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「ごめんな」

先輩はそう言って、最後に頭を撫でてくれた。
いつものように目を細めて、柔らかく笑っている。その顔が、寂しそうに見えるのは、何故だ。

「ごめん」





涙を溢せども溢せども、枯れる事がない。手では掬い切れず、しまいにはセーターの袖口で乱暴に拭った。

「言ったのか」

校舎の壁を背凭れにその場にしゃがみこんでいたこちらの頭上に降ってきたのは、よく知った声だ。知り合いだからこそ、嫌になる声だった。
顔も上げずそれを無視していれば、正面から音がする。地を踏む音、衣擦れの音、呼吸の音。
どうやら声の主は、許可なく目の前に腰を下ろしたらしい。

「……向こう行け」
「断る。あの生徒会長サマが泣いてんだぜ?見なきゃ損だろーが」

本当に悪趣味な奴だ。嫌味たらしく、意地が悪いのは風紀委員長の通常運転らしい。いつもならそこに小言の一つでも言い返してやるのだが、今日に限ってはそんな気力もやる気も何もがなかった。
しばらく重い沈黙が降りてくる。早く居なくなって欲しいと、願いはそれだけだ。
けれど顔を伏せたまま無反応なこちらに憤るわけでもなく、ソイツは黙したままそこに居た。

「……知っていたのか」
「あ?」

先に折れたのは、自分だった。ぎゅっと腕を握りこみ、顔をさらに埋める。

「俺が、会長のこと、」
「おいおい、今の会長はお前だろ?」

分かっていて、それでも茶化すように笑われ、勢いよく顔を上げた。

「俺の会長は、あの人だけだ!完璧で、かっこよくて、思いやりだってある。俺とは大違いで……」

言葉に詰まったのは、その先だ。
ーー好きだ。好きだった。あんなに恋い焦がれていた。あんなに慕っていた。褒めてくれるその顔が、向けてくれる優しい笑顔が、好きだった。時折頭を撫でてくれる、その手が好きだった。
涙と一緒に、たくさんの想いが溢れていくようだ。頬を離れ一粒一粒落ちていくほど、会長との思い出が浮かんでは消える。

「……振られた」
「ああ」
「お前は弟みたいなヤツだったって」
「ああ」
「これからも、大切な後輩で居てほしいって」
「そうか」

なんの慰めもなく、彼は聞き入るように静かな相槌を打った。それだけで十分だった。

「な、なんで、なんでそんなに思って、くれるのに、俺じゃダメなんだよおお」

寂しそうな笑いをこぼした会長は、俺の頭を撫でて「ごめん」と言った。
受け取れなくてごめん。選んでやれなくてごめん。色んな意味が詰まったごめんだった。

「最後まで優しいなんて、ずるい」

それならきっぱりと嫌いと言って欲しかった。なんて、言われたら言われたで俺はまた、泣くのだろう。
制服の裾を握り締めていると、ふと頬に感触があって顔を上げる。

「風紀、?」
「…………」

彼は無言で、濡れた頬を指先で拭ってくる。いつもの食えない笑みや意地悪な言動など、どこにもない。

「ほんとに、バカみてぇに一途だなお前は」

笑みを溢す姿は、まるで似つかわしくない。それはどこか、自嘲めいても見えた。

「そんなに辛いのなら、俺が忘れさせてやろうか」

そうしてそんな風に、らしくもない事を言う。
俺は思わず頬に添えられた手にすがるように左手を重ねた。窺い見た風紀の瞳は、何故だか小さく揺れている。

「ふうき、」
「なあ、会長さ――ぅぶっ!?」

ので、空いた右手で盛大にビンタをかましてやった。ビタアアアンと盛大に張った音を響かせ、風紀がよろめく。

「風紀が気持ち悪い!気持ち悪い!死ぬほど気持ち悪いいぃうええぇぇ」
「オイてめぇ泣くか怒るかどっちかにしろつーか三回も気持ち悪い言うな!」

直ぐ様体勢を立て直した風紀が赤い左頬を見せながらだんと背後の壁に手をつく。それに張り合うように相手の胸ぐらを掴み、叫んだ。

「じゃあなんて形容すりゃいいんだよ気持ち悪い以上の何物でもねーよ本当に気持ち悪い、きも、きもちわる……ひぐっ」
「んだよ人が珍しく気使ってやてんだろーがちったあ有り難がれ泣き虫コラ」
「気の使いどころがおかしいだろがなんだ『俺が忘れさせてやろうか』って!さぶっさぶっ!」
「るせぇテメー覚えとけよ俺が気使うのは先にも後にもこれっきりだかんな稀少な一回無駄にしたなクソが!」

反対に風紀からも胸ぐらを掴まれ、強引に自分の足で立たされる。しゃがみこんでいたせいか、じんじんと痺れた。それをなんとか持ちこたえ、食い下がる。

「なんだその優しさの押し売りは有り難かねーんだよお前の名前は今度から押し付け少女漫画風紀だ喜べ」
「喜べねーよなんなら名前で呼んでくれたっていいんだぜオイ」
「呼ばねーよどうした今日は人一倍気持ち悪いぞ気持ち悪いを体現してるぞ」
「お前はもう口を閉ざせ」

わしわし、と顔面を手のひらで撫で回され、顔をしかめる。涙を拭われたということに、濡れた手先を見て気付いた。
いつの間にか涙は止まっていた。

「……あ」
「どうした」

もしかして、気を使われたのだろうかと、口ごもる。

「……ありがとう」
「はっ?」
「なんて言うかボケ!」
「ぐっ……!……お前はまずその暴力から直せ!」

いや、きっと気のせいだ。


 * * *
前会長→←会長前提の風紀×会長ケンカっぷる。
前会長は会長に好意を抱いていたものの家柄や許嫁やらなんやらで会長を諦め。風紀は会長が幸せならいい。
という要素が詰め込めればよかったのにできない消化不良。
2013,1219.

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