痛くないかな



ハリネズミ会長がかきたかっつ。
市芽 牡丹 イチゲボタン…風紀委員長
花笠 八都 ハナガサ ヤツ…生徒会長


転校生がやって来て、そんな彼に学内を案内した副会長が一瞬にして恋に落ちた。それからみんなで見に行こうと、夕食時に混み合う食堂へ役員揃って足を向け、ついに見つけた転校生と副会長が何故か食堂のど真ん中でぎゅうぎゅうと抱き合う始末。これ全て男子校での出来事であり、困ったことに同性愛の蔓延るこの学校では男同士で恋人のそれは当たり前という風潮なのであった。
ただ幾分状況が違うとすれば、片や人気者の生徒会役員で片やぽっと出のもさい格好をした転校生であるという部分か。その数点によって、まるで食堂が雷に落ちたかのような生徒たちの絶叫に包まれた。親衛隊という名のファンクラブが付いている自分達生徒会役員は、もう少し考えた行動を取らねばならなかった。しかし役員たちは既に周囲になど眼中はないようで、転校生に興味津々と話しかけていた。
困ったことに何を言っても無視される始末で、生徒会長の威厳とはと少し気が遠くなる。しょうがなく黙って傍観していれば、今度は取り合いになるかのように転校生を抱き締め始めた。周囲の喧騒がいっそう濃くなり眉をしかめたものの、目を外すことができない。
自然と抱き締め合うその姿に何故簡単に身を寄せ合うことができるのかと、顎に手を宛てて考える。こちらがやるにしても、副会長がやるにしても、どちらも同じ行為の筈なのである。それなのに、なぜ、どうしてだ。
唇を噛み締め、視線を落とす。それと同時、食堂の扉が乱暴に開かれずかずかと一人の生徒がこちらへ向かってきた。風紀委員と記された赤い腕章を付けた堂々とした立ち振舞いに、瞬間的に食堂に静寂が落ちる。彼を見た途端、きゅうと心臓が痛かった。

「一体なんの騒ぎだ。生徒会専用スペースは二階だろ」

切れ長の目に、しっかりとしたがたいの長身が、目の前に来る。頭上から降ってくる厳しい声に恐る恐ると視線を上げれば、きょとんとした顔の風紀委員長である市芽牡丹の顔があった。
いつもは文句の一つや二つ三つと口々に罵倒するものだから、驚いたのかもしれない。こちらとしては口を開けば出てくるのは皮肉や嫌味と刺々しい言葉しかなく、慌てて下唇を噛み締めて声を出さないようにと必死だった。
それから、脳裏にちらつく先刻の場面に少しだけつんと鼻の奥が痛む。
自然に抱き締め合うために、相手を傷つけずに触れるには、どうすればいいのだろう。
そろりそろりと片手を差し出すと、牡丹は思わずといった様子でこちらに手のひらを翳した。それに指先をちょんと触れさせれば、じんわりとした温度に少しだけ唇を緩める。

「八都、なんかあったのか」

先刻とは打って変わって柔らかい声で、彼は心配するようにそう言った。

「なんでもねえ。余計なおせ、」

わ、と言い切る前に口を閉ざす。喋ればコレだ。どうして自分は刺々しい言葉しか吐けない。上からものを言って優位をつけたいわけでも、誰かを傷つけたいわけでもないのだ。もちろん心掛けはするけれど、長年で染み付いたそれはなかなか直らない。

「八都?」

抱き締めて、抱き締めあおう、なんと言えばいい。堪らず牡丹を見上げれば、彼は目を見開いて、それから困ったような顔をした。

「やっぱり無理だ。俺にはできない」

舌打ちをしながら、あんな風にはと未だに抱き締め合う役員と転校生を見る。彼らは不思議そうな顔でこちらを見ていた。燻るこれは恐らく、羨ましいという嫉妬心である。

「なんかよくわからないけど、お前らも突っ立ってないでぎゅーしろよ!楽しいぞ!」

半目で見ていれば、転校生は満面の笑みでそう言った。
その言葉に、勢いよく牡丹へ振り返る。そうか、これか。こう言えば良かったのか。両手を広げ、ぽかんと呆けている彼へ一言。

「ぎゅーしろ」

えっ、会長、まさか、え、風紀?えっ?!役員たちと食堂に居合わせた生徒たちのざわめきをバックに、牡丹が目を瞬きさせて口を開閉した。
これはひょっとして間違えたのではと自問自答する程の時間があって、堪らず両手を下ろそうとした所で、

「……します」

小さく声が上がり、ぎゅうと抱き締められた。突然にするなと腕を回し背中に爪を立て、慌てて止める。

「俺と居て、お前は痛いだろうか」

刺々な俺の隣に居て、密かに傷付いてやしないだろうか。考えるたびに苦しくてしょうがない。けれど、刺した傷を咎めることもせず、彼は緩やかに笑うのだ。

「馬鹿め。お前の暴力的な口の悪いとこも全部含めて愛してんだ」
「物好きだな」

にやつく口の端を必死で下げ、ぼそりとそう言えば最初からだと笑われた。こうして優しいから、俺はまた悩むのだろう。それでも共に居たいと思うのは、何故か。

「そこ、結婚式の愛の誓いごっこはもういいですから早く退散しましょう」

牡丹の温もりと幸せな余韻に浸っていれば、副会長が空気を割くように声をあげた。思わず睨めば、役員総勢から冷たい目が向けられる。いつの間にか彼らは転校生を手放し食堂を後にしたいと出入り口へ体を向けていた。背後で転校生の喚く声も聞こえ、げんなりとした気分になる。

「転校生はいいのか?」
「いえ、先程はすみません。こんな所で抱き付いた私たちが軽卒でした」
「どうしていきなり」
「あなた達を見たからですよ」

苛立ったように言われ、もう少し周囲を見ろと注意された。いや、それは先刻の俺の台詞だ。
しかし俺は役員たちのように一般生徒になにかした覚えはない。生徒たちに騒がれる理由などない筈だ。眉を寄せて牡丹を見れば、苦虫を噛み潰したような顔でこちらを見ていた。

「あなた達は自分の影響力をもう少し理解するべきです」
「……新聞部と親衛隊にどう説明するか……」

ついには二人して頭を抱えだし、置いてけぼりに思わず早く話せと目の前の牡丹を蹴った。
それに反省をするのはすぐ後のことだ。

針をしまうのは努力をするから、もう少し待ってほしい。


***
★久々の花言葉タイム
アネモネ…辛抱、期待、君を愛す
クリスマスローズ…私の不安を取り除いてください

毒と針の二重苦。2014,0125.

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