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割れた器

 


不意に空を見上げる。

今日は月の無い、朔の日だった。

星さえ見えない黒。

瞬きをしてみても眼前に広がるのは暗闇のみ。



「何も、見えない?」



ふと、気付いた。

今日は朔の日じゃない。

そうだ、むしろ今日は望月の筈。



何故、光が見えない?



「神様に、言わないと」



俺の目が使い物にならなくなった、なんて。

シャレにならない。






目が見えないのだから、家に帰る事すら一苦労で。

やっと家に着いたら、神様が心配してくれた。



「…ただいま」

「あれ、黒?お前仕事は…って、どうしたんだ?!」

「ちょっと、言いたい事が」

「にしたってお前、怪我しまくってんじゃ」

「これくらい、平気だから、聞いてくれ」

「話は聞く、でも手当てが」

「そんな事より!聞いて、くれ…神様」

「黒…分かった、話は聞くけど、手当てしながら、でもいいよな」

「…あぁ」



リビングのソファに座らされて、神様と影が手当てをし始めた。

でも俺には分かる。

そんな事、もう無意味なんだって。



「で、話は何だ?」

「気付かないか?」

「………黒、こっち見てみろ」

「…こっちか」

「影、ちょっと来い」



自分の手と足に触れている温もりから、神様の方を向けば、神様は影を呼んで何やら小さな声で話を始めた。

少しして、また手と足に温もりが。



「黒、俺の方を向いてみろ」

「……………」



困った。

目が見えないこの状況で、手足に触れている温もりがどちらも同じだとしたら、どちらを向けばいいのだろう。

影は神様の姿になる時、絶対に普段の神様とは違う衣装を着ている。

だが、今の俺にはそれすら判断出来ない。

一か八か、右を向いた。



「…こっち?」

「……逆だ」

「くろかみさま、ぼくはかげだよ」



間違えた。

と言う事は神様にはもう分かった筈だ。

俺が今どんな状態なのか。



「…言いたい事、分かってくれたか、神様」

「あぁ、大体な」



いきなりサングラスを取られた。

突然かつ無理矢理だったから少し痛い。

何をされるのかと待っていると、手で目を塞がれる。

実際には見えていないから、何の変わりも無いが。



「…黒、目、いつから見えなくなった?」

「ついさっき」

「何で見えないって分かった?」

「空を見上げたら、月が見えなかったから」



ふと、自分で言って気付いてしまった。

己の目が見えなくなった理由に。



「うーん…俺にも分かんねぇな…」

「いや…神様、もういい、分かった」

「何がだ?」



神様は太陽。

俺は月。

そのシンボルである月が見えない。

それは、つまり。



「俺が必要無くなったんだろ」

「…この、世界からか?」

「あぁ、神様は月と太陽が見えるのに、俺には何も見えない」

「でももしかしたら」

「Ifの時点でもう分かってる筈だろ、神様」

「…どうにか、しないと」

「もう無駄だと思う」

「…何で、そんなに冷静なんだよ!」



何でだろう。

少しくらいは、悲しいだとか、嫌だとか、思ったっていいだろうに。



「黒、お前は」

「神様、俺は」



ピシリ。

ガラスにひびがはいった様な音が、静かなリビングに響く。

あぁ、時間か。



「っ…お前、手、が…」

「あぁ、崩れていくな」



ポロポロと砂が崩れていくように、手先足先の感覚が消えていくのが分かった。

己の存在が消える事に、恐怖や嫌悪なんてしてない。

ただ一つ、神様には伝えたいことがある。



「神様」

「…っ何だよ」

「ハハッ、泣いてるのか神様」

「泣、いちゃっ悪いかっ!」

「いいや」



俺なんかの為に泣いてくれる神様は優しいな。

あぁ、そうだ。

言わなくては。

徐々に体が崩れる速度が増してきていた。

きっと、あと一分と持たずに消える。

言わないと、後悔するだろうから。



「神様」

「…ど、うした…っ」

「…ありがとう、な」



今まで、幸せだった。





ぷつり。





「黒っ!」



朝。

夢?

黒は



「神様?」

「…え」

「どうしたんだ、俺の名前なんか呼んで」

「…いや、怖い夢、見たから」

「そうか。そろそろ飯が出来るから下に来いって」

「分かった」



夢だった。

良かった。







「…神様、前の俺は、何で割れたんだろうな」






割れた器
(割れたら終わり)
(即処分)
(もう使い物にならないから)
(捨てちゃえ)








――――――――――*
黒様が消えるお話。
あるぇ、こんな話を前のサイトでも書いた気がする。
いや書きました、大分展開違うけど。
どうしてこう、やりたがるのか。
とりあえず夢オチに見せかけた現実だったり。

ここまで見て頂き有難う御座いました。


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