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欠損/R18G
※ただひたすらに趣味を突っ走るので注意









汚い小屋の中だった。少し体を動かせば厚く積もった埃が雪のように舞い上がる。手入れもなく今の今まで放置されていたのがわかった。当然ニオイも良いものとは言えず、埃も相まって息をするのも苦行だったのを覚えている。
そんな場所に数日詰め込まれた挙げ句、突然裸に剥かれ、木の台の上に仰向けで押さえ付けられた。がむしゃらに暴れようとも鎖で何重にも拘束され更に複数人の手に力任せに抑えられた手足は自由に動かなかった。それでも離せともがく。もがいて、言葉にならない怒声を喚いて。
助けなど来なかった。代わりに心の内を充たすのは、黒く深い人間への憎悪だ。赦さない、赦さない赦さない絶対に赦さない……!
けれど無情にも鉄の塊は降り下ろされ――、



「ああぁ!!」

衝撃を受けたかのように体が跳ね、布団から飛び起きる。全身の血の気がすっと引き、冷や汗が垂れた。なにかに助けを求めようと伸ばされた右腕は、宙を虚しく掴むのみだ。状況を把握するため周囲を見渡そうとするも、バランスを崩して再び柔らかい布団の中へ背中から倒れ込んだ。どうにも両足がないというのは慣れない。
右手は天井へ向けたまま、乱れた息を整えようと深く呼吸をする。
そこは以前いた場所とは真反対の部屋だった。質の良い寝具だということは横になっていてすぐにわかったし、埃一つ塵一つ無い洋風な家具はみな使われていないのか傷もない。ただひたすらに広い部屋だった。しかし家具はあれど、生活感はまるでない。居た気配がどこにもない。今はそれが酷く安心して、一度目を伏せた。
視界が暗くなれば、自然と自身の生を感じられる。息を吸い、吐く肺の動き。循環する血の流れ。脈打つ鼓動の音。この身は、どのヒト成らざるモノよりもヒトに近しい。けれどヒトに忌み嫌われるモノだ。
血の循環が打ち切られるように無くなる場所にじくりじくりと熱が集まり、ふいにどうしようもない気持ちが込み上げる。惨めだ。その醜い姿は、どうしようもなく惨めだ。
ついこの間の出来事だった。この間といっても、日は立っているに違いない。なにせ自身が目を覚ましたのは最近の事なのだ。ヒトに捕らえられたこの身はどうやら価値のある物らしかった。畏怖する対象であるのと反対に、力を欲する愚かな者もいる。幾人もの犠牲さえ躊躇わず、魅せられた者は痛みも忘れた。何故と問うも、聞く耳さえ持たない。
そうして左腕と両足を断ち切られ奪われた。
今や歩く事すら儘ならない身体は、簡単に死ぬこともできない。この姿は、惨めだ。そして、黒い感情が溜まっていくだけの、ただの器になってしまった。
布団の敷かれた台は、自分が寝られるには十分広かった。けれど死ぬこともできず動くこともできない自分にとっての世界がこれだけしかないと思うと、こんなにも狭い。棺桶のようだ。何故、自分はここにいるのだろう。
いつものように答えのでない問いに頭を巡らせていると、ふいに頬にひんやりとした感触な宛がわれ、慌てて右手で払い除ける。
触るなと意味を込めて睨み付けるも、その人間は無表情を崩すことなく布団の台へ片足を乗り上げてきた。

「魘されたのか」

普通の兵とは違う、上級の軍の服を身にまとったその男こそ、ここに俺を縫い止める張本人だ。
あの時、両足と片腕を奪われども、この身に宿る力はまだ残っていた。右腕だけでなんとかあの汚い小屋を脱出し、這うようにして土にまみれて森の中を逃げた。血かも土かもわからない、ぐしゃぐしゃになって逃げた。固い地面に爪を立て、重い身体を無我夢中で前進させた。だがそれも長くは続かない。血も気力もなにもかも足りず、そのまま地べたに這いつくばる。このまま死ぬのだと思った。
そこへ通り掛かったのが、この男だという。何を思ったのか、彼はここへ連れ帰り怪我の手当てをした。もしかしたら、怪我が完治したらどこかへ売り飛ばすやもしれない。更に切り刻まれることだって有り得る。人間は、絶対に信じてはいけない。
だから近付くなという念を込めて、力一杯に睨み付ける。今や力も半減し、追い払うどころかヒトの気配さえ感じ取れない。先刻だって、この男が近付いてきたことさえ触れられるまで気が付かなかったのだ。

「包帯を変えるから、おいで」

しかしそんな事は気にも止めず、男はまるで飼い犬でも呼ぶように手のひらを差し出した。誰が言うことなど聞いてやるものかと、右腕だけでよろよろと身体を起こし白い敷き布の上を先のない足でかいた。そのせいではらはらと包帯もほどけるのを見て、男は小さく息をつく。少しずつだがじりじりと移動し、男からなるべく距離を取っていく。

「おい、あまり端へ行くと、」
「ふぎゃ」

遅かったか、と追って声が届く。一瞬にして天と地が逆さになり、天井が布団台の上から、尻を下にして落ちた。しかし、衝撃はあれどがつんとした痛みがこない。じんじんと追うような痛みが少しずつ、伝わってくる。痛みすら、鈍くなっているらしい。あの断たれた際の痛みを反芻して、ぞわりと背筋が粟立った。

「名前を知らないというのは、不便じゃないか」

固まっていれば、男の声がして右腕を引かれ容易く抱き上げられた。そこから膠着が解けていく気がして、顔をしかめる。この男はヒトのように温度を感じられない。まるで死人のようだ。

「さっきのように、呼び止められず落ちてしまうだろう」

無表情がこちらの顔を、下から窺うように覗き見る。それがなんとも子をあやす親のように思えて、顔を逸らした。しかし男は意にも介していないようで、再び布団台の端に腰を下ろす。ついでにと膝の上へ座らされ、しまったと気付いた時には包帯をほどくため、洋服の留め具を一つずつ外されていた。
白く襟のついた洋服はおそらくこの男のものなのだろう。指先しか出ない袖を見、舌打ちをする。

「っ、くそ、」
「案外、口が悪いんだな」

むっとして首を回して睨めば、なにが悪かったのかわからないと首をかしげられた。

「名前がないのであれば、付けよう」
「……貴様は鬼を、犬か何かと思っているのか」

飼い犬などではない。れっきとした、血統の鬼なのである。それは額に二本生えた黒い角で、一目瞭然であるはずだ。

「すぐに食い殺してくれようか」
「力が戻ってはいないだろう。よしなさい」

それなのにわかっていない。この男は、わかっていない。

「お前は髪が赤いから、それにちなんだ名にしよう」
「この、能天気人間が」


2015,0207.
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