その夜はよく冷える夜だった。空気は氷のように鋭く皮膚をつつき、いつもの霧の代わりに足元だけに砂ぼこりが舞っているだけだった。
 ブーツを砂ぼこりで汚しながら、いつもの通りに向かう男はシーザー。以前より少し痩せてしまっている。
「今日はいないのか…」
 プレゼントをなまえに渡した翌日、足を運んでいるがあの男の姿はない。
 "売り物"である女はなまえただ一人だ。したがって客も一人しか入れられない。通しである男がいないということは外出しているかあるいは―――他の"客"が入っているということだろう。
 後者であることの方が確率は高いとシーザーは考えていた。そして、その時まさになまえが自分以外の男に抱かれていると考えると激しい不快感と吐き気を催し、頭痛がして目眩もする。
 過去もそうやって抱かれてきたのだろうが、気にならなかった。しかし、今、自分がこうやって彼女を求めて足を運んだ時に、彼女が他の客に抱かれている可能性をつきつけられると気分が悪くなるのだ。
 それは彼女の生活のためで今はまだ客のうちの一人である自分はとやかく言える立場では無い。
「早く彼女を自分のものにしたい、どうやったら俺のことだけ見てくれるようになるだろうか…ああ、それに、あの男も説得しなければ」
 シーザーは頭を抱えながらいつも通りのバーへと向かう。またチェスなりポーカーなりをして小金を稼ごうと思った。

 バーの入り口を開き賭け事の相手を探ししていると、シーザーの目に信じがたいものがうつった。
 テーブルの上のエメラルドのネックレスと、そのテーブルで5枚のトランプを持って悩むあの男。
「なぜアイツがこんな所に…それにあれはッ!俺がなまえにあげたモノじゃあないかッ!」
 男はシーザーに気付かず「手堅く行くか」と言ってカードを二枚捨て、側にあったグラスを取って酒をのむ。
 男がここにいるということは、たぶん今夜客はいないのだろう。彼女は寒さを凌防ぐ洋服を持っていただろうか…?きっと、無いだろう。彼女が稼いだ金で、せめてネックレスを売ってもいいからその金で服を買ってやればいいものを、この男は賭け事と自分の酒に使っている。シーザーは彼女の細すぎる腕の理由が分かった気がした。
「こっ、この最低のクズ男がッ………!!」
 人を強引に割り男の方へズカズカと店内へ入り込む。シーザーの腕に押された男は一瞬「何しやがんだ」と声をあげかけたが、シーザーの顔を見た瞬間怖じ気づいて通路を譲った。彼もシーザーについての噂を聞いているのだろう。
「テメェ!そこの野郎ッ!!」
「んあ?なんだァ〜?……あ、アンタは………!」
 男はシーザーに気づくと突然冷や汗をかきだした。シーザーは男の対面に座る賭けの相手にちらりと視線をやる。彼もシーザーを知っているのかたじろいでいた。
 邪魔をしようというのなら関係ないやつにも手加減しないと思っていたシーザーは視線を戻す。こいつは手を出すという面倒臭いことはしてこないだろうと悟り、その存在を無視することにした。
「そのネックレスを今からどうしようってんだ!?俺がなまえにやったそのネックレス……まさかそのゲームに賭けたりしてねェよなぁ〜!?」
 ずいと男の服を掴み顔を近づける。シーザーは怒りに満ちた表情をしていた。
「そ、そんなこたぁ…」
「じゃぁ、コイツは今ッ!俺がなまえの元へ届けても問題ないよなァ〜?」
「そ、それは…」
「ちょっと待てよ!」
 向かいの男が制止する。シーザーはやれやれとクズ男を放し向かい側へ視線をやる。
「突然出てきたと思ったら勝手な事ばかり言いやがって!そいつは俺が勝ち捕ったモンだ!」
 男は椅子を投げてシーザーに殴りかかる。シーザーはひらりとその男の拳を避け拳を一発胸に叩き込む。バチバチッと電流音がしたかと思えば、その男はビクビクと痙攣して床へ倒れて気絶した。
「うあ、ああ…」
「フン、バカが…」
 シーザーはネックレスを手に取ってその場を去ろうとする。足に何かが絡み付き歩みを邪魔された。視線を落とすと男がシーザーの足を両手でガッチリとつかんでいた。
「ま、待ってくれ…それ、それは私とあの娘の生活費にと持ってきたんだ…返してくれ!お願いだ!」
「……呆れた野郎だ…」
 シーザーは男を蹴り飛ばし、男を見下げた。その表情には熱は無かった。
「生活費だと…?賭けて、しかも負けておいてよく言うぜ。なァ?オイ…」
 しゃがんで男の額にグリグリと立てた人差し指を当てながらさらに宣言する。バーの他の客は全員、黙ってその様子を見ていた。
「この寒い中なまえはあの姿のままなんだろ?それを差し置いてこんな所で馬鹿やってるクズ男に彼女を任せてらんねェよ」
「あは、はあ…」
「いつかそうするつもりだったが…今から彼女を貰っていくぜ…金はここに置いとくよ」
 ポケットから銀貨を数枚落とす。立ち上がりきびすを返すと男はそれらを必死に拾い始める。シーザーがドアに手をかけたところで男は口を開いた。
「なまえ、なまえなぁ…兄さん、奴の名前を聞いたのか。奴の虜になった輩は何人もいたが名前を聞いてそこまで必死なのは兄さんがはじめてさね…ケケッ…」
 シーザーは振り向かず歩みを止めてその話を聞いた。
「だがよぉ…銀貨を置いていった所で無駄だぜェ〜?奴は外を知らねぇ、俺がいねぇと生きていけないと思ってやがる…道端の汚いガキを俺がそうやって育てたからなァ?」
 シーザーはなにも言わずに歩みを再開しその場を後にした。男は唾をはき、ゆっくりとシーザーに続いて行った。

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