そのた | ナノ


接触

 


さて昼寝でも、と考え自室の扉を開く。大量に(自業自得ではあるのだが)溜まっていた政務を片付けて一段落、と首や肩を回してふと寝台に目を向けると見慣れない色が目に付いた。
青を基調とした部屋の中、当然青の布地が使われている寝台の上に薄い軽やかな緑と煌めくような橙。所々薄緑と橙の隙間から紫や金、茶や薄桃が覗いていた。


「……ん?」


首を傾げて寝台の上に転がるものが何かを考察する。
結局考えても分からぬものは近付いて探らねば分かるわけがない、と自己完結してそろりと足音を立てぬよう寝台に歩み寄った。


「…これは、子供、か?」


薄緑に包まれた方は背丈と顔の幼さから子供だと見受けられるが、一方の橙に包まれた方はどう見たって大人だ。一体何故この部屋に居るのか、どうやって見つからずにこの部屋に入り込んで寝ているのか。
湧いて出る疑問に一時だけ蓋をして薄緑の子供の肩に手を置き軽く揺さぶりながら声をかける。


「……おい、大丈夫か」


やんわりと、声をかけているつもりである。子供が目を覚ますより先に橙の大人が身を捩った。無理に起こすよりも意識が浮上しつつある大人に声をかけた方が良いだろう、と子供から手を離した瞬間。
みしりと音がしそうなほど、力強く手首を掴まれた。


「っ!?」

「…玉露に、何の用だおっさん」


先程まで呑気に寝ていたとは思えないような殺気。得体の知れない恐怖を感じたのか体は冷や汗を流した。


「…わしは、おぬしらに聞きたい事があるだけよ」


声色で恐怖した、という事実を悟られぬように冷静を装って言葉を口に出す。ぴくりと少し体を揺らした大人は手首を掴む手に更に力を込めた。


「聞きたい事?」

「…おぬしらは何故、わしの部屋の寝台で寝ておるのだ?」

「…………んえ?」


暫しの沈黙のあと、手首を掴んでいた手から力が抜け、離れた。不思議そうな顔をしてきょろ、と辺りを見回し首を傾げたと思えば大人は子供を揺すっていた。「玉露、起きろ玉露!」と呼び起こす声に子供は眠そうに目を擦りながらも体を起こし、ぽやりとした顔で呟く。


「……ど、つい…?どしたの…?」

「ここがどこだか分かるか?!」

「ふえ…」


子供もまたきょろりと寝ぼけ眼で周囲を見回した。とろりと半分程度しか開いていなかった目が見る見るうちに見開かれていく。二人の反応を見るに、此処にいると言う事実は予想外の出来事だったようだ。


「……ここ、どこなんだろう…」

「…ふむ、知らずと忍び込んだか」

「えっ」


気付いていなかったのか驚いた顔で子供が此方を見つめる。さっと大人の後ろに隠れると恐る恐るといった様子で肩口から此方を覗いていた。
さて、どうしたものかと悩んでいると大人が言葉を発した。


「えーと、部屋とか見るにあんたはお偉いさん、なんだよな?」

「まぁ、それなりにはな」

「とりあえず、俺は土墜。土に墜ちる、で土墜な」


空中に書かれた字を見て首を傾げた。土、とは珍しい。墜、もまた珍しい。今まで聞いたことがあったかと首を傾げていると大人…土墜の後ろからか細い声が聞こえる。


「…あ、あの」

「……ん?何だ」

「ぼ、僕は…玉露、…です」

「ふむ、土墜と玉露か」


どちらも中々聞かない名だ。
相手が名乗ったのだから、此方も名乗らねばならぬだろうか。己の顔を見て誰なのか判別のつかない様子から察するに、この者達はこの魏、もしくはこの国から随分と離れた辺境の地に居たのかもしれない。それならば知らないという事実にも頷ける。


「わしの名は曹操…この国の雄の一人よ」

「…曹操?」

「え」


名乗れば玉露が再び驚いた顔で此方を見つめる。土墜も首を傾げながらも驚いているようだ。この名は知っている、だが顔は知らぬ。名を知っているのならばここがどこなのか、分かっていても良い筈だが。

この者達をどうするべきか。

相手の名前を知り、己も名乗り、お互いが誰なのか分かったところでどう扱うべきか悩んでいた。この際、ここへ忍び込んだ事を無視したとしても得体が知れないのは事実だ。
誰ぞ呼んでどうすべきか聞いても、と考えていた時に後ろから声が聞こえた。


「孟徳、少し良いか」

「夏候惇」

「何だ、まだ寝ていなかったの、か…誰だそいつらは」


遠慮する様子もなく寝所に入ってきた、幼馴染とも言える部下は二人を見るなり眉を顰めた。玉露は睨まれたせいか、少し潤んだ瞳で此方を見ている。


「ん、あぁ、今拾った」

「何だそう……は?孟徳、今何と」

「拾った」

「何処」

「此処」

「何時」

「今」

「何故」

「……気分」

「…孟徳……」


夏候惇は大きな溜息を吐いて肩を落とす。とはいえ、傍目から見てとてつもなく怪しいこの二人を留め置きたいと、そう思ったのにはちゃんとした理由がある。
第一に、間者である可能性。もしそうであるなら、数々の見張りを潜り抜けてこの部屋に辿り着いた、という事。これほどの間者を雇えるのならば雇いたい。
第二に、ただの人間である可能性。これはまず無いだろうが。ただの、しかも子供を連れた大人がふらふらと入れるような場所ではない。運良く兵に会わなかったにしても、無理がある。
第三に、間者でもただの人間でもない可能性。人ならざる者であるなら、誰にも気付かれずにここへ忍び込む事も出来るだろう。これは曹操という人間の顔を知らず、かつこの場所が何処か一切分かっていない、という事実からの推測に過ぎないが。


「そんな訳で留め置きたいのだが」

「つまり、怪しい奴らなんだな」

「今はな」


夏候惇は今にも縛り上げて牢に投げ入れてやろうか、といった目をして二人を睨みつけている。
…奴が痺れを切らす前に何とか素性を明らかにせねばならんな。
何から聞くか、と思った瞬間に土墜から声がかかった。


「……あのー、えーと、曹操、っつったっけ」

「っ、貴様!呼び捨てとは」

「良い」

「しかしだな!」

「わしが良いと言うのだ、構うな」

「……」


ぎり、と歯を食いしばり仕方なさそうに夏候惇は口を閉ざした。その様子を見てから話を再開させる。この場に慣れたのか、笑顔の土墜が此方を見ていて玉露は相変わらず土墜の後ろに隠れているようだ。


「それで、」

「あ、そう、あのな。俺らの事、お前はどうするつもりだ?」


口元は笑っていながらも、声色と目が笑っていない。あまり隠す気の無いらしい殺気が全身に襲いかかってくる。その殺気にまた冷や汗が流れた。
夏候惇もへらりとした顔からは想像出来なかったのか、少し驚いているように見える。


「……わしとしては、まずおぬしらが何者か、それを知る事が先決だと思っておる」

「俺らが何者?何様じゃなくて?」

「…ん?何故、何様なのだ」

「ほら、俺らってか、むぐっ」


土墜の言葉を後ろに隠れていた玉露が両手で遮った。知られたくない事でも言おうとしていたのだろうか。二人に共通する、我らに知られたくない事とは何なのだろうか。
思考を巡らせたものの、よく分からない。これは考えるよりも聞いた方が早そうだ。


「っ、むぐ、んぐぐ、む……むぐ」


どうやら会話をしているらしい。あれがよく通じるものだ。何にせよ、その事情を聞かなくては此方としては素性が知れず怪しい、かつこのわしの部屋に忍び込んだ、という事で于禁辺りが黙ってはいないだろう。


「玉露よ」

「!」

「その事情、聞かせてはくれぬか」


玉露は手を離す気が無いのか、相変わらず分からない会話を続けている。夏候惇が声を上げる前にと、土墜の口を塞いでいた手をやんわりと解いて握った。
微かに震えているのが分かる。相当に人が怖いのか、それともこのわしが怖いのか。どちらにせよ、此方からこの手を離せばきっと口を割らなくなる。何となく、李典のような勘がそう言っている気がして、手を握ったままじっと言葉を待った。






「……土墜」

「ん?」

「…良いよ、言っても」

「良いのか?安易に言うもんじゃねぇって言ったの玉露だろ」

「…信じてもらえないなら、その時は」

「あー……分かったよ」


長かったのか、短かったのか。どれ程の時間が経ったのかよく分からないが、静かな沈黙の後、玉露が言葉を発した。どうやら話してもらえるようだ。


「んーとな、俺から説明すっけど。一つだけ!先に言っとくな」

「うむ」

「俺と玉露が言う事は事実だ。いや、信じようが信じまいがお前ら次第だけどな?信じてもらえねぇ、それが分かった時は玉露を抱えて俺はここから逃げる。死にたくねぇし」

「…良かろう」

「そこの眼帯…あんた名前は?」

「……知らぬ輩に名乗る名など無い」

「あ、そりゃ悪い。俺は土墜、んで後ろに隠れてんのが玉露な。…ほら、玉露」

「…え、と……玉露、です…」

「…夏候惇、だ」

「おう、ありがとな。んじゃ話進めっか」







接触
(まさか、このような者達が)



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