自給自足


 
「いい天気だねぇ……」 
 見上げた空は真っ青な晴天で、太陽の光がきらきらと眩しく降り注いでいる。
「そうですねー。これだけ晴れていると、気分も晴れますね」
 私の右隣で元気に答える堀川国広。それとは対照的に、左隣の空気はどんよりと曇っていた。
「兄弟もたまには直接日光を浴びてみたら? すごく気持ちがいいよ」
「……俺は日陰でいい」
 山姥切国広はそれだけ言うと、被ったボロ布を引っ張ってすっかり顔を隠してしまった。



 そろそろ春も近い。本丸の畑に新しい種を植える季節だ。
 私は畑を一望できる縁側に腰かけて、今日の畑当番である堀川、山姥切と何を埋めようか相談していたところだった。
 
「なんか希望ある? 食べたいものとか」
「食べたいものですか? うーん……僕は特にこれといって無いですね。なんでも食べれますし。あ、でも兼さんがあんまりバランス考えないので、栄養たっぷりの野菜があったらそれがいいです」
「栄養ねぇ……了解、あとで調べとくわ。あんた本当和泉のこと好きだね。……で、まんばは?」
「……なんでもいい」
「なんでもじゃなくてさ。なんか好きなものとかないんだっけ?」
「…………」
 また黙り込むし。私、今何か気に障ること言ったか? 


 山姥切とは結構長い付き合いのはずなんだけど、いまだに円滑な会話ができていない。
 政府から貰った各刀剣の説明書通り、山姥切がコンプレックスの塊だということはすぐにわかった。特にここには名声あるらしい刀がいっぱいいるし――私は歴史とか刀とか詳しくないからよくわかんないけど――写しである自分に自信が持てないんだろうと思う。まあその気持ちは私にもわからなくはない。私だって、職場にいる有名大卒の人とかにはやっぱり気後れするし、相手からも下に見られているような気がするから、多分それと同じ感じなのかもな。
 でもさ、それにしたっていい加減慣れてくれないと困るっていうか、私自身は名声も何もないただの人間だし、山姥切のことを馬鹿にしてるわけでもないし、せめて普通に会話して欲しいところなんだよな。


「――あ、そういえば前にパンが美味しいって言ってたよね、兄弟?」
 会話が途切れた私たちを見かねてか、堀川が助け舟を出してくれた。本当気が利く子だわ。
「へー、パン好きなの?」
「……前に、あんたが向こうから買ってきた奴。あれは美味かった」
 ぼそぼそと喋り出す山姥切。それを聞いてそういえばと思い出した。
 
 先日、私には珍しく手土産を持って帰ってきたことがあった。といっても、家の近所のパン屋に閉店間際に滑り込んで半額で買ってきた菓子パンだけど。全員分はなかったから、その時いた何人かにこっそりあげたんだったかな。言われてみれば山姥切もいた気がする。
 
「うーん……私もパンは好きだけどさ……え、小麦から作る感じ?」
「難しいですか?」
「どうだろ……ここでできんのかな。あー、でも主食大事だよな。食費一番かかるし」
「それなら畑の一部に水を張って、田んぼも作りませんか? お米の消費激しいですよね」
「ああ、それいいね。少しでも買う量減らせれば、他にお金回せるし」
 ということで、今年は小麦と米の栽培にチャレンジしてみることになった。とりあえず作り方は後でネットで検索しよう。農業経験なくても野菜はなんとかそれで育ててこれたし、まあなんとかなるでしょ。


「よかったね、兄弟。上手くいけば手作りのパンが食べられるよ」
「……自分で作れるものなのか?」
「私はやったことないけど、光忠あたりならできそうじゃない? ……てかそうだよ、前にパン焼いてみたいからオーブン買ってって言われてたんだった」
「オーブンですか?」
「そうそう。やるなら本格的にやりたいから、石窯式のいい奴が欲しいってさ。その時はパン作るだけならホームベーカリーで安いのあるしそれでいいじゃんって言ったんだけど、どうしてもオーブンがいいって聞かないんだよ。あいつも結構頑固っていうかもう……」
「……それで、この前のあれが作れるのか?」
 山姥切が珍しく興味ありげに質問してきた。今まで業務連絡くらいでしか、自分から私に話しかけてきたことなかったのに。
「え、うん、まあそうね。というか焼きたてだったらあれより遥かに美味いね」
「そうか……」
 ――んん? これは結構というかかなり期待してる? 分かりづらいけど、横顔がちょっと嬉しそうに見えるんですけど。 
  





 とりあえず畑の相談はそこまでにして、二人にはいつも通りの仕事に戻ってもらった。
 私はしばらくその場でぼんやりと二人の様子を眺めていた。

 正直、山姥切にそんなに好きなものがあるなんて知らなかった。見ているようで見えていなかったんだとちょっと反省した。
 で、やっぱここは主として期待に応えなくてはいけないのではないか? と思った私は、部屋に戻ってスマホですぐに検索した。
 
 [ 石窯オーブン 価格 最安 ]

 買うとしたら本丸の生活費と光忠の給料とで折半だな。
 




 後になって冷静に考えると、パンを作るだけなら小麦粉買ってきた方が育てるより安いし楽だし、そもそも焼き上がるタイミングでパン屋に行けば焼きたてパンは簡単に手に入るんだよ。
 でも、その時の私には山姥切に美味しいパンを食べさせてあげたいという気持ちしかなくて、そんな簡単なことがまるっきり頭に浮かばなかった。気付いたのは、種とか苗とか必要な道具を一通り揃えて、畑をそれ用に耕した後だった。我ながら馬鹿すぎるでしょ。

 ま、小麦粉も米も生産できたらそれはそれで悪いことはないから別にいっか。
 最初は家庭菜園程度のレベルだったのに、本格的に自給自足生活になりそうだな。
 


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