいなノリで就職活動してきた。


「つまり、この提案は私を世話係にするとそちらは私を監視にでき、大切な御子息も護ることができる。そして無一文の私も職につける。Win-Winな関係を築けるものなのです!!」


そう力説してきたあかりに対して、五条家はスタンディングオベーションをした。

いやなんでだ。今の話のどこに立ちながら拍手する必要があった。つーかWin-Winな関係っていうかそっちにWinしかない関係じゃねーか。オイいい加減にしろ。寝不足で思考停止してるにも程があるだろ。オマエらマジで寝ろ。そしてそのまま二度と目覚めるな。

思わず遠い目をしながら相変わらずツッコミを心の中で繰り広げていると、そんな僕を助けるかのようにスッと手を挙げた救世主がいた。

それは五条家当主であり僕の祖父だった。

その姿を見た時、あ、やっとまともな人物が出てきた。この状況を打破できると確信したよね。

そして、僕の期待を背負った祖父はいつになく真剣な面持ちで口を開いた。


「だが、それだと幼い悟にはちと刺激的すぎるのでは?儂のエロh……資料によるとそのような展開には必ずラッキースケベなるものがついて回るそうじゃないか」


ちっっっっっっっげェよ。誰が俺の貞操の心配しろっつったよ。少しでも期待した俺がバカだったよ。つーかさり気なく自分のエロ本から得た知識暴露してんじゃねェよ。オイ誰かツッコミ入れろ。いやこの際ツッコミじゃなくていい。とりあえずこのエロジジイに天誅を降せ。

心の中で幾度ないツッコミのオンパレードに疲労してた僕だったけど、それに追い討ちをかけるようにあかりが口を開いた。


「確かに何も知らない無垢で幼い御子息にとって夜の蝶であるスナック嬢の私が世話係になるのは少し刺激的かもしれません。でも、安心してください。人は皆いずれ通る道です。それに客引きに引っかかるのは人生の勉強のひとつって言うじゃないですか」


いやそんな人生の勉強法みんな知ってるみたいに言わないで?未知の勉強法だから。つーかコイツらよく子供がいる前で平然と話せるよな?それとも俺の存在が目に見えてないの?こんな存在感ある俺が見えてないとか目ェ腐ってんじゃない?

正直、この時点で幼い僕の胃は爛れてたと思う。というか吐血してたと思う。だって何か口から血の味がしたし。



―――と、まあ、こんな感じで、寺田あかりは僕の世話係になったのだった。








******







☆今回の語り部、というかツッコミ役だったGLG
寝不足な五条家と破天荒なスナック嬢のせいで残念ながら胃はお亡くなりになった。
まさか幼くして胃薬を処方されるとは思わなかった。
だが、これから待ち受けるスナック嬢との日々で鋼のメンタルを手に入れることになる。
実は、大人になって理不尽下品極まりないボケになったのは幼少期にツッコミをし過ぎた反動。




☆さらっと場に馴染むのが忍者の如く上手いスナック嬢
GLGと運命共同体になってしまって死刑対象になりかけたが、自前のトーク力でなんとか回避した。
そして、ニート侍と一緒のマダオになるのは死んでも嫌だったので何とか職をもぎ取った。
実は、あの集会の後いっぱい寝て正常に戻った五条家に恐喝された。
でも、寝不足だった五条家当主からちゃっかり拇印付きの契約書と言質入りボイスレコーダーを手に入れていたので、それをネタに恐喝し返していた。









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