※ちょっとだけエロい シーザーやさぐれ中


 この町の通りはお世辞にも治安が良いところではなく、自分を含め危なっかしい人間どもがひしめいている。
 霧に紛れてうっすらと人影が見えたかと思うと、灰色の顔をした薄汚い布切れをまとった老人が表れた。両手で抱え込むように小さな皿を持っていた。金持ちどもからのお情けだろうか、銅貨が申し訳なさそうに皿の中できらめく。
 すれ違い様に老人は足をもつれさせ、男―シーザー・A・ツェペリの胸板へ頭をぶつけた。その拍子に大切な皿を落とし割ってしまった。皿が割れる音と共に銅貨の落ちる音が通りに響いた。濃霧でその姿は見えにくいがここのごろつきどもは皆こちらへ注意を向けた。
 老人はああ、ああとうろたえながら地に手を当て銅貨を探し始めた。目が悪いのだろうか、銅貨を探す手は割れた皿の破片によって痛々しい見た目になっていた。シーザーは無言で銅貨を拾ってやる。老人はこの青年が、近年このあたりで名前をあげ始めた凶悪なごろつきが、良い人に見えたのだろう。ありがとうという言葉をはきかけた。
 しかし、その言葉は途中で遮られることとなる。シーザーは拾った動作のままその手をポケットへ突っ込んだのだ。
「あ、わたしのカネ…」
「あ?何だって」
「そ、それはわたしのカネだッ!返してくれ!」
「うるせぇな、落ちてたから拾っただけだよ」
「家では息子が、わたしの帰りを待っているんだ!もう3日も食べさせられていないんだ…ああ、どうかその銅貨を返してくれ……」
 シーザーの眉間にじわりとしわが寄る。足元に跪いて慈悲を乞う男をまるで仇を見るような目で見下げた。
 彼は男がどれだけ自分勝手な生き物かを自分自身の人生によって学んでいた。男は自信の夢や使命のために平然と子供を捨てることができる。子供を養いつつ夢を追いかけたり子供が自立していたりするのはまだ許そう。しかし親の愛を受けきれずに育った彼にとって父親という生き物は差別の対象であった。
「よく言うぜ、そんな気も無い癖によォ〜〜ッ!」
 足を振り上げ絡み付く男を振り払った。男はギャンと間抜けな悲鳴とともに頭を地面にぶつけ動かなくなった。
「口のまわりだけにハエがたかってる。自分だけ残飯かなにか食ってきたんだろうな」
 胸くそが悪い。男はいつでも自分のために何かを犠牲にしているもんだ。この男もまた自信の食欲を満たすために、施しを受けようと息子の存在を利用しているに違いない。そもそも本当に息子なんているのか?

 日も落ちて、得た銅貨二枚を擦りあわせて更に濃くなった霧を眺める。やることもなく壁にもたれかかり銅貨の反射を見守った。
「お兄さん、お兄さん」
 街灯の向こうの細く暗い路地から顔だけ出した男がこちらへと手招きをしている。男はみすぼらしいケープマントを纏っており、その顔は文字通り卑しく目の焦点が合っていない。
 こんな奴に目をつけられるなんて、先
程の乞食といい今日は面倒くさい奴に会うな。シーザーは軽くため息を吐いて、卑しい男のもとへ歩んだ。面倒くさいが、これといってやることもないので何発か殴ってこれからの小遣いを巻き上げようと思った。
 近づき、さてどうしてやろうかと考えていると男はこれまたゲスな笑みを浮かべながら言う。
「可愛い女の子、用意していますよ。今夜は寒いし雨も降るそうだ…どうだい?兄さん、"雨宿り"していかねぇか?お代はその手に持ってるもんでいいよ…ケヘヘ」
 成る程、身売りというやつか。直接女から持ちかけてくる場合と違って、この形式だと入るまでどんな女がいるか分からない。
「今日はお兄さん、よくない日なんだろィ?ならさァ〜ウチ、もってこいだよ。全部忘れて熟睡さ」
「確かに今日はツイてなかったな。どれ、拾ったカネだしはいるか」
「へへ、まいど。今日はどしゃ降りですからね、冷え込みまさァ。風邪をひかぬようお気をつけて」
 男は両手で器を作りそこに銅貨を落とした。身売りは最も身分が低く卑しい仕事だ。それに携わる人間の目はいつも虚空を眺めていた。自分はおろか自分以外の認識をしようとしない、ただカネを落としてもらうきっかけを作る道具としてしか存在意義は無いのだ。人という精神を持ち合わせることすら許されなかった。
 路地の奥には廃材で作られた簡素な小屋があった。両隣の壁に突っ張るように作られた屋根は思ったよりも厚かった。壁には穴が開いていた。扉もたてつけが悪く開くのに苦労した。壊してしまってはこのゴミの山は雨をしのぐものとして機能しないだろう。
 慎重にドアを開いて中へ入る。真っ暗の空間に粗末なベッドとキャンドルの明かり。ベッドには汚れたシーツを纏う女性が一人、シーザーに背を向けてたたずんでいた。
 こんな卑しい仕事をしているくせに、少々傷跡はあったがその背中は高級な食器のように白く滑らかであった。髪の毛はよく手入れはされていないようだったが元々が綺麗なのだろう。彼女が呼吸をするため肩を上下させるたび、ブロンドの髪の毛がさらさらと背に落ちていく。
「お客さま?」
 鈴のなるような声だ。彼女が振り向くと、シーザーの視界には彫刻を思わせる美しい顔がうつった。ほりは浅いがはっきりとした顔立ちで、小さな鼻の先がすこし赤らんでいる様子はシーザーの猛りを誘った。
 彼は思わず生唾を飲んだ。今はこのみすぼらしい生活のためにあのような姿なのだろうが行くところへいけば見るもうつくしい美女になれるだろう。
「そんなところに立っていないでどうぞこちらへ。貧相な寝床ですが暖は充分取れますわ」
 彼女は優しく微笑みかけた。可愛らしいグレーの双眼が自分をとらえているというだけで腰の奥からえもいわれぬ満足感が込み上げてきた。しかし彼女の相眼もまた、何かを諦めたように光は灯っていなかった。
 彼女がシーツを捲り、シーザーの座るスペースを作るとその裸体が露になる。
 ゆっくりと彼女へ近づきいよいよ我慢ができなくなり、彼女の腰を抱き寄せて首筋にキスを落とした。
 女は抵抗せずゆったりと彼を受け入れた。柔らかな素肌の感触を楽しみながら脇下から腰へ手のひらをすると小さく鈴が鳴る。程よい大きさの胸をやんわりと包むように揉んで、時々ちきびベッドが大きく音を立ててきしむ。
 左腕で彼女の腰を抱き、右手でさわさわと内股を撫でてやると官能的な吐息が二、三回シーザーの耳元へかかる。
 頭を彼女の谷間から額へ移動していくつかキスを落とし、改めて彼女の顔を見つめる。キャンドルの柔らかく温かい明かりが彼女の頬を照らし出す。ぷっくりと膨らんだ小さな唇が愛らしい。
「君は何て言う名前なんだい」
「えっ」
「名前を教えてくれよ、名前を呼びたいんだ」
「どうして…」
 どうしてそんなこと聞くのかと言いたげだった。きっと彼女は相手の名前も知らず、相手も彼女の名前を聞かず、何度も何度もこうやって情事に明け暮れていたのだろう。
 彼女は不思議そうな目をしていたが、シーザーの彼女を見つめ続ける瞳から恥ずかしそうに目をそらしながら言う。
「……なまえです」
「可愛い名前だね」
 なまえが赤く頬を染めながらちらりと彼の顔を伺う。シーザーは優しく微笑んでいた。
「俺はシーザーって名前だ」
「まあ」
 彼女は驚く。名前を名乗りあったことなど初めてのことなのだろう。
「俺の名前を呼んで欲しい、なまえ」
「…シーザー…」
 彼女は照れくさそうに呼んでくれた。より一層彼女への想いが確かになってしまっていることにシーザーは気付いていた。
 両腕できつく抱き止める。彼女は拒まない。それはお金をもらっている仕事であるから、嫌でもそうしなければいけないのだろうが、彼は自分が受け入れられていると錯覚した。
 こんなに美しい女性をこんなところにいさせるなんてもったいないと彼は思った。
 自分のものにしたい。良い身だしなみをさせて彼女が自分の名前を呼ぶ声もそれ以外も全て独占したい。
 その想いがそのまま腕の力になる。さすがに彼女も息苦しかったのだろう、「うう」と声をあげた。
「すまない」
 なまえを解放し、改めて彼女の顔を見下ろす。頭を優しく撫でてやると嬉しそうに「シーザー」という。
 それがなんとも幸せな響きだった。ついばむように唇にキスを落としながら、もう一度彼女の身体の柔らかさを楽しんだ。

 空は黒い雲で覆われており大雨が静寂という静寂を壊し、元々湿度の高い空気をさらにジメジメと湿らせていく。
 絡み合う男と女はそれに全く気づかなかった。小さなキャンドルで照らされた小さな部屋は官能的な音と体温と汗でいっぱいだった。


next page



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -