イカサマ女



「よっしゃあ! 大当たり! 今日の俺、めちゃくちゃついてねぇ!?」

 大阪城下、町外れの小さな小屋に威勢のいい声が響き渡った。
 昼は廃墟のように静まり返るこの場所も、夜は賭けに興じる男たちで賑わう。
 その大半を気の荒い町人たちが占める中、一人の若い武将が毎夜のように通い詰めていた。
「左近っ! またおめぇの勝ちかよ!? 何かイカサマでもやってんじゃねぇだろうな!?」
「まさか! 俺がイカサマなんてするわけないっしょ! ただついてるだけだって!」
 負けて文句を言う男たちをなだめつつ、左近は自身が賭けた倍以上の金を懐に入れて立ち上がる。
「よっし! これでまたあそこに行けるな!」
「ああ? てめぇ、まさかまた行くのかよ?」
「あったりまえっしょ! そのためにここに来てるようなもんなんだからさ」
「……一応言っとくが、抜け駆けだけはナシだからな? わかってんだろ?」
「……おう」
「おいなんだ今の間は!? てめぇ、何かあったら本当に許さねぇからな!?」
「はいはい、わーかってるって! んじゃ、俺はもう行くからさ、あんたたちもまぁ頑張ってよ、な?」
 うるさい男たちから逃げ出すように、左近は賭場を後にした。


 そこから少し歩いたところ、賭場からほど近い場所に一軒の飯屋があった。
 すっかり暗くなり、周りはどこも店じまいしているというのに、その店だけはまだのれんを掲げている。なんでも店の主人が大層な商売人らしく、夜だからこそ来る客もいるだろうと、日が落ちても開けているらしい。
 そんな主人の目論見も大当たりで、夜はもっぱら、賭場帰りの博打打ちのたまり場となっていた。


「邪魔するよーっと。オヤジさん、今日は豪華なもの食わせてよ」
 左近もまた、この店の常連だった。賭場の帰りに毎回と言っていいほど立ち寄っている。
 店に入ると、他に10人ほどの客と、奥の調理場に主人の姿が見えた。
「おう左近! なんだ、今日は勝ったのか?」
「そうそう! 今日は俺の一人勝ち! 賭けた金が倍になって返ってきたってわけ! ……はぁ〜、少ない給金もこれで倍……これだから博打はやめられねぇ……そういやさ、ちょっと聞いてくんねぇ? 豊臣の人たちってば、すっげー働かせるくせに給金これっぽっちなんだぜ? いやまぁただ俺が下っ端だってのもあるけどさぁ……」
 しょんぼりと語る左近の前に、主人は大きな茶碗をどんっと置いた。
「なに腑抜けたツラしてんだよ。今日は大当たりなんだろ? ほらよ、今日一番の豪勢な鯛茶漬けだ。お代はちゃんと置いてくんだぞ」
 目の前の茶碗には、上品な白い身の鯛が数切れ、並々と注がれた茶の上に自慢げにのっている。のぼる湯気が鼻を抜け、そのいい匂いに腹が鳴った。
「おおっ! 鯛じゃん! ……でも茶漬けかよー……もっとこう、海鮮丼! とかないわけ? なーんか地味じゃねぇ?」
「しょうがねぇだろ、こんな時間に新鮮な生魚なんか残ってるかよ。……っとその前にな、左近。お前、まさか毎回給金全部賭けてるわけじゃねぇよな? いくらお前でもそんなバカじゃねぇだろ?」
 左近は茶漬けをかきこみながら、ぎくっと肩を震わせた。
「……いや、その、毎回ってわけじゃねぇけど……金があったらとりあえず賭けるっしょ? それが博打打ちってもんじゃねぇ?」
 左近の答えに、会話を聞いていた周りの客の方が沸き立った。
「そうだそうだ! よく言った若いの! 金があったらまず賭ける! それが博打打ちってもんよ!」
「お前、若ぇくせによーくわかってんじゃねぇか!」
「大将もよ、俺らがこうして稼いだ金を落としてくから、商売になってんだろ? 感謝してもらわねーとなぁ!」
 盛り上がる客に呆れ、主人がため息をついていると、店の奥から可愛らしい声が飛んできた。
「ほらほら! 酔っぱらいはさっさと帰りなさい! そりゃ、おかげさまでうちは繁盛してますけど、こうも毎夜毎夜じゃ奥様や家族の方々が悲しむんじゃありませんか?」
 怒ったように声を上げて出てきたのは、主人の娘、伊都だった。丸顔に艶々とした黒髪を結い上げ、白い肌に大きな黒い瞳が目を引く、この辺りでは有名な美人だ。年はたしか16、7だったか。まだどこか少女のような幼さとあどけなさが残る可愛らしい女だ。
 伊都の母親は伊都が幼い頃に亡くなっているらしく、父親と二人でこの店を切り盛りしている。給仕として、また看板娘として働く伊都は、店に集まる男たちの目的でもあった。
 無論、左近もそのうちの一人である。
「伊都ちゃん! 昨日ぶり!」
 気付いてもらえるように声を張り上げ、伊都に向かって大きく手を振った。
「あら、島さん、今日もいらしてたんですね。また、こわーいご主人様に怒られるんじゃないですか」
 伊都はいつも、わざと脅すように言う。そんなところも可愛いと思う。
「三成様なら大丈夫だって! ちゃんとばれないように抜けて来たからさ! それよりさ、もう付き合いも長いのに、島さん、なんてちょっと他人行儀なんじゃない? 左近でいいって!」
「……でも、一応豊臣のお侍様じゃないですか。……まぁ左近さんはそんな感じもしないですけど」
「いやいやいや、これでも豊臣左腕のあの石田三成に仕えてるんだぜ? 将来はその左腕になる男! それがこの俺!」
 左近はわざとらしく息巻いて言った。伊都がさりげなく自分の名前を呼んでくれたのが嬉しかった。



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