自覚


 
 眼前を揺らぐ煙の行方を目で追っていた。白い煙はもうすっかり辺りに充満していた。


 いつものファミレス、俺たちは二人掛けの小さなテーブルで向かい合った。
 彼女は奥の座席。俺は通路側の椅子。これが定位置。
 手元には銀色の灰皿が一つと、それぞれが頼んだアルコールのグラスが二つ。
 店の隅に小さく区切られた喫煙席の空気は、客が吐き出す煙で白く濁っていて、おまけに臭いも結構きつかった。
 けれど彼女はまったく気にしていないようで、というかむしろその原因は彼女自身だったわけで、俺の方が少しうんざりしていたのかもしれない。
 
 次々と灰になっていく煙草ともやのように漂う煙を眺めていたら、彼女の話はいつからか俺の耳に入っていなかった。
「それでさぁ、なんかあいつ最近冷たくって――って、ちょっと話聞いてんの?」
「聞いてる聞いてる」
「嘘つけ。絶対聞いてなかった」
 ふぅ、と吐き出された煙が俺の顔面を直撃した。この程度別にどうってことはないんだけど、なんとなく腹が立った俺は大袈裟に手で扇いでむせたふりをしてやった。
「人に向けんなよ。つーかさぁ、さっきから吸いすぎじゃない?」
「べっつにいいでしょ。ちょっとイライラしてんのよ。あんたは吸わないの?」
「それがここに来る前に無くなっちゃってさ」
「ふーん? 一本あげようか?」
「マジ? じゃあ、こっち頂戴」
 俺は彼女の手元にある灰皿を指差してにっこり笑った。中には、彼女の吸ったシケモクがたっぷり積み重なっていた。
「はぁ? なんでシケモク? 新しいのあげるって」
「俺はこっちがいいの。ほら、間接キッス〜ってね」
「……きもいんですけど」
 自分の口に指を当てておどけた俺に、彼女の冷ややかな言葉が刺さった。けれどすぐに笑って、新しい一本を差し出してくれる。
 こんなふざけたやりとりはしょっちゅうだ。俺たちは気の合う友達として、もう長い付き合いだった。何が冗談で何がそうじゃないかくらい、言わなくてもお互いにわかるくらいには。

「で? 彼氏がなんだって?」
「やっぱ聞いてないんじゃん」
 貰った煙草に火をつけながら、ごめんごめんと謝る俺に、彼女はまた大きく煙を吸って愚痴と共にそれを吐き出した。煙は今度は俺の鼻先をかすって消えた。
「だからね、あいつなんか最近冷たいの。LINEの返信も遅いしそっけないし、電話もなかなか出ないし。デートの回数も減ったしさぁ」
「忙しいんじゃないの?」
「前に忙しいって言ってた時はここまでじゃなかった。……あーあ、他に女いんのかなぁ」
 彼女は吸い終わった煙草を、まるで恨みでも込めているかのようにぐりぐりと強く灰皿に押し付けた。そして、なぜか俺の顔をじろじろと見つめている。
「なに?」
「――はい、ここで遊び人でヤリチンの佐助さんに質問です。男って、浮気してると彼女には手出さなくなるんですか」
 突然のことに俺は思わず真顔になった。まるで予想していなかった質問だった。
「……はぁ? ちょっと言ってる意味がわかりませんけど?」
「……最近エッチしてないの。誘っても疲れてるからって。これって浮気? 他の女を抱いてるから疲れてるの? 私にはもう飽きたの? 私相手じゃもう勃たないわけ!?」
 彼女は語気を強めて苛立った口調で言った。初めは健気に悲しんでいるのかと思ったけど、今は完全に怒りに変わっているようだ。
 今まで何度も経験してはいるんだけど、女のこの豹変ぶりは一体何なのか、俺にはいまだに理解できない。いや、一生かかっても無理かもしれない。
「俺に言われてもね」
「……あのさ、今ヤってる女何人いんの?」
「えー? ……多分、片手じゃ足りないくらい?」
「少なくとも6股か……」
「いやいや、どれも彼女じゃないし、浮気じゃないでしょ」
「……本当最低だよね」
 彼女は心底呆れたらしく、深いため息を吐いて寄越した。
 俺がこういう性分なのは昔からわかっているくせに。


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