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かみのぺん

 


ぽろりと、右手から付けペンが落ちた。

コロコロと真っ白な紙の上を転がっていく。

机から落ちそうになる手前で、ペンは転がるのを止めた。

暫し右手を見つめて、何事も無かったかのようにペンを持とうと右手を伸ばす。

だけど、伸ばした右手は転がったペンを掴む事は出来なかった。



「(ペンが、独りでに動いた。)」



まるでペン自体が意思を持っているかのように、サラサラと白い紙へ黒いインクの跡を残す。

跡が掠れだしたら勝手にインクを付けて。

またサラサラと跡を残し始めた。

一体、このペンは何を描いているのだろう。

少し興味を持って、ジッと見ているとそこには色んな人が描いてあった。

猫耳と兎耳の仲の良さそうな二人の女の子とか、ツンツンした頭のガラ悪そうな侍とか、帽子を深くかぶった目の見えないツナギのおじさんとか。

他にも沢山、沢山、どんどん増えていく。

よくよく見れば自分と同じ姿をした奴も数人見える。

これは一体、何だ。

俺はこんな奴ら、会った事も無ければ、知りすらしない。

このペンは何を伝えたいんだか。



「お前は、何がしたいんだ?」



何となく、答える筈も無いペンに問いかける。

ペンはガリガリと色んな人を描き続ける。

当然、何の返答も無い。



「(このまま、見てろってか。)」



真っ白い紙がど真ん中以外を残して徐々に人人人で埋められた所で、ペンはいきなり倒れた。

今まで勝手に動いていたのが嘘のように、パタリと倒れて動かなくなった。

恐る恐る、ツン、とペンに一瞬だけ指を触れる。

それでも倒れたペンは、ただそこに在るだけだった。



「これは、何だ?」



紙を両手で持って見つめる。

女の子がいれば、男の子もいる。

女性がいれば、男性もいる。

動物もいることは居たが、明らかに人でも動物でもない『物』もいる。

そして分かりにくかったが一番右上の隅の方に、ペンを持って何かを描いている俺がいた。

ざっと見てみたが共通点が見当たらない。

うーん、と首を傾げながら色んな所を見回してみたけど分からない。

強いて言うなら、ヘッドホンやらマイクやら、音楽系のものを持っている奴が多いという所だろうか。

中にはギターとかドラムとか、スクラッチを持ってる奴もいる。

もしかしたらここに描かれた奴らの共通点は、音楽、なのだろうか。



「音楽?」



ふと、何かを忘れている気がした。

けど大した事じゃないように思えてそのまま忘れる事にした。

一度逸れた気をすぐに戻して、絵に集中する。

ジッと見ていると、紙の隅っこの方で何かが動いているように見えた。

大して驚きもせず見ていると、どんどん絵の中の人が動き始めた。

わいわい、がやがや。

あっという間に紙の中から賑やかで楽しそうな声が聞こえだす。

隅っこの俺を除いて。



「(なんか、楽しそうだな。)」



皆が皆、笑顔だった。

まぁ、人でも動物でもない奴に関してはよく分からないが。

それでも、一人でポツンと居る自分は羨ましく思った。



「(一人?)」

「(どうして俺は一人なんだろうか。)」

「(ついさっきまで、隣に、周りに誰か居た気がするのに。)」

「(…俺も、この世界に行けたら。)」



自分の心の中で考えた。

けどその考えは浮いてはすぐに沈み、また浮かぶ。

心の中で浮き沈みを繰り返していたら絵から一際凛とした声が。



「来るなら来いよ」



来い、と絵が言った。

誰が言ったのかと探せば、一人だけ俺の方を見ている奴が。

絵の中からすれば、何も見えないただの天井か何かだろうに、ソイツはしっかりと俺を見ていた。

少し驚きながらも言葉を返す。



「どうやって、行けばいいんだ?」



少しおどけてしまった。

答えてくれるだろうかと待っていると、ソイツはかぶっていた帽子を俺に向かって投げた。

絵の中から、絵の外、つまりは現実に絵が出てくるわけがない。

そう思っていると紙が、否、絵が波紋のように歪み始める。

驚いて思わず紙を足元に落としてしまった。

それと同時に、絵の中から青と黒の帽子が飛び出る。

帽子を左手に拾って、絵を右手に拾うとまた絵の中から声が。



「その帽子、預けるから返しに来てくれ」

「そんな無茶な」



どうやって絵の中へ行けばいいんだ。

左手の帽子をまじまじと見ながら考える。

ただただ、帽子を見ていると脳裏を何かが過ぎる。

見た事のある、顔だ。



「(俺?)」

「(いや、違う、俺じゃない。)」

「(でも、俺と同じ顔をしていた。)」

「(そうだ、ここに描かれている今帽子を寄越した奴と同じ…。)」



手元の絵を見ると、誰も、何も、綺麗サッパリ消えていた。

ただ紙の中心にあるDJブースと隅っこに居る俺を除いては。

人も動物も何かも全部、真っ白になっていたのにカッコイイブースだけがそこにポツンと佇んでいる。

まるでその場所に立っていた主を待っているかのように。



「(俺は、これを知っている?)」



見た事があるような気がする。

だけで、本当は知らないのかもしれない。

少し混乱していると、今まで動きもしなかった絵の中の俺が立ち上がった。

どこへ行くのかと思えば真っ直ぐDJブースへと向かっている。

俺の後ろを影みたいなものがふわふわとついてきていた。



「(この絵の俺は、音楽を嗜んでいたのだろうか。)」



ふと、何かの気配を感じて後ろを見る。

そこには絵に描いてあったような大きいDJブースが。

ブースの横で黒い影のようなものがふわふわと浮いていた。



「(何で、絵の中のものがここにあるんだ。)」



ふらりふらりと、体は引き寄せられるようにブースへ向かって歩を進める。

覚えていない筈なのに、それどころか、知りもしないのに手は好き勝手にブースのスクラッチやら色んな所を弄り始めた。

大音量で音楽が流れる。

あまりの大きさに耳を塞ごうとすると首に何かが置かれた。

何だと思って見れば、ヘッドホン。

まるで元々俺が持っていたかのようにとても使いやすかった。



「(この場に、俺しかいないけど。)」

「(それでも、一人だけでも、楽しい。)」



気付けば目の前に沢山の人。

絵で見た奴らがブースの周りを囲んでいた。

全く覚えてないけど、何だかとても懐かしくて楽しくて。

気付けば真っ暗だった。









「…ま…」

「…んー」

「神様」

「…んお…?」

「もう昼だぞ、午後から仕事だろ」

「っしまった!うわー…寝すぎた…」



不思議な夢を見た気がする。

凄く寂しかったけど、最後あたりは凄く楽しかった。

そんな夢。

とりあえず仕事をしなくては、と部屋を後にした。



ひらりと、枕元から紙が一枚落ちる。

それを拾い上げた黒神は、フ、と小さく笑った。

小さな紙いっぱいに描かれた色んな人。

真ん中には笑顔の神がいて、その神を皆が笑顔で囲んでいる。

黒神はそのほぼ真っ黒に近い紙を、机の上にそっと置いて部屋を出て行った。






かみのぺん
(うなされてたから)
(悪夢見てんのかと思ってたら)
(そうでもなかったようだ)








――――――――――*
神様の夢オチ
最初は羽ペンの予定が
これじゃあ転がらないよね
って事で急遽つけペンさんの出番
コイツなら転がってくれる!
帽子投げてきたのは黒様

ここまで見て頂き有難う御座いました。


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