期限はきちんと守ろう






「新八、神楽。見ろ、昨日の戦利品だ。今日はこれでパァ〜っと寿司でも食いに行くか?」
「ヒャッホー!!銀ちゃん太っ腹アル!!寿司なんていつぶりネ!!」


パチンコという戦場で得たたくさんの諭吉をドヤ顔で見せびらかす銀髪の天然パーマ男と男の言葉に喜ぶチャイナ娘に、僕は一言。


「銀さん、神楽ちゃん。寿司よりもまず先に家賃を払うべきです」


初めまして、僕は志村新八と言います。ひょんなことから、このだらしない銀髪の天然パーマ男−−坂田銀時の営む万事屋で働いている従業員です。あと、自分で言うのも悲しいですが、数少ないツッコミ担当でもあります。

そんな僕の一言に、有頂天気分を味わっていた銀さんと同じくひょんなことから万事屋で働くことになったチャイナ娘−−神楽ちゃんが物凄く冷めた目でこちらを見てくる。


「んだよ新八。お前、初登場だからっていい子ぶってんじゃねェよ。これ読んでる奴らは大体原作知ってんだからな。あと、お前が童貞だってことも」
「童貞の何が悪い!!?つーか、メタい発言はやめろ!!ただでさえこの作品ギリギリアウトな描写が多いんですから!!」
「ギリギリアウトどころじゃないネ。もう駿の作品二つもパクってるアル。というか、この作品を書いてる時点で「やめて本当にやめて。それ以上言っちゃうとこの作品本当に終了しちゃうから!!」えー」


えー、じゃないよ神楽ちゃん。神楽ちゃんの発言でこの作品の生存確率が限りなく下がったからね。本当に運営できなくなったらどうすんの。やっと僕らの出番がやって来たのに、この回で最終回とは嫌だよ。


「つーか、お前。寿司食いたくねェのかよ?」
「そうネ。せっかくの寿司アル」
「食べたいのは山々なんですけど、それよりも家賃の方が大事でしょうが」


銀さんと神楽ちゃんの提案が決して嫌なわけじゃない。むしろ戦利品である諭吉をふんだんに使って寿司パーティーでもしたい。ついでに言うと、給料も払ってもらいたい。でも、それよりも先に優先しなきゃいけないことがある。


「銀さん、前に家賃支払ったのいつですか」
「……」
「僕が覚えている限り、もう半年は滞納していると思います。そろそろやばいですよ。お登勢さん、次の回収は絶対に最終兵器寄越してきますよ」
「……ソ、ソンナニ滞納シテタッケ?」


声を裏返るぐらい震わせ、ナイヤガラの滝の如く冷や汗を流す銀さんに僕と神楽ちゃんはうなづく。

次の瞬間、銀さんは「やべえよ。え、どうすんの?今すぐに家賃を払うべきか?いやでも俺がせっかく当てた金だぞ?俺が使うのが筋だろ?」などと早口で自問自答し始めた。口では勇ましく語っているが、尋常じゃなく怯える姿を見た僕らは思わずため息を吐く。




−−−ピンポーン




「こんにちは〜。アホの坂田さんはご在宅ですか〜?」




なんとも言えない不穏な空気が漂うリビングに、玄関からインターホンの音と若い女性の声が聞こえた。その声に反応した銀さんは、肩が大きく跳ね上げる。僕はそれを見て確信した。


「(あ、最終兵器が来たな)」


噂をすればと言ったところかな。お登勢さん、ついに最終兵器を寄越してきたよ。まあ、半年も滞納してたらそりゃ来るよね。正直、最終兵器をよく半年も出さなかったなと思う。

すると、玄関先から聞こえた声を聞いた神楽ちゃんが我先にと駆け抜けた。その後を追うように押し入れで寝ていたはずの定春もついていく。

そして、玄関先で微かに聞こえる神楽ちゃんと最終兵器の声が僕らのいる居間の方へと近付いてくるのが分かった。さて、最終兵器のお出ましに銀さんどうするんだろうと思い、銀さんの方に顔を向けると、


「(し、新八ィ!!お願いだ!!300円!!300円あげるから!!いや、今月の給料奮発してやっから!!このことは内緒にしといてくれよ!!)」


うわ、必死に血眼になりながら目で訴えかけてきたよこの人。どんだけ必死なんですか。つーか、人に頼み事する時に300円で強請るって。本当にマジでダメな大人だよ。マダオだよ。しかも、あとから付けたように給料奮発とか言ってるけど絶対嘘だよ。あと、今月どころか先月の分も払って欲しいんですけど。


何故、銀さんがここまで怯えているのかというと、お登勢さんの最終兵器が原因だ。


普段の家賃回収は、この万事屋の大家であるお登勢さんが行う。それか、従業員であるキャサリンさんとたまさんのどちらかが回収しに来る。大体この三人が来れば回収ができるんだけど、ごく稀に半年ぐらい逃れられたりする時がある。今回がそれだ。


「(まあ、今回も絶対に回収されると思うけど、)」


−−−なんたって”あの”お登勢さんが寄越した最終兵器なんだから。




「あら、どうしたの。そんなお通夜みたいな空気醸し出して」




ふわりと、優しい声が背後から聞こえた。

その声に惹かれ振り向くと、声の主と目が合う。その主は「ふふ、新八君。お邪魔してます」と柔らかい笑顔を浮かべ、僕に挨拶をしてきた。

そう、この温厚で優しそうな人こそが、銀さんが怯えている原因であり、お登勢さんの最終兵器−−寺田あかりさん。お登勢さんの娘で、万事屋の下にあるスナックお登勢の看板娘でもある。そして、この強烈でボケの多いかぶき町で数少ない常識人だ。


「よう、あかり。お前が来るなんて珍しいじゃねェか。今日はどうしたんだ?」


……あの、銀さん。あたかも平然とした態度をとってますけど、声が震えてますよ。冷や汗止まってませんよ。あと、社長机の下で震えてる足止めてください。ガタガタうるさいです。


「ねえ、新八君。銀ちゃんどうしちゃったの?なんか変なものでも食べた?あ、もしかして、また腐った蟹でも食べた?もう、腐ったものは食べちゃダメって言ったじゃない。そこは、せめて賞味期限切れ1週間以内のものにしなさい」
「いやそれ何の助言にもなってません。あと、銀さんは持病の発作が起こっただけですから、気にしないで下さい」


明らかに様子がおかしい銀さんをあかりさんが心配したのか、戸惑いながら僕に伺ってきた。あと、賞味期限の助言も言ってきたけど、それはむしろ勧めちゃいけないです。

でも、言えるわけがない。銀さんの様子がおかしい原因は貴方ですとか僕の口からなんて絶対言えない。


「銀ちゃん!新八!見るネ!あかりからお菓子貰ったアル!」
「そんな大したものじゃないんだけど、喜んでくれたのなら嬉しいわ」


怯えている銀さんとは裏腹に、ヒャッホーイと嬉しそうに銀さんと僕に高級そうなお菓子の箱を見せてくる神楽ちゃん。そんな神楽ちゃんを見たあかりさんは微笑ましそうに笑う。

あかりさんはたまに、こうして万事屋にお裾分けをしてくれる。そのお裾分けは様々なもので、万事屋メンバーが好きそうなものだったり、今回のようにみんなで食べるお菓子だったりする。にしても、


「あかりさん。こんな高そうなお菓子、どうしたんですか?」
「実は、私が昔お世話になった方から頂いたんだけど、いっぱい貰ったからお裾分けしに来たの」
「あかり!あかり!食べてもいいアルか!?」
「はいはい、分かったからちょっと待ってね」


神楽ちゃんに急かされ、お菓子の包紙を開けて箱から取り出し、美味しそうなバームクーヘンを取り分けるあかりさんの姿はまるで母親のよう。あかりさんがやって来た時は不穏な空気だったが、今はさっきとは一転した和やかな空気が流れた。


「はい、新八君も遠慮しないで食べてね」
「あ、ありがとうございます」


あかりさんは神楽ちゃんに全部食べられないように、僕の分をきちんと取り分けて渡してくる。そして、「ほら、銀ちゃん。何に怯えてるのか知らないけど、シャキッとしなさい」と言いながら、銀さんにも渡していた。

本当、こんな優しい聖母のような人が最終兵器って想像できないな。そんなあかりさんが取り分けてくれたお菓子を口に運ぼうとした時、僕はあることに気が付いてしまった。


「……あの、あかりさん。このお菓子って、あの有名な高級店のバームクーヘンですよね?」
「そういえば、貰った時にそんなこと言ってたような言ってなかったような」
「聞いたところによると、お取り寄せするなら約2〜3年待ちの代物です」
「あら、新八君。随分と詳しいのね」


詳しい何も、昨日テレビで特集されてましたよ。アンタさっきそんな大したものじゃないとか言ってましたけど、これすっっっっごい品物ですよ。知らなかったわ〜って顔じゃないですよ。多分この一箱で僕らのひと月分の家賃払えますよ。つーか、いっぱい貰ったって言ってたけど一体何箱もらったんですか?そもそもこんな代物を貰うって何?アンタの交友関係どうなってんの?

銀さん、やべえですよ。この人とんでもない代物を平気でお裾分けしてきましたよ。前後撤回です。あかりさんはやっぱりかぶき町の住人です。常識的なところもありますけど、それ以上に言動が破天荒過ぎます。って、あれ?


「(銀さん、あれから一言も話してないな)」


ふと、銀さんが何も話さないことに気付いた。いつもなら、糖分を目の前にした途端、我先にと意地汚く神楽ちゃんを差し置いて奪い取るはず。だけど、それがない。現に、銀さんに邪魔をされない神楽ちゃんは無事に食べ終えたのか、あかりさんに許可を得て二箱目のバームクーヘンを食べようとしている。

そんな、何とも言えない違和感を感じていると、あかりさんがふらりと立ち上がった。そして、僕が気にしていた人物の前に立ち塞がると、満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「銀ちゃん。昨日、パチンコで勝ったんだってね」


「(あ、銀さん。これ完全にバレてますね)」


僕はこれから起こる出来事を理解したので、銀さんに向かって静かに手を合わせた。








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